カカの天下54「カカ的バレンタイン」
こんにちは、トメです。
今日はバレンタインです。おそらくは日本の各地でいろんなイベントが起きているでしょうが、僕の周りでは特にすんばらしいイベントなど起こる気配はありません。あーやれやれ。
それでも一応、妹と姉という身近な女性がいるのは恵まれているのでしょう。毎年二人にだけは確実にもらってるし……
「トメ兄、ちょっと来て」
我が妹、カカからの誘い。来ました来ました。
別に楽しみにしていたわけじゃない。毎年のことだし。
……本当に本当だぞ?
誰にしているのかわからない言い訳を胸中で呟きつつ、カカについていく。
するとたどりついたのは台所。
そして並んでいるのは――
「……カカ。これって」
「材料チョコと調理器具一式」
「……どうしろと?」
「作って」
「……なんで」
「トメ兄のほうがこういうの得意だから」
なんという妹でしょう。自分で食うものは自分で作れとおっしゃりますか。
普通、こういうのは女の子が自分で作るもんじゃないんですか?
僕は至極まっとうな疑問を浮かべつつ……言われるがままに作ってしまった。
そこの君、おもいっきりツッコんでくれて結構だ。
しかし可愛い妹に「作って」とお願いされたのだし、料理関係は嫌いじゃないんだから仕方ないじゃないか。
ちなみに「お願い」じゃなくて「命令」じゃないだろうか? とかいう疑問は受け付けない。あと、ちらりと弱みを盾にされたりなんかしてないぞ。
……ぜ、絶対違うんだからな。
「結構良い感じにできたな」
気合を入れて作ってしまった小さなチョコケーキを前にして、僕は満足げに一息ついた。
しかし横で眺めていたカカはそれ以上に満足そうに頷いて、こんなことを言った。
「ありがと、トメ兄。これならサエちゃんも喜ぶよ」
……はい?
いま、なんとおっしゃりやがりました?
「いや、女の子にチョコくれる子もいるんだね。さっき学校でもらってびっくりしちゃった」
「……えっと」
「お返ししようかと思ったんだけど、やっぱ手作りには手作りで返したいじゃない? トメ兄が料理得意で助かったよ」
「……あの」
「じゃ、これ、もらってくねー」
「……ぼ、僕へのチョコは?」
カカはきょとんとして、いけしゃあしゃあとこんなことを言いくさった。
「トメ兄、知らないの? 今日はチョコを食べる日じゃなくて、チョコをあげる日なんだよ」
「……えっと……つまり?」
「いま、材料チョコあげたでしょ。だから今年も無事カウント済み。よかったね」
そう言って、すたこらさっさとサエちゃんの家に向かって去っていくカカ。
「ぅおい……なにその屁理屈」
それを呆然と見送っていると、
「やっほぃ! 弟よ。待ちかねたろう! 我がチョコを受け取るがいい!」
馬鹿でかい声を響かせて姉がやってきた……いつもなら鬱陶しいことこの上ないが、妹に心をズタズタに傷つけられた今となっては、その迷惑な存在すら歓迎してしまえる心境だった。
その喜びを表情に出さないように気をつけながら、僕は姉からチョコが入っているらしき箱を受け取った。
そして早速開けてみる。
「あのさ……これ、十六個入りのチョコの箱だよな」
「そだよん」
「一個しかないんだけど、残りは?」
「食べた」
「ぅおい!」
「なによ、あげたんだからそれでいいじゃん。んじゃさらば」
ああ、なんというか。
姉妹そろってなんちゅー奴らなんだろう……
バレンタインに特別なイベントなんてありはしないと思っていた。
でも違った。イベントは確かにあった。
まさか嬉しくないイベントがこんなにあるなんて思わなかったけど……がっくし。
「あの、こんにちわー」
と、思ったら。なんとご近所のサカイさんが訪れたではありませんかっ。
ああ、神は我を見放さなかった!!
「こんにちわ、サカイさんっ」
「実はこのチョコレートなんですけどー」
「はいっ」
「さっきカツコさんにいただいたお礼なので、渡しておいてもらえますか?」
「……はい?」
ああ。
神は僕を見放した。
「あと、それとは別にこのチョコを――」
……あああ、やはり神はっ。
「カカちゃんに」
神は僕に恨みでもあるのかっ!!
あからさまに肩を落とした僕があまりにもみすぼらしかったのか。サカイさんはおろおろし始めて……ちょっと悪いなと思った僕はフォローしようと口を開き、
「あ、あの。もしかしてチョコ、ほしかったですかー?」
とどめを刺された。ぐは。
そんなこと聞かれて、男としてなんて答えればいいのだ……
「トメさんは糖尿病だからチョコを見るのもイヤだって、昨日カカちゃんが言ってたから、てっきりー」
元凶は結局またしてもあの妹かああああ!!!
胸中で叫びながら、僕はとりあえずサカイさんがカカに用意したチョコを妹の目の前で食べてやることを誓った。