カカの天下572「あなたは真実を知り」
こんにちはー、サカイですー。
本日はお日柄もよく――絶好の襲撃日和です。
「やっほ、サカイちゃん」
「カツコちゃん。今日はお願いね」
「任されよ。あ、テンちゃんから伝言。『グッドラック!』だとさ」
「男らしいねー」
「一緒に行けないの、残念がってたよ」
「仕方ないよー。教師さんはそう簡単に休みなんか取れないし。それに今回は……二人のほうがやりやすいと思うし」
「ふーん? ま、あたしはサカイちゃんに従うだけだし。なんかあったら遠慮なく言って」
「ありがとー。じゃ……行こっか」
視線を動かす。私達が攻めるべき城へと。
――城というのは微塵も大げさじゃない。日本トップの化け物企業、その会長が住まう屋敷なのだ。大仰の門が見えるが、それをくぐったとしてもまだ屋敷が見えるかはわからない。庭を通るだけで車を使わなければならないほどの敷地なのだ。
その呆れるほど大きな城へ向かい、躊躇なく足を踏み出す。
恐れはない。覚悟は娘の涙を見た瞬間、すでに決まっているのだから。
「ストップ、カツコちゃん」
門にたどり着くにはもう少し歩かなければいけない。しかしこれ以上近づけば門を警備している人達に止められるだろう。
「どうすんの?」
「見ててー」
さぁ。
やろう。
携帯を取り出し、電話をかける。その相手とは。
『もしもし? どちらさまでしょうか』
「いまあなたの真正面に見える、携帯を持ってる人ですー」
その相手とは――今まさに門を警備している男だ。
『は、あの、誰ですか? なんで私の番号を知ってるんですか』
「そんなことはどうでもいいですー。あなたのお母さん……今、入院してますよねー」
『……それが、なにか』
「手術したばかりで予断を許さない状況ですね」
『まさか』
「手術が失敗、ということにしてほしくなかったら、今すぐ私を奥へと通しなさい」
『なっ……!』
母を殺されたくなかったら通せ、私はそう言っているのだ。
「ハッタリかどうかの判断は任せますー。ただ、私には一瞬で“それ”を指示する手段があります。何かは言いませんが」
『…………』
「あなたをたった一人で育ててくれたお母さんでしょう? 齢三十から子を育てるのはどれだけ大変だったかは想像もつきませんが、あなたが受けた恩はどれほど大きいことか――」
『……少々、お待ちを』
「よろしく。私達――客の名前はサカイミエですよ」
さも調べ上げてあるような節を見せると、相手は予想通りにあっさりと従ってくれた。それほど母親が大切なのだろう。
「サカイちゃん、今の話、まじ?」
「嘘ですよー。でも今の電話の相手の方は実直で情に厚い方です。調べ、分析した結果、母のことを言われて従わないはずはないと判断しましたー。警備長である彼さえ傀儡にしてしまえばこっちのもの」
「後で訴えられないかね」
「情に厚いと言ったでしょう? 私の娘に対する想いさえ知ってもらえれば、きっと許してもらえますよ」
「そーうまくいくかね」
「いかせるんです。それにそこまで心配することはありません。あの方の母親さんは、本当は手術なんて受けていないんですから」
「……まさか」
「病院の偉いお医者さんだって、間違った書類があれば間違った相手に間違った連絡とかしちゃいますよねー」
「あのさ、前から思ってたんだけど……どこをどうやって何してんのあんた」
そんな特別なことはしてませんよー。単に今日のために予め色々と仕込んでおいただけのことです。
「ともかく。今日の私は全力モード、容赦はしません。さ、いいみたいですよ」
先ほどの警備長がこちらに視線を送る。職務上、平然としているが顔は蒼白。心は痛むし可哀想とは思うけど、こちらも色々と背負っている。引くわけにはいかない。
歩を進める。間もなく門へとたどり着く。
「サカイミエ様ですね?」
「ええ」
「来客の旨は承っております。こちらへ」
庭を行くためのリムジンへと案内される。それに乗り込み走り出すまでも、運転手の横に同乗した警備長は怪しいそぶりは見せなかった。慎重な性格なのだ、先ほどの言葉がハッタリ、という証拠がつかめない限りはこのまま従ってくれるだろう。
……やがて、ここが日本か疑いたくなるくらいの大きなお屋敷が見えてきた。
リムジンが停まる。ドアが開き、警備長が恭しく礼をする。このような場所で警備をするだけあって礼節は心得ているらしい。それに対して私たちは礼節も何もあったものじゃないけどねー。
「ありがとう」
「……は」
カツコちゃんと並び、屋敷へと向かう。一歩遅れて追ってくる警備長。何か仕掛けてきたら面倒だけど、そのときはカツコちゃんがなんとかするでしょう。それよりも次は屋敷の門番だ。
「失礼いたします、お客様。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「サカイミエです」
