カカの天下576「おかーさん自重しろ」
「サエ、用意できた?」
「はーい」
リュックに詰めた荷物を持って玄関へー。あ、どうもサエです。
今回、無事にお母さんと一緒に住むこととなりまして。今日は今までお世話になっていたおじさんおばさんの家に、細かい荷物を取りに来ましたー。大きな荷物はダンボールに詰めたので、後から郵送してくれるそうです。
「お待たせ、お母さん」
「んーんー、いま来たとこー」
「……さっきから玄関にいたでしょー」
「言ってみたかっただけー」
てへーと笑うお母さんは本当に若いと思う。若すぎるとも思う。
「じゃーサエ、挨拶」
「うん」
玄関をくぐり、お母さんと並んでから……くるりと振り返る。
そこには数年間お世話になった家。
そしてお世話になった……家族の二人がそこにいた。
「おじさん、おばさん」
「おう」
「サエ……」
「お世話になりましたー!!」
深々と頭を下げる。
お父さんがいなくて、お母さんもいなくて。そんな私が今まで生活することができたのはこの二人のおかげだ。仲良くなるまで時間がかかったし、互いに遠慮していた部分が大きかったけど……本当に感謝している。
「サエ」
「……叔母さん」
「わたしのこと、またお養母さんって呼んでくれていいのよ?」
ぎゅっと抱きしめてくれるおばさん。
温かい。
……こんなに長く生活してきたのに、抱きしめてもらったのは初めてかもしれない。実のお父さんお母さんを求めていた私はいつまでたってもこの人たちに甘えることができなかったから。
悔しい。こんなに温かいなら、もっと早くに甘えておけばよかった。
「……お養母さん」
ちょっと恥ずかしいけど、呼んでみた。
おばさんは微笑んでくれた。
ぴきり。
……ぴきり?
「サエ……この数年間、いろんなことがあったわね」
「う、うんー」
「いつも一緒にご飯を食べて」
ぴきぴきり。
「旅行にも行ったわね」
ぴきっぴきっぴき。
あ、あのー?
なな、なんか抱きしめられて温かいんだけど、背中のほうがやたら冷たいんですけどー? なんだか冷気が荒れ狂ってる感じなんですけどー?
「初めておはようのキスをしたときは恥ずかしかったわ」
そんなことした覚えないんですけどー!?
ぶっちん!!
って後ろでなんかキレたんですけどー!?
「サエー? 私のサエー? わ、た、し、の、サ、エ? ほら、そこの他人さんにあまり時間をとらせちゃ悪いでしょー? さっさと帰りましょー」
底冷えするようなお母さんの声。
さらに、ぎゅっ、と抱きしめられる私。
音もなく下がる周囲の温度!!
「あぁ……サエ」
「あのー、どこの馬の骨ともしれないそこの他人さん、私達はそろそろー」
「わたしのこと、またお母さんって呼んでくれていいのよ?」
あれ、二回目!?
しかもなんだか字が違うようなー!?
「……サエー、こんな耳の聞こえない人に何を言っても意味ないですよ、行きましょー」
「わたしのこと、またお母さんって呼んでくれていいのよ?」
無視しつつ三回目ー!!
さ、さすがにこの状況だと「お母さん」なんて言えない……
「そろそろうちの子を離してもらえませんかー? そこの人」
「サエ。わたし、あなたのことを本当の娘だと思っぴゃい!?」
「あらあらー? 思っぴゃいって何語なんでしょー」
お、お母さん……いま、おばさんの眉毛を指で摘んで数本むしった!! 痛そう……! 今まで無視していたおばさんもさすがにお母さんを睨みつけた。
「何するんですか。せっかく、う、ち、の、可愛いサエと話していたのに」
「いえいえー、そろそろ、う、ち、の、可愛いサエを返してもらおうかとー」
あ、あのぅー……?
