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カカの天下  作者: ルシカ
571/917

カカの天下571「あなたは泣いて」

 こんにちは、サエです。


 いま、踏んでます。


「ああ、もっと! もっと踏んでぇ!!」


 私が足蹴にしているのはゆーたです。いきなり驚かせてしまいましたかー?


「ここ? ここがいいのー?」


「うああぁ! いい、いいです!!」


 ただいま学校の昼休み中。用務員室を訪れた私はゆーたを踏んであげることにしました。なんか喜ぶから。


「ほら、もっと無様に叫びなさい」


「うおぉおぉおぉおぉ!」


「ゆーた、うるさい」


「失礼。楽しくてつい。あと本当に気持ちいいもんで」


「花壇の仕事って、しゃがんでばっかだしねー」


「ええ、すぐに腰を痛めるのですよ」


 そんなわけで。私はうつ伏せに寝そべったゆーたの腰の上に乗っかってぐいぐい踏んであげてるんだけど。マッサージねー。


 なんだと思った?


「おらおらおらー」


「あぁあぁあぁ、そんな強くぅぅ!」


 結構楽しい。なんかいい気分だし。


「ほら、もっと叫びなさいー」


「はい! 私は犬でございます! 卑しき犬でございます!」


「犬は言葉なんか喋らないよー?」


「わん! わん! きゃいんきゃいん!」


 そんな遊びをしばらく続けて。


「ふー。すっきりした」


「いや、私もなんとも清々しい気分になりました。ありがとうございますサエ様」


「こっちこそー」


「ところで」


 ……あれ。


 ゆーた、なんか急に真剣な顔になった?


「何か、ありましたか?」


「いやー、何もないよー。なんとなく来ただけー」


「そう、ですか」


「うんうん。じゃ、お仕事がんばってねー」


 そそくさと逃げ出す私。


 さすがは大人、なかなか侮れないねー。何かあったかと言われれば……たぶん、あったんだと思う。


 自分の気持ちがよくわからない。ただ、なんとなく。カカちゃんたちと一緒にいたくなかった――


「サエちゃん!」


 それなのに。


「サエすけっ! もう、探したわよ」


 顔を合わせてしまった。すっきりしたはずの胸がちくりと痛む。


「どこいってたの?」


「んー、ちょっと用があって用務員室に」


「いつの間にかいなくなってたと思ってたけど、そんなこと行ってたのねっ」


「サエちゃん」


 カカちゃんが私をじっと見つめてきた。


 なぜだろう。


 怖い。


「サエちゃん、昨日はありがとう」


「……ん」


 怖い。


「なんだか恥ずかしくて、なかなか言い出せなかったんだけど……昨日は迷惑かけてごめんね」


 怖い。


「でも嬉しかった。やっぱり持つべきものは友達だよね! 私がトメ兄と仲直りできたのもサエちゃんのおかげだよ!」


 怖い。


「本当にありがとう!」


 怖い、けど、答えないと。


「……あ」


 ほら、ちゃんと答えて。


「……うん、気にしないでいいよー。友達だもん」


「ま、わたしたちはあまり何もできなかったけどねっ! ユイナさんに手柄を取られた感じっ!」


 ふざけて不貞腐れたように言うサユカちゃんの言葉に、


「いやいや、お母さんだけじゃないよ。本当に皆のおかげだよ」


「またまた。わたしたちの言葉には耳も貸さなかったくせに」


「あ、あれも甘えの一種と思ってよぅ。そりゃ、お母さんは――」


 その、


 言葉に、


「……よね」


「え? サエちゃん、なに」




「カカちゃんはいいよね。そうやって、すぐにお母さんに会えて」




 耐え切れ、なかった。


 場が、凍る。


「さ、サエすけ……?」


「仕事が忙しいのに駆けつけてくれた? ただ兄妹喧嘩しただけなのに?」


 止まらない。


「なにそれ。私なんて、最近ようやく声が聞けるようになったっていうのに」


 止まらない。


「さ、サエちゃ――」


「知ってた? カカちゃん。私ね、お父さんともお母さんともずっと会ってないの。私が今いる家の人たちは、本当の親じゃないの」


 そんなことを言っても仕方ないのに。


「本当のお父さんもお母さんもいなくて、寂しくて、いつもいつも我慢してるのに――なんでカカちゃんはいつもそうやって私に見せつけるの? なんでいつもそんなに幸せそうに笑うの?」


 そんなことを言いたくないのに。


「お父さんもいて、お母さんもいて、それが当然で――私だって、そんな家に生まれたかった!!」


 それは紛れもない、私の本心だった。


「カカちゃんを見てるとイライラするの……」


 お父さんもお母さんもいない私が、ひどくみじめに思えてきて。


「お父さんもいて、お母さんもいて、お兄さんもお姉さんもいてよかったね?」 


 私が、ひどく孤独に思えてきて。


「私は……私は……!!」


 もう、言葉が出ない。


 でもすでに充分すぎるほどの言葉をぶつけてしまった。カカちゃんに言うのは筋違いなこと。でも言わずにはいられなかった。その気持ちは確かに私の中で生まれたものだったから。