「申し訳ありません。失礼ですが、そのような来客予定は――」
「あ、おーい。カワシタさーん?」
門番の声を遮るように屋敷の中へと声をかけると、この上ないタイミングでスーツ姿の中年男性が現れる。
「これはこれはサカイお嬢様」
「お久しぶりねー」
「ええ、本当に。実はこの後、会長から食事に誘われているのですが……よろしければ、いかがかな?」
「よろしいのかしらー」
「ええ、会長の娘たるあなたが何を遠慮することがありましょうか」
それを聞いた門番が硬直する。狙い通りだ。会長の娘――そう聞けば門番風情が私を拒むことはできないだろう。この家は私の家とも言えるのだから。
「ささ、どうぞ」
「ありがとう。門番さん? 通ってもよろしいかしら」
「は! ど、どうぞ」
「警備長さんは下がっていいよー」
「……は」
後でフォローしないとなぁ、と忘れないように心にメモして、カワシタさんと政治経済などについて談笑しながら進む。時折カワシタさんがカツコちゃんに話題を振るけど、内容がよくわからないカツコちゃんは「アタシ日本語シカワカリマセーン」とか返答をしていた。日本語しか喋ってないのに。
さて、このカワシタさんという人。実は空読財閥に属する、とある企業の社長さんだ。何度か脅したことがあって、ついでに踏んであげたりしたら目覚めたらしく、今ではすっかり私の家来になっている。今回は昨日のうちに連絡をとり、時間等を打ち合わせしておいたのだ。
初めから彼の連れとして案内してもらえば早かったところだけど……外門の警備は厳しく、主人に呼ばれた客以外は通れない。いち社長といえども外門の警備にまでは口出しできないため、カワシタさんには中で待機してもらい、私達は外門を強引に突破したのだった。
「会長はこの先のお部屋ですが――」
案内されたのは豪華な扉の前。しかし。
「お待ちを」
次に立ち塞がるはメイドさん。本当にこんなのいるのかーと感心してしまうけど、実はただの家政婦さんで、服装は主人の趣味だと私は知っている。
「会長はただいまティータイムを楽しんでいらっしゃいます。誰も通すなと言われてますので」
「今月に入って三回、あなたはお屋敷のお金をちょろまかしましたね」
「私は何も見ていません」
虚空を見ながら去っていくメイドのコスプレをした人。屋敷内全ての人間は一度調べ上げている。いざというときのための抜かりはない。
「さて、では私はこれで」
「ありがとう。今度五十回くらい踏んであげるー」
「それは楽しみですな。ではご武運を」
いやーいい変態さんだ。助かったー。
「カツコちゃん? 全然喋ってないけど生きてる?」
「や、なんかサカイちゃんのすごさに驚きつつ、私いる意味なくね? って不貞腐れてるとこ」
「大丈夫。これから出番はあるから――さぁ、いこう」
扉を開ける。応接室だ。
そこには秘書らしき女性と、にっくきクソジジイの姿が――!!
「……ほう? 誰が通せと命じたのかは知らんがよくぞ来たな。この狼藉者めが」
乱暴に置かれたティーカップがカチリと鳴った。
白いが豊かな髪、貫禄のある風体に鋭い眼光。朗々とした低い声。久々に感じる威圧感は化け物企業のトップに立つに相応しいほどに重過ぎる。
「あらあら、せっかく休みを作ってあげたのに随分な言い草ですね、お養父さま」
でも負けない。この程度の重圧なら慣れている。
「ああ、貴様の思惑通りだよ。なにやら不祥事が目立ったことにより忙殺され、疲弊し、儂は静養することを余儀なくされた。だからこうして貴様などと対峙しているわけだが」
「どれだけでも感謝してくれて結構ですよー」
「くく、随分と強気になったものだ」
当たり前だ。私にはサエが、そして隣にはカツコちゃんがいてくれるのだ。何も怖いものはない。
「さー話をハッキリつけましょうお養父さま。サツマさんはどこ? 私の夫は」
「もう貴様の夫ではないし、儂とて貴様にお養父さまなどと呼ばれる筋合いはないのだが」
「いいから呼んでください!」
隣で表情一つ変えずに立っている秘書にも構わず、感情をむき出しにして私は叫んだ。
あの人がいなければ話にならない。
私からサエを奪った、あの人がいなければ――
「奴は死んだ」
そう、思っていたのに。
コメディ要素、すいません控えめです。
このサエ&サカイ編はお察しのとおり「あなた〜」シリーズ全部ひっくるめています。今回はサカイさんの本気モードなので、笑いとかの要素はあまり気にせずに書かせていただきました。そして今回、サエちゃんを取り戻すにあたりカカたちの力を借りることも考えましたが、ここはやはり母親の力だけで(カツコはういますが)頑張ってほしいと思いました。
さて、長々と 書きましたがもう少し続きます。真実を知ったサカイさんがどういった行動をとるのか、また読んでいただけると嬉しいです。




