カカの天下570「あなたを想い」
こんばんは、サユカですっ! そ、そのっ!
「か、カカちゃーん?」
「カカすけ、おーい」
返ってくるのはズゥゥゥゥゥン……という重たすぎる空気のみっ!! ちょ、えっと、なんだか大ピンチですっ!!
トメさんから連絡があった後。サエすけに連絡を取ってみたら案の定カカすけが家に来たらしく、急いでわたしも駆けつけたのですが……よ、予想以上に事態は深刻みたいですっ!
「トメ兄に……どっか行けって言われたの……」
「そ、そうなんだー」
「どっかって、どこ? ドッカって国があるの? それともドッ科? ドッを研究する科? ドッて何? 言いにくい」
「か、カカすけ?」
「もしかしてドッ化? ドッに変化すればいいの? だからドッって言いにくいんだってば」
「カカちゃん、気をしっかりー!」
「あ、ドッ蚊? 最近蚊に刺されたんだよ……蚊に刺されたとカニに刺されたって似てるよね……カニ食べたいなぁ……ドッカニないかなぁ……」
ダメだわ。何がどうダメなのかさっぱりわからないけど、とにかくダメだわ!
「えと、カカちゃん? トメお兄さんが何を言ったかわからないけど、きっと嘘だよ」
「あれ嘘じゃないもん。トメ兄本気だったもん」
「そんなわけないじゃないのっ! トメ兄さんってカカすけのこと大好きなのよっ!? なんか見てて通報したくなるくらいにっ!」
「大好きならあんなこと言わないもん」
「で、でもほらー、人間って魔が差したりするしー」
「まがさしって何。ものさしの親戚? 知らないよそんな人」
あーもうほんとダメだわ。会話が通じないっ。
サエすけの枕に顔を押し付けて黙り込むカカすけ。わたしはため息をつきながらサエすけに手招きをして、部屋から廊下へ出る。
「……どうすればいいのかしらね、あれ」
「うん……何言っても聞いてくれないんだよー。とりあえずうちに来たときは泣いてたんだけどね」
「え、あのカカすけがっ?」
よほどショックだったのね……カカすけのそんなシーン、数えるほどしか見たことないし……いや、そもそも。トメさんと本気でケンカするところなんて初めて見たものね。
「私の胸でさんざん泣いたあと、今みたいに私の枕に顔を押し付けて……しばらくしたら立ち直ったかと思えばあんな感じー」
あんな感じ……ね。
部屋の中を見る。いまだにサエすけの枕に顔を押し付けているカカすけ。なんかやたらスーハースーハーしてるのは気のせいかしら。まさかあれで元気になるの?
「私たちの言葉が届かないとなるとー、トメお兄さんになんとかしてもらうしかないねー。元はといえば元凶だし」
「そういう言い方やめてよっ! きっとトメさんも何かあったのよ。じゃなきゃ、こんな……」
「……そうだよねー、ごめん。トメお兄さん、大人だもんね」
そうよ、大人なのよあの人は。わたしはそこが好きなんだからっ!
