カカの天下547「黒合戦」
「なんだ、普通に美味しいじゃん」
「そうよね、なんで流行ってないのかしらっ」
「んー……」
もぐもぐ……あ、いきなり食事中ですいません。
今日はサエちゃんとサユカン、おなじみの三人で海へと遠出してみました。私たちも小学五年生、海くらい自分たちだけで来れるのです。ごめんね仕事中のトメ兄。
そしてサエちゃんのシックな水着(もちろん黒)を堪能しつつ、サユカンの水中いじめ(それが愛)を堪能しつつ……遊びまくって時間が経つころにはお腹も空いて、近くに見つけた海の家に入ってみたのですが、ものの見事に流行ってませんでした。
「そういえばこういう海の家って、今じゃほとんど無くなってるってテレビで言ってたわっ」
「もったいないね。遊び疲れた後に食べる焼きそばほど美味しいものなんて、あんまり無いのに」
店内を見渡しても別に変なところはない。少しボロいのは雰囲気が出てていいと思うし、メニューも普通だし……何かが足りないような気もするけど。
「はい、お水のおかわりですよ」
コップにお水を注いでくれるのはこの海の家の店主っぽいおじさん。私は思い切って聞いてみた。
「ね、おじさん。このお店ってなんでこんなにスカスカなの?」
「ははは、直球なお嬢ちゃんだね。でもその通りだから反論しようがないねぇ……今の不況の世の中じゃ、こういう割高なくせに大して美味しくないお店は受け入れられないんだよ」
「……他に原因もあるけどねー」
サエちゃん何か言った? 小さくてよく聞こえなかった……まぁいいや。
「おじさん、私たちがこのお店をお手伝いするよ!」
「ええっ!? カカすけ、何言ってるのよっ」
「午前中は海でたっぷり遊んだし、どうせ予定もなかったでしょ? 午後からはこのお店を宣伝してまわるの!」
「お、おお……そいつぁ本当かいお嬢ちゃん! ありがてぇ!!」
と、いうわけで。海の家にお客さんを呼び込むために浜辺へ出てきたわけだけど。
「まったくもう、勝手なんだからっ!」
「いいじゃんいいじゃん、こういうのも楽しそうでしょ」
「そうだけど……なにカカすけ。夏祭りのときで人助けにでも目覚めたの?」
んー、実はそうかも? でもそんなことより気になることが。
「えっと……サエちゃん? さっきから黙ってるけど、もしかして怒ってる?」
おそるおそる顔を覗き込んでみると……あら、いつもの可愛すぎる笑顔が。
「んーん、カカちゃんのそういうところは立派だと思うし、手伝うよー」
「そ、そう? よかった」
「まーあんな店を流行らせたところで意味ないとは思うけどー」
「あんな店って……普通のお店じゃん。焼きそばも普通に美味しかったし」
「そりゃそうだよー」
サエちゃんは何を言いたいんだろう? 詳しく聞こうとしても「なんでもないよー」とか言ってはぐらかされるし……手伝ってくれるみたいだから、気にしないでおこうか。
私たちは早速手分けして宣伝してみることにした。とは言うもののやり方なんてよくわかんないから、適当に声を張り上げてみるしかない。
「あそこの海の家、500円でいかがですかー!!」
「海の家が売ってるの!?」「500円で!?」
「あ、違った。海の家の焼きそば、500円でいかがですかー!! おじさんが作ってるよー! 普通に美味しいよー!!」
そんな感じで叫び続けてみるものの……反応してくれる人は少ない。唯一、一組のカップルが「あ。あの子、夏祭りの」「ほんとだ! せっかくだし、行ってみる?」とお店に向かってくれたくらいだ。呼び込みって難しいなぁ。
「はぁ……はぁ……海の家で焼いたおじさん、500円でいかがですかー!! ってあれ、なんか言いまくってるうちに変に混ざって……疲れたみたいだな私」
少し時間も経ったので、私は諦めて海の家に戻ってみることにした。
まったく戦果が上がらなくて肩を落としながら、浜をとぼとぼ歩く。
やっぱ、私流になんかやんなきゃ無理かなぁ。
そんなことを考えているうちに、やがて海の家が見えた。
そう、繁盛しまくっている海の家が。
「……え、なんで?」
「カカすけっ! どういうことよこれ!」
そこには私と同じく戻ってきたサユカンがいた。しかし聞かれてもわかるはずがない。
「私もサユカンも知らない、ということは……」
サユカンと二人で走る。
そしてやがて見えた。我らが友人、サエちゃんが。
なんかキョロキョロしてる。
あ、何か見つけたみたいだ。視線の先には……家族?
