カカの天下573「あなたは決意し」
サカイです……
いま敵の本拠地の応接室にて、お養父さまと対峙しています。私の隣にはカツコちゃん。お養父さまの隣には秘書のお姉さんがいます……
いきなり茫然自失ですいません、ですが、その……
「死んだ……? あの人が」
「そうだ。貴様と離婚した直後にな」
「じゃあ……サエはあの人に育てられていたんじゃないんですか!? 私は、私はずっと……!」
「サツマが考えなしに貴様と別れ、無意味にサエと引き離したとでも思ったか?」
そうは思わなかった。思いたくなかった。だってあの別れは唐突すぎたもの、三人で暮らしてて、サツマさんは企業の跡継ぎとして仕事に追われていたけど優しくて、家族三人とも仲良くて、それで、それで……突然、別れてほしいと言われた。
強引に離婚届けに判を押され、サエと二度と会うなと忠告された。理由はいくら聞いても教えてもらえなかった。ただ知ることが許されたのは、サエはきちんと空読の家で育てるということ。そして私がサエに会うと、空読の家でのサエの立場が悪くなるということ――
私は様々な理由を考えてみた。一つ、私の生まれに不明な点が発覚し、汚れた血は空読の家に相応しくないと判断された。一つ、私が浮気でもしたと誤解された。一つ、誰もが私を単純に嫌っていた。一つ、夫のサツマさんがおかしくなった。一つ――
いつのまにかそんな、誰も答えを教えてくれない問いを考えるくらいのことしかできなくなっていた。
ショックだったのだ。愛する人に拒絶されたことが。愛しい娘を遠ざけられ、二度と会うなと言われたことが。
空読財閥の規模はよく知っている。その財閥の会長と次期会長が「会うな」と言ったのだ。どこをどうやっても会えないし、会うことが許されるはずがなかった。
だから絶望した。それでもサエの引き取られ先をなんとか調べ上げ、その近く――すれ違うことがないギリギリの場所に住所を移して、それでよしとした。
サエは寂しがっているかな? そう思わない日はなかった。
でもサツマがいる。私には急に冷たくなったけど、娘にデレデレだった彼がひどいことをするとは思えない。きっと仕事で忙しくて親戚の家に預けていても、ちょくちょく帰ってサエの面倒を見てくれているんだ。
ずっと、そう思っていたのに。
「サツマが貴様と別れた理由は簡単だ。その別れる前日、奴が病気で死ぬことが確定した。それだけのこと」
声が、出ない。
「仮にも大企業の跡継ぎだ。それが亡くなれば大事になろう。マスコミ程度はいくらでも規制をかけられるが、身内の間ではそうはいかぬ。奴が死んだことにあらぬ疑いを貴様にかける輩も多かっただろう。それを見越して、奴は貴様と別れた」
「そん……な……」
「ふん、他にも理由はあるがな。奴が貴様と別れたのはそういうことだ。何を言いに来たかは知らんがな、無知で無力な、守られていただけの貴様に、何も言う資格はない」
知らな、かった……
「ではな。早々に帰るがよい。このような愚かなマネは二度としないことだ」
重々しく扉が閉まる。
倒すはずだった敵は、行ってしまった。
「知らな……かった」
そして私は、立ち尽くすだけで。
「この向こうは旦那様のご自室へと続く廊下です。厳重な警備の上、強固な扉の鍵を開けることは不可能です。無駄な抵抗はやめて、おとなしくお帰りください」
ずっとお養父さまの隣で黙っていた秘書が言う。そしていつの間にか会長のSP……黒服のボディーガードが私たちを囲んでいた。
そんなことは気にならない。
じゃあ気になるのは? サツマさんのこと?
それも気になる。だって愛していた人だ。その人が死んでいたなんてショックすぎる。
でも……それは過去のこと。
それよりも現在のことを想う。
サエは父方に引き取られたのだと、そう思っていた。
でも違った。父親はすでに亡くなっていたのだ。
じゃあ、じゃあ……あの子はずっと……ずっと……
ずっと、本当に独りだったんだ。
それは……
納得がいかない。
目が細まる。
歯にぎりぎり力がこもって、想いが暴れそうになる。
後悔だけだった心に火が灯る。
「旦那様は、今日はもうお会いにならないそうです。お引取りを」
「カツコちゃん」
「あい?」
「あの扉、壊して」
「あいよ」
「……は!? あ、あの」
「わん、つー、すてっぷ――キック」
爆弾でも炸裂したかのような音が響いた。強固と呼ばれた扉があっさりと砕ける。
慌てる秘書の声を無視して進む。
私は勘違いしていた。
あの子には父親がいると。
守ってくれていると。
そう思うことで逃げていた。
たとえ本当に父親がいたとしても、結局は――あの子の母親は私しかいなかったというのに!
