カカの天下582「お子様にはレベルが高いかもしれない」
お久しぶりです、シューです!
え、おまえ誰だとか言わないでくださいよ! 僕って警官ですよ? 街中で見かけたらビクッとされる職業ですよ!? そう、職業的にインパクトはあるはずなのに……なんでこんなに出番ないんだろう。うう。
――っと! あまりの出番の無さにいじけて触れてはいけない類の話をしてしまいました! 僕はカタカナのシューですよ! 本編本編!
えー、僕はいまカツコお姉様の荷物持ちをするために交番から抜け出してきたところです。そう、仕事中にお姉様から呼び出しをもらったもので「通報をもらったので出てきます」と同僚に声をかけ、外出したのです。
え、嘘? 違いますよ。嘘なんかついてませんよ。
通信で報告があったのです。だから通報です。間違ってないでしょう?
「やっほ、サカイちゃん。遊びに来たよ」
「あ、カツコちゃんとその他一名、いらっしゃーい」
……はい、別に他一名でいいです。年末年始の旅行以来、お姉様だけでなくサカイさんとテンカさんにもずーっと下僕扱いされています。だから慣れてます、ええ。
仲良くお喋りする二人の後を静かについていきます。やがて部屋に通され、持たされていたお姉様の荷物を置くとお役御免となりました。
「その荷物はなにー?」
「お菓子とかいろいろ。お茶会に必要なもんだよ」
「あらあら、ふふー。今日はお互い休みですし、サエはカカちゃんちに遊びにいっちゃいましたし、二人してお庭のテーブルでのんびりしましょうかー。テンカちゃんがいないのは残念ですけどー」
二人で……ね。あはは。
「ん、それはいいけど。今日はサエちゃんにべったりしなくていいの?」
「あははー……ちょっとべったりしすぎたみたいで、お母さんもちょっと休んだほうがいいよって言われてしまいました」
「休まなきゃならないほど頑張ってべったりしなくても」
「だってー」
はい、話に全く入れません。
「……では、僕はそろそろ仕事に帰ります」
「あ、まってー。せっかく来てくれたんだし」
思わぬ言葉に大感動! ま、まさか僕も一緒にお茶会を!?
「うちの下僕と遊んでいけばー?」
そうは問屋が卸さなかった。
そして。
その、サカイさんの下僕だという人を前にして。
「おう、シューじゃないか」
ひぃえええええええ! という悲鳴を心の中であげていた。
だってだってだって! サカイさんの下僕だっていうから下僕同士仲良くできるかと思ったのに、なんでこのでっかい人が出てくるんですかぁ!?
「夏祭りのときは世話になったな」
「こ、こここちらこそ!!」
そうです、夏祭りのときの警備でコンビを組まされた、ゆーたさんなのです! そのときは役職的に僕のほうが立場は上のはずなのに全く喋らせてもらえず、ズルズルと引き摺られていたのです……
こ、こんな人と仲良くできるかー!!
――数分後。
「いや、下僕という種族は数が少なくてな。こっちの方面で話せる相手がなかなかいなかったのだが……やはり趣味が合うもの同士で話すと楽しいものだな」
「そうですね」
なんだか通じるものがあって案外打ち解けてしまいました。
話も弾んでいき、盛り上がった僕らが持ち出した話題はやはりこれでした。
「下僕たるもの、主人に踏まれてこそ本懐だな」
「ええ、まったくその通り」
自然な流れですね、うん。
「しかし僕はなかなか踏んでもらえないんですよ。前にお姉様にお願いしたら『こうなるけど、いいの?』って傍にあった岩を踏み砕いてましたし……あれくらったら普通に死にます」
「俺などは……腰が痛いからと、踏んで揉んでもらうように頼むがな」
「あ、それいい考えですね!」
「堂々とした理由で踏んでもらえる。我ながら素晴らしい作戦だと思うぞ」
「ちょ、ちょっと試してきます!」
「うむ、ぐっどらっく」
ビシッと親指を立てあう僕らは戦友だった。どこに戦があるのか? 何を言う、人生とは日々戦なのだ。
ちょっと格好つけてみました。さてさて、お姉様はまだ庭にいるかな……あ、いた!
「お姉様!」
「どったのシュー」
「あらあらー、ハァハァと悩ましい声」
「走ってきたから息が切れてるだけです!」
「この距離で?」
「あらあらー、ハァハァと情けない声」
「言い直さなくていいです! そんなことよりですね、お姉様。じ、実はその、僕、いま腰が痛いんですよ、すっごく痛いんです!」
実は本当に痛かったりします。大人になって働くとどんな職種であれ、姿勢を気をつけないと腰を痛めやすいんですよね。
「だ、だからその、マッサージで踏んでもらえませんか!」
「へー、腰が痛いと」
「はい!」
だ、ダメ? ダメですか?
な、なんで無言で立ち上がるんですか。
なんでのっしのっしと僕のほうに歩いてくるんですか?
なんで僕の肩を掴んで!? あ、あ、い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
ボキごきゃグキぐきゃブッツンドゴどごっどごっごどっかんグルグルピーポーピーポーでゅみゅみゅみゅうッドスン!!
ありえない音を響かせながら、僕の身体はいろんな方向へぐりんぐりんとシェイキング。
よほど怒ったのかなお姉様。見たことも無いプロレス技っぽいのを大連発して……
ああ……僕の身体はどうなったのかしら。
お姉様の唸りまくる豪腕から解放されて……
僕の身体は……
身体は……
「身体かるっ!!」
「ふ、あたし流整体術! もう腰痛くないっしょ?」
「は、はい!」
それどころか全身の凝りという凝りが消えています! 一瞬で痩せたかのように身体が軽いです!
「ありがとうございました!」
「いーよいーよ。たまには下僕孝行しないとね」
僕はルンルン気分でゆーたさんの下へ戻り。
怒られました。
「たわけが! 貴様は踏んでもらいに行ったのではなかったのか!?」
「そ、それが、意図が伝わらなかったみたいで」
「まったく、素人はこれだから困る」
「じゃ、じゃあゆーたさんだったら、どうお願いするんですか!」
「決まっている。下賎な私めの恥ずかしいところを踏んでくださいと土下座するのだ」
なんて男らしい! いや、漢らしい! むしろいやらしい!
で、でも僕にはそこまでできない……しょせん僕はチキン野郎なんだ……
「あ、ゆーたー?」
ぅおっと!? いつの間にかサカイさんが!
「は、ミエ様」
「まだ帰らないでねー。後で踏んであげるから」
「よろしいのですか!?」
「うん。カツコちゃんと色々話してるうちに気づいたんだけど。今サエと一緒にいられるのは……元を辿れば夏祭りであの子と出会った私が逃げ出しそうになったとき、戻れとばかりに弾き飛ばしてくれたあなたのおかげなのよね」
「も、もったいないお言葉!」
「だから思いっきり踏んであげるー」
「ヒールでお願いします!」
あー、ゆーたさんいいなー。
やっぱチキンな僕とはレベルが違うんだなー。
チキン……
お姉様、僕を食べてくれないかなぁ。
……あれ。なんだかゆーたさんと喋ってるうちに思ってることがだんだん露骨になってきたような?
ま、口にしなければいいでしょう。
思ってるだけなら捕まりません。
警官が言うんだから間違いありません。
だから、さぁ! あなたも!!
秋分の日……
シュー分の日……
ごめんなさい、出来心なんです。
それにしても変態だなこいつら。