サエちゃんはたったったーと軽快に走りながらその家族に突っ込んでいって……
なんと、お父さんっぽい人に飛びついた。
「パパー」
「「「なっ!?」」」
家族一同騒然。私たちも騒然。慌ててそっちに駆けつける。
そのかいあってか、すごく近くまで辿りついたとき。
ちょうど私たちから見て正面を向いていたサエちゃんが、そのお父さんの耳元にこんなことを囁いたのが聞こえた。
「弁解してほしかったら、あっちの海の家でお食事してってー」
私とサユカンは足を止めて絶句した。真正面にいたからこそ私たちには聞こえたけど、あれなら周りの人には聞こえていない。なのでいまだにお父さんのご家族、特に奥さんはとてつもない形相で夫を見ている。
「あ、悪徳勧誘か!?」
お父さんも小声で対応。
「そーだよー。でもいいじゃないのー食事くらい。どうせ二千円も使わないでしょー?」
「し、しかし」
「コホン……パパー!! 今夜はお医者さんごっこ――」
「行きます! お腹空いちゃったしな! 焼きそば三杯くらい食べちゃおっかな!!」
「――なんちゃってー。おじさんったら慌てちゃってー」
「い、いやぁ、そんなキツイ冗談言われたら誰でも慌てるって!」
「ごめんねー、いつも奥さんのノロケ話ばかり聞いてたらちょっと嫉妬しちゃってー」
おじさんの演技は白々しいけどサエちゃんの演技はあくまで自然だ。その“実は知り合いな近所の子供だった”的な言葉とさりげないフォローに、厳しい視線を送っていた奥さんも「まぁ、子供のやることか」って納得したみたいだし……なんて見事な手際だろう。
バイバーイ、と気さくに手を振ってわかれたサエちゃんは何食わぬ顔でこちらに歩いてきた。
「サエちゃん……すごいね」
惚れた。私にもやってほしい、特に最初に抱きつくとこ。
「すごいけど、大丈夫なのっ!? あんなことして……あれじゃまるで――」
「大丈夫だよー、何もかも」
サユカンの心配をあっさり一蹴して、サエちゃんはニコニコっと笑った。
……何もかも、ってどゆこと?
――そのころ。海の家では。
「焼きそば6つください!!」
「こっちは3つ!」
「はーい!!」
注文を受け、裏へと引っ込みながらも店主はずっと笑っていた。
「ひひひ……カップ焼きそばを皿にうつして売ればボロ儲けだと思って始めたこの商売……諦めかけてたが、これならイケる! そうだよな、気づかなかった。ガキなら金はかからねぇんだ。これからも適当に泣き落としで子供を味方につけて働かせていけば……う、うへへ」
店主が倉庫にある大量のカップ焼きそばを無造作にひっつかみ、調理場――ただお湯を入れるだけの場所だが――へと戻ろうとしたとき。
「ちょっと、そこの君」
慌てて後ろにカップめんを隠して振り返ると、そこには――
「け、警官……!?」
「君。ちょっと聞きたいのですが」
「は、はい」
「先ほど外で、この店を宣伝している子供たちがいたのですが……あの子たちを働かせているのですか?」
「え、いえ、手伝ってもらっているだけで」
「……親戚とか?」
「い、いえ、全く無関係の子たちです」
「署に来てもらおうか」
「ええ!? お、俺は何もしてませんよ!?」
「全く無関係の子供たちを働かせているだけで充分、罪だ。それに脅迫まがいの勧誘をさせているとの情報もある。こちらのほうが問題だが」
「そ、そんな!! 俺は何も知らな――」
「知らないことが罪なこともあるのだ。さぁ!!」
こうして、この“何を焼く音もしない海の家”は潰れてしまうのだった。
カカです。海の家が繁盛してると聞き、もっと頑張らねばと呼び込みを続けていたのですが……
「おじさんが焼いた海の家、500円でどうですかー!! ってあれ、なんだろ」
なんだか海の家のほうが騒がしい。
行ってみると、そこにはまたもやサユカンが。タイミングいいな、私らって。
「カカすけ、聞いてっ! あの店の人、なんか犯罪者だったみたいっ」
「ええ!?」
「警察に捕まってたわよっ」
そんな……じゃあ私たちのしたことは、いったい……
「それでね、カカすけ。サエすけから伝言。今度から誰かを手伝ったりするときは、事前に誰かに相談してね、だってっ!」
サエちゃんにはわかってたのかな、こうなるって……って、あれ?
「サエちゃんは?」
「なんか、やることがあるって」
こんにちは、サエです。
「通報ご苦労様、クララちゃん」
「それくらいお安い御用です!」
「でもてっきりシューさんがくるのかとー」
「怖いから別の人に任せる、だそうです!」
「あのヘタレー」
ともかく私の作戦の要を果たしてくれたクララちゃんにお礼を言います。今回の海水浴は一緒に来てなかったのですが、急遽呼びつけてしまいました。この子には距離とかあまり関係ありませんしね。
「でも今度はクララも海で一緒に遊びたいです」
「泳げるようになったらね。クララちゃんの身長で泳げないと、いろいろ危ないし」
「むう、クララ頑張ります!」
私の計画通り警察に捕まっていくおじさんを遠くから眺めます。
私には焼きそばを食べたとき、すぐにわかりました。あのカップ焼きそばだと。別に放っておいてもいいかと思いましたが、カカちゃんが首を突っ込んでしまったので制裁してしまいました。まー黒いことしてるほうが悪いんですし。まったく、黒いことはするもんじゃないですよねー。
君が言うか? と思った人は表に出てねー。もしかしたら身体の一部分が黒くなるかもだよー。
「ところで、この風呂敷に包んだ大量のカップ焼きそばはどうするのですか?」
「うちに置いといてー」
でもこのカップ焼きそば自体は好きなのでもらっておきます。なにせ一口でコレだとわかるくらい好きだからねー。あれだけあるなら20個くらい減ってもバレないよねー。
「サエおねーちゃん、なんだかツヤツヤしてませんか?」
「わかるー? いやー夏祭りのときに補充した元気をどこに使おうか迷ってたんだよねー、今日のはちょうどよかったかなー」
みなさん、黒いことはほどほどにねー。
君が言うなって思った人は以下略。
腹黒合戦はサエちゃんに軍配が上がりました! ま、当然ですね笑
やってることはいいことなので腹黒じゃないんじゃ……そう思われる方もいるかもですが、それでも腹黒と呼ばれるのがサエちゃんクオリティ笑