「サエ。もしこの人のところが嫌になったら、いつでもうちに戻っていらっしゃい。待ってるわ」
「ふーんだ、サエにはカカちゃんっていう親友がいるのよー。そう、塞ぎこんでたサエの心を開いた親友がいるの。何もできずにご飯だけ出してた母親もどきなんかより、そっちを頼るに決まってるでしょー」
「塞ぎこんでた原因が……よく言いますね。それに余所様の子供をあてにするなんて、それでも親ですか?」
「どこかの誰かさんが頼りないから仕方ないでしょー」
「どこかの誰かさん? ああ、あなたのことですか」
寒いよー。なんか寒いよー。この辺りだけ冬だよー。
「……夜道には気をつけなさいよー」
「……あなたこそ、階段を下りるときはご注意を」
怖い、けど。このままじゃダメだ!
「あ、あのー。お母さんがた?」
「お母さんって私のことねー?」
「わたしのことよね?」
「え、えと、その、二人とも、大人げないよー?」
おそるおそる本音を言ってみたんだけどー……
『子供がそういうこと言わないの!』
息をぴったり合わせて反論されました……普通は大人がそういうこと言わないもんだと思うけどー……言っても聞いてもらえないだろうなーこれは。
「どうしよー……」
「放っておけばいいさ」
「……おじさん」
「おやま、俺のことはお父さんと呼んでくれないのかい?」
軽くおどけるおじさんの顔を見て、なんとなくホッとした。
「あれは別れの儀式みたいなもんさ。お互いが同じようなタイプだから正面から衝突してるが、なんだかんだ言いつつお互いがお互いを羨ましいだけなんだよ。正直……俺も羨ましいし、寂しいがね」
「……おじさん」
「元気でな」
ポン、と頭に置いてくれたおじさんの手はとても温かくて。
「はい、お養父さん!!」
私の口からは、とても素直にそんな言葉が出てくるのだった。
「さてさて、サエー? そろそろ本当に帰りましょーねー。う、ち、へ!」
「ふふふ、サエ? 本当にいつでも戻ってくるのよ? 会長のジジィに何を言われても、いざとなったらあの手この手で守ってあげるからね。主人を盾にしてでも」
いまいいとこだったのに……というか確かに、二人ともそっくり……
「お養父さんも大変ですねー」
「……慣れとる」
「私もお母さんに慣れるように頑張りますー」
「サエ、それはすぐ慣れるから頑張らなくていい。それよりも自分に慣れてくれる人を頑張って探しなさい。おじさ――お養父さんみたいな忍耐強い人を見つけるんだ」
お養父さん。
それ、私があの人たちと同じタイプだって言いたいんですかー?
その後、新たな我が家に帰ってから。
「ほら、めしあがれー」
「いただきまーす」
「サエ、あの女が作ったものより美味しい!?」
こんなことや。
「お風呂入るねー」
「サエ、あの女が沸かすお湯よりも気持ちいい!?」
こんなことや。
「お母さん、おやすみー」
「サエ、一緒に寝よー!」
「喜んでー」
「で、あの女とどっちが寝心地いい!?」
こんなことばっかりで。
「……ねえ、お母さん。私が悪かったよー。だから早く寝よー」
「うう、そうよね。全部私が悪いのよー!!」
たしかにそうだけどー。
はぁー。
……私、将来こうなるの?
「ぎゅぅぅぅー!」
「お母さん、くるしー」
暑苦しいほど温かい。
んー。
そーなったらそーなったで、別にいっかー……
ぬくぬく。
カカラジで自重しろとか自分で言っといて……してないやん!!
「してますよー」
……これで?
「かなりー。私がどんだけサエのこと好きだと思ってるんですかー!」
や、どんだけと言われても……もう全然数値が計測不可能な感じですけど。
ま、まぁとにかく!
これで晴れてサエちゃんの引越し完了です。おじさんおばさんはたまーにさりげなく登場してましたが、おばさんはサカイさんやサエちゃんと同じタイプです。黒いです。
え? サカイさんは空読の人と血の繋がりは無いんじゃないかって?
ええ、ありませんよ。
なら、なぜ似たタイプなのか?
類は友を呼ぶんです。サエを引き取ったのはそういうめぐり合わせ。
とりあえず頑張れおじさん。