だから、なんとかしてよ、トメさん。今回はわたしたちじゃ、全然――
「あ、チャイム?」
「きっとトメさんよっ! サエすけ、カカすけを連れてくわよ」
「う、うんー」
枕に張り付いているカカすけを無理やり引っぺがし、両脇を二人で抱えて連行するように玄関へと引きずっていく。
その間、カカすけ無言。なんか怖い。
そしてわたしもサエすけもなんとなく喋る気になれず、玄関までたどり着く、と。
「……え」
返事が無いただのしかばねだったカカすけが、目を見開いた。
わたしもぽかんと口を開けて驚いた。だって、そこにいたのは――
「あらあら、ずいぶんな顔ね。カカ君」
「おかあ、さん?」
今、仕事でとてつもなく忙しいはずの、ユイナさんだった。
「なん、で……?」
なんでこんなとこにいるのか、と聞きたいんだろう。そのカカすけの意図はしっかりと伝わって、
「なんでって、決まってるじゃないの。自分の子が泣いてるのを放っておけますか」
当然のことのように、あっさりと。すごいことを、この人は言った。
「パパ君が文字通り飛んできてね、教えてくれたの。カカ君の一大事だってね。だから、ここまで抱っこして運んでもらっちゃった」
抱っこして運んでって……県越えてないっ!? に、忍者ってすごいわ。
「あ、あのね、私、トメ兄と」
「うん、話は聞いたよ」
……あ。
ふわりとカカすけを抱きしめるユイナさん。
「ね、カカ君。トメ君はなんて言ったのかな」
「私といると……疲れるって。だからどっかいけって」
「それ、本当だと思う?」
「思う。だってトメ兄、本気だった」
「カカ君が思うなら、きっとそうだね」
びくり、とカカすけの肩が震える。ちょっと、そんな言い方――そう口を開こうとしたけど、ユイナさんの「でもね」という言葉で思い留まった。
「人ってね、いろんなことを想って生きてるの。あの人といると楽しい、でも疲れる。そう想うのは不思議じゃないんだよ」
「え……だって、意味、逆」
「うん、だから言ったでしょ。いろんなこと、って。例えばカカ君、走るの好き?」
「うん。速く走ると、風、気持ちいいし」
「じゃあさ、ずっとずーっと走ってたら?」
「……疲れる」
「嫌にならない?」
「……なると、思う」
「じゃあ、それで走るのを嫌いになる?」
「……ならない」
「でしょ? トメ君もおんなじなんだよ。いろんなことを想ってて、たまたま嫌な想いが表に出てきただけ。カカ君を嫌いにはなってないよ」
「……ほんとに?」
「うん。人ってね、感情の生き物だから。その人の99%が好きで1%が不満なだけだったとしても、その不満を言ってしまうことがあるの。その人がすごく好きなのに、そのときの勢いだけで『嫌い』を言っちゃうことがある。それがきっかけで疎遠になる人も多いわ」
「……そんな」
「人はどんな想いも持ってるの。でも大事なのは根っこの部分。お互いの根っこさえちゃんと好きなら大丈夫。だけどね、もしケンカをしたら、時間を置いてからちゃんと確認しないといけない。相手と自分の根っこの気持ちは変わっていないのか」
「……怖い」
「うん、怖いね。でもね、大切な人と勘違いしたまま仲直りできないほうが怖くないかな?」
ユイナさんが振り向く。
「確認してみよう? そうすればいつの間にか仲直りできてるから」
カカすけもそっちを見る。
「……トメ、兄」
「カカ、その……」
ユイナさんが、そっとカカすけの背中を押す。
「……トメ兄は、私のこと、嫌い?」
「……そんなわけあるか、馬鹿」
わたしは胸をなでおろす。
どうやらこの兄妹喧嘩は無事に解決するようね。さすがはカカすけとトメさんのお母さんだわ……クセのある子供を持つと人格者になるのかしら。
「ううううううぅぅ」
「あー、僕が悪かったよ。鼻水拭け」
ともかく。本気で慌ててる可愛いトメさんも見れたし、カカすけもトメさんに抱きついて泣いてるし。
「ごめんな、母さん。こんな子供みたいなことで呼び出して」
「なに言ってるのトメ君。君だってずーっと、私の子供なんだからね」
「……仰る通りで」
これにて一件落着ね!
あれ?
隣にいたはずのサエすけが、いつの間にかいない。どうしたんだろう。
カカすけたちと別れたわたしはサエすけの部屋の前へと戻った。
ノックしてみると、すぐに返事が。
「……カカちゃん、仲直りできたー?」
「ええ、ちゃんとね。なによ、見てなかったのっ!?」
「そっかー……」
「あ、わかった。自分がカカすけを立ち直らせてあげられなかったから、ガッカリしてるんでしょっ!」
「……ん、そんなとこー」
「さすがのわたしたちも大人には敵わないわねっ! さて、それじゃわたしは帰――」
唐突に扉が開いた。
「サユカちゃん。もう遅いし、泊まっていけばー?」
「へっ? う、うん」
それはいいんだけど、なぜだろう。
サエすけが、なんだか――泣いていたように見えた。
……終わりではありません。
続きます。