「止まれ!!」
ボディーガードが立ちふさがる。
「カツコちゃん」
「まっわしっ蹴りー」
のほほんとした声と裏腹に動きは鬼だ。鞭のように撓る脚を誰一人として避けることができず、あっさりと吹っ飛ぶ黒服の男たち。
そんなゴミには目もくれず、私は一直線に空読のジジィの胸倉に掴みかかった。
「ぐ、あ……!」
壁にジジイを押し付けて絞め上げる。
「サエを渡しなさい」
「な――」
「さっさと頷け。あの子は私の娘だぞ。だから私がもらうと言っている!」
納得できないのはそこだった。
サツマさんが私を遠ざけた理由はわかった。だけど、私とサエを引き離した理由は聞いていない!
「……あの子を貴様から離したのは、何のためだと思う?」
その答えを、ジジイは聞かずとも語ってくれた。
「儂が何も知らないと思っているのか。貴様の生活のひどさは目に余るものだった。ああ、予想通りだったのだよ。貴様は子供を育てるには弱すぎたのだ」
弱い?
ああそうとも、私は弱い。
でもね。
「当たり前でしょう。親というものはですね、子供がいないと強くなれないのです」
「…………!」
「あなたならわかるでしょう? 子を持ったことのある、あなたなら。今は子がいないあなたなら……我が子と引き離された親がどんな想いか!!」
この張り裂けそうな想い。
たった一度会っただけじゃ収まらない。
命に代えても、ずっとずっと一緒にいたいという、この想い。
「色々と、失礼をしました」
それを伝えきることはできた。勢いのあまり掴んでしまった手を下ろし、真っ直ぐにジジイの――お養父さまの目を見つめる。
「しかしあの子はもらいます」
あなたを絞め殺してでも――その想いも伝わったのか。
「……よかろう」
お養父さまは頷いてくれた。
「手配してやる。ただし見せてもらうぞ、その親の強さとやらが、貴様ごときにあるのかをな」
「望むところです」
大丈夫、私は強くなる。
サエが一緒なら、絶対に。
「言うね、サカイちゃん」
振り返ると、そこには黒服さんをしこたまボコったカツコちゃんが。そのあまりに圧倒的な戦況に、なんだかコミカルさを感じてしまって……緊張感が抜けて、少し笑ってしまった。
「ふふ、当たり前です。私よりサエが大好きな人なんかそうそういませんからね」
「おお、愛だ」
「ええ、愛です」
とてもいい気分。ごめんなさいね、迷惑をかけた皆さん。ちゃんと後で色々とフォローしますから。
「おい」
さわやかに去ろうとしたのに、呼び止められてビクッとなる。ま、まさか色々弁償してけー、とかないよね? 私、お金ないよ?
「おまえも、義理とはいえわしの娘だ。何かあったら言いなさい」
予想外の、優しい言葉。
「おお、愛だ」
「……うるさいです」
ちょっと感動しちゃったじゃないの。
「……ありがとう、ございます」
丁寧に頭を下げて、今度こそ立ち去る。
なんだか悔しい。
でもいいや、そんなことより。
これからある意味――今回の本番が待っているのだから!
本番……
「どうしよう、カツコちゃん」
「ん?」
「サエを迎えに行くの、嬉しすぎて怖いよー!!」
だって「私と一緒に暮らしてください」なんて結婚を申し込むようなもんだよー!?
あうー、緊張するー!!
「おお、馬鹿だ」
「うるさいですー!!」
次の話をもってサエ&サカイさん編終了となります。
や、久々に重めに書かせていただきました。
その分、次の話ははじけてしまうかもしれませんが笑
笑顔で読んでいただけると嬉しいです^^