 そんな気持ちが嫌で蓋をして、ずっとずっと閉じ込めてきたのに……溢れてしまったのだ。


「カカちゃんなんか大嫌い」


 なんて嫌な子なんだろう、私。


「カカちゃんなんか――」


 もう、何を言ってるのか自分でもわからない。


 悲しくて、悔しくて、情けなくて……涙で視界も心も歪んで、何も見えない。


 ただ、映るのは……薄らと見える、カカちゃんの悲しい顔。


 でも激情にかられた私は、なお汚い言葉をぶつけようとする。


 なんて嫌な子。


 なんて悪い子。


 だから叱ってよ。誰か叱って。お父さんでもお母さんでもいいからさ、カカちゃんのお母さんみたいに駆けつけて、私を叱ってよ。お願いだから、ねぇ、私、ちゃんと謝るからさ……


 そんな声は、届かない。


 都合よく誰かが駆けつけて抱きしめてくれるなんて、そんなことはありえない。


 そう、思っていたのに。


「まったくもう」


 ふわりと、後ろから私を抱きしめてくれた人がいた。


 それは、お父さんでもお母さんでもなく。


「いつだったか『私たちを家族と思えー』なんて言ってくれたのは、どこのどいつだったかしら?」


 ……サユカちゃんだった。


「カカすけ」


「……ん」


 カカちゃんの声に身体が強張る。あれだけひどいことを言ったのだ。絶対に嫌われて――え?


「うりゃ」


 今度は前から、カカちゃんに抱きしめられた。


「え? え?」


 わけが、わからない。私は、私はあんなにひどいことを――


「サエすけさ、昨日いつの間にかいなくなってたでしょ。だからユイナさんのお話聞いてなかったんだね」


「お話……?」


「ええ。人ってね、色んな感情を持ってるの。だからね、いくら仲のいい相手にも、どんなに好きな相手にも、嫌いだって言っちゃうこともあるんだって。でも大事なのは根っこの部分なの」


「根っこ……」


「ほら、カカすけ」


「うん」


 涙で滲む目をごしごしと擦り、カカちゃんの瞳を見つめる。


「私ね、今ね、すごく悲しい」


 カカちゃんの瞳も潤んでた。


「なんでこんなこと言われなきゃならないんだろうって、腹も立ってる」


 その言葉とは裏腹に、声は震えていて。


「こっちこそサエちゃんなんか嫌いだって、叫びたい」


 でも、しっかりと私を見据えて、


「でもね、私はサエちゃんが好き。その根っこだけは変わらないの」


 はっきりと、そう言った。


「サエちゃんの根っこは、どう?」


 でも、泣きそうな声で、


「私を本当に嫌いになっちゃった……?」


 震える声で、


「お願い」


 震える身体で、


「私を嫌いにならないで」


 私を抱きしめてくれた親友の姿に、私の涙腺は耐えられなかった。


 恥も外聞もなく、赤ん坊のように全力で泣いた。


 泣きながら、カカちゃんとサユカちゃんにすがりつきながら叫んだ。


 嫌いになるわけない。


 なれるわけない。


 こんな優しい親友を、こんなに温かく包んでくれる家族を、どうして嫌いになんかなれるだろう?


 そうだ、私には家族がいる。


 こんなに温かい家族が。


 カカちゃんが羨ましい? お父さんお母さんがいる他の家庭が羨ましい? なんて愚かな考えだったんだろう。それにも勝る大事なものを、私はもう手にしていたというのに。


 そうだ、あの夏祭りの晩に自分で言ったじゃないか。


 私はもう、幸せ。


 そしてさらに幸せになるために、お母さんを待つのだと。




 ――泣きながら抱き合う三人の少女の姿を、遠くから見守る影があった。


「ふむ。なにやらサエ様が寂しそうに見えたので、ここは母親の出番だろう! と思い連絡したのですが……少々遅かったようですな。いや、電話してからここに来るまでめっさ速かったですが」


「……そうねー。慰め役、とられちゃった」


「いやはや、申し訳ない。このままだと無駄足になるとこですが、会ってゆかれますか?」


「いいえ。でも、呼んでくれてありがとう。おかげで腹は決まったわー」


 影の一つは携帯を取り出した。


「――あ、もしもしカツコちゃん? うん」


 その影の眼は真っ直ぐに。


 母を、自分を呼びながら泣きじゃくる、愛しき娘に向けられて。


「明日やらかすから」


 さらにその奥――


「手伝い、お願い」


 未来へと向けられていた。




 サエ&サカイ編、本編。

 まいります。

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