カカの天下553「恐怖、それは素晴らしき原動力」
どうもこんにちは、トメです。
今日はお休み、カカももちろんお休みの日。となれば遊びにでもいこう――そう思いもしましたが。夏休みには遊び以外に大事なことがもう一つあるのです。
そう、宿題です。
というわけで。僕はカカの部屋で、こやつがちゃんと宿題をしているか見張っていたりします。
「うぅ……トメ兄、邪魔」
「いいだろ別に。ここで本読んでるだけなんだから」
見張りと言ってもじっと見てるのも疲れる。僕はただカカがサボらないかだけをチェックするために居るだけなのである。
「あとでちゃんとやるよぅ」
「あともなにも残り一週間しか夏休みないだろ。去年みたいに残したりしたら承知しないからな」
「うぅ、外は明るいのに……遊びたい」
「いいじゃん、サエちゃんとかも忙しいんだろ?」
「うん、なんか大事件だーとか言って取り合ってくれなかった」
「だったらちょうどいいだろ。そんなドリルくらいさっさと終わらせたまえ。わからない問題は教えてやるから」
うーうー唸りながらもしぶしぶ机に向かうカカ。それでいい。たとえ嫌々だろうと『提出物をきちんとやって出す』ってことだけは覚えさせておかないとな。そうすれば中学、高校と進んでも先生から白い目で見られることはないはずだ。
まぁ、変なことやって変な目で見られたりする分は知らんが。
「トメ兄、この問題やって」
「ん、どれ。わからない問題があったか?」
「この算数のドリルって問題」
「全部じゃん」
やる気ねーなこいつ。
「一生に一度のお願い」
「あのなぁ……」
「やってくれたら言うことなんでも聞く」
ほほう?
「絶対だな?」
「絶対。どんな命令でもオッケ」
「その命令は前払いでもいいか?」
「先に聞くってこと? いいよ」
「よし、もう一度聞くが絶対だな」
「女に二言はないよ。なんでもするよ」
「よし、じゃあ明日にでもそのドリルを全部やってやろう」
やったー!! と身体中を飛び跳ねさせて喜びを表現するカカ。
「じゃあ命令を言うぞ」
「さぁこい」
明日には僕がドリルをやってくれる。そう決まってカカはもはや有頂天、油断しまくっている。
だが甘い。
「今日中にドリルを全てやれ」
「この卑怯者め!」
何を言うか。きちんと色々確認しただろうが。それにカカは頷いた。だからこれは卑怯なんかじゃないのである。
「いいからやれよ、約束だろ?」
「そんなの無し! 別の命令にしてよ」
「女に二言はないっつったろ」
「あれは正しくは男に二言はない、でしょ。私は女だもん」
「一生に一度のお願いまで使ってそれか」
「“あのお願いは”一生に一度だけだもん。他のお願いならまだまだするもん」
……そういう屁理屈には頭回るのな。
「勉強の虫になってはいけないんだよ? はい殺虫剤」
「や、渡されても……」
どっから出した、このキンチョール。
とりあえず返す。
「あのなぁカカ。こういうのは自分の力でやらないと意味ないんだぞ?」
「…………」
「おい」
「…………」
「無視するなよ!」
「ムシにはこれ!」
「なぜそんなに殺虫剤を推す!?」
相変わらずワケのわからん妹だ。やれやれ、適当に世間話でもして気を休ませてからやらせるかな。
「あ、そういやさ。まったく関係ないけど……虫といえば僕、最近虫歯かもしれないんだよ」
「じゃー殺虫剤を口に」
「死ぬわ!」
「あはは、またまたー。えい」
プシュー。
……そこから先のことは思い出したくないから詳しく描写はしない。
ただ、簡単に言えば。殺虫剤という毒物を軽く見ていたカカがふざけて僕の顔面にプシューして、僕はエライことになったのだ。どうエライことかっていうとあれだ、大の男が駄々をこねまくる子供のように痛みに暴れ狂ったくらいのことだ。
そして数十分後。
カカは必死に机に向かっていた。
「……目がひりひりする」
「はい! すいません!!」
僕の様子があまりに凄まじかったのか、カカはものすごく恐縮していた。
「……頭が痛い」
「はい! ほんとすいません!」
カカの額には『宿題の虫』と書かれた鉢巻。
そして隣に座る僕の手には、皆知ってる手軽な凶器、殺虫剤キンチョール。
「そこの虫、退治されたくなかったら頑張れ」
「はい! 喜んで!!」
ぶっちゃけ僕は怒っていた。さっきのは洒落にならなかったのである。その怒りは長年一緒にいるカカにも当然伝わり、加えて先ほどの凶器を目の前にしているので必死も必死、全力投球でドリルと戦っているのだ。
「すごい緊張感……これがほんとのキンチョール!!」
「いいからやれ」
「はい!!」
その日、カカは宿題のドリルを全て片付けた。
人間、怯えてると驚異的な集中力を発揮したりしますよねぇ……怖い先生の前で授業とか。
それでも寝る人は寝ますが(私とか)カカは良い子なので素直に怯えて頑張りました。まー滅多に怒らないトメが怒ったのが大きいですけどね。
あと、なんとなく思い出したどうでもいいエピソードを一つ。
私は高校の授業中よく寝てましたが、こまめに起きてノートだけはきちんと取ってました。さらにテストで文句なしに満点近くとってたので怖い先生も私を起こせず……
「おまえ寝とる場合じゃないだろが!」と叩き起こされる人の隣で「起きてる意味ないじゃん」とばかりにグースカ寝てました。
いま思い出すと私も黒いっすね!




