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カカの天下  作者: ルシカ
538/917

カカの天下538「わがまま」

 サカイです。


 サカイです。


 サカイです。


 ああ、なんで三回も言ってしまったんでしょうか。まるでどこかの芸人です。なんでなんでーってそんなの言うまでもないじゃないですかー!!


「お母さん……!」


 サエが。


 目の前に、サエが……!!


 に――


 にげないと――


「っ……!!」


「あ、お母さ――」


 ごめん。


 ごめんね、サエ。


 私、まだあなたに顔を合わせられな――


 人にぶつかった。


 跳ね返って屋台にぶつかった。


 さらに電信柱に激突。


 ピンボールのようにサエのところへ戻ってきてしまった。なにやってんだ私。


「お母さん……大丈夫ー?」


「う、うん。なんとか……じゃなくて!!」


 走り出す!


「待って!」


 服の裾を掴まれる!


 バランス崩してすっ転び、頭から地面へ激突!


「あ、ああー! お母さん!」


 そろそろ死ぬかも……


 ヨロヨロと立ち上がったところで、サエの顔が真正面に。


 可愛い……


 じゃなくて!!


「なんで……」


「え」


「なんで、逃げるの……?」


「それ、は……」


 自然と顔が俯いてしまう。


「私の友達が言ってたの。私のお母さんは、今も私のことを想ってくれてるんだって」


 ……そう、いつだって想ってた。


「それは、違うの?」


 違わない。


「もう、私と一緒にいてくれないの?」


 一緒にいたい。


 でも……


「ご、ごめんねー」


 後ろを向く。


「私ね、あなたと会ったらいけないことになってるのー」


 サエに会わせる顔がないから。


「お養父さんの――あなたのおじいさんの命令でね、会ったら怒られるのよー」


 今のサエの顔を見たくないから。


「私としてはね、ちゃんとサエのお母さんをしたいんだけどね、ごめんねー」


 今の私の顔を見せたくないから。


「ほんとはね、ずっと会いたかったんだけどねー」


 今の、


「うん、会いたかったんだけ、ど」


 最低な母親な、


「会い、た……」


 最低な私の、


「かった……!!」


 最低な顔を…… 


「お母さ――」


「でもね!」


 サエの声を遮る私の声は泣きそうで、震えてて、情けなくて仕方がないんだけど……これだけは言わないと。


「でもね、ダメなの」


 そう、ダメだった。


「頑張ってみたんだけどね、ダメだったの」


 こんなこと言いたくない。ただの言い訳だ。


「あなたと会うための許し、もらえなかったの」


 許しを得ずに会おうと思ったことは何度もあった。でもダメだった。あの人の親戚に預かってもらっている以上はサエの立場を悪くできないし、そもそも私にそんなわがままを押し通す力は無かった。


「でも、でもね! 私、安心してたんだよー? サエにはお友達がたくさんいるでしょ?」


 カカちゃんにサユカちゃん。トメさんだっていい人だし、あの妙な女の子も。


「サエがいつも楽しそうに笑ってて、安心してたんだよー」


 そして感謝していた。この子と一緒にいてくれる皆に。


「ああ、ちゃんとこの子は幸せなんだって」


 遠くから見守って、サユカちゃんから話を聞いて。


 少し寂しかったけどホッとした。


 この子は、私みたいな母親がいなくても、ちゃんと幸せになれるんだって。


「だから、ね? 私がいなくても、このまま幸せで――」


「……か」


 とても、小さな声で。


 その子は言った。


「……んですか」


 聞き覚えのある声。


 ああ、これは、そうだ。


「……けないんですか」


 ずっと小さかったこの子が、泣いていたときの声。


 泣きながら、私を。


 私なんかを。


 お母さんと呼んでくれたときの声――


「もっと幸せになったら、いけないんですか!?」


 涙が、出た。


「わがままを……言います」


 なぜかはわからない。


「一生に一度のわがままでいいですから」


 想うことが多すぎて、どれが原因かわからない。 


「お母さんにいろいろあるのは知ってます」


 私は何も言えず、


「でも」


 何も言うことができず、


「私と一緒にいてください」


 ただ自分の娘を抱きしめることしかできなかった。




 泣いた。二人で一緒に泣き続けた。


 そしてわかった。


 これが私の――私たちの幸せだったんだ。


 娘に触れられるだけで、こんなにも湧いてくる力。


 さっき私は心の中でなんと言った?


 ――そもそも私にそんなわがままを押し通す力は無かった。


 何を甘えたことを言っているのか。可愛い娘が一緒にいたいと言ったのだ。こんな小さなわがままを押し通せなくて何が母親だろう。


「……待ってて、サエ」


「うん」


「私、頑張るから」


「うん」


「もっと、頑張るから」


「うん」


「今は無理だけど、いつかちゃんと迎えにくるから」


「うん、待ってる。いってらっしゃい、お母さん」


「うん。いってきます、サエ」


 いつか、あの子も言っていた。あなたはきっと、もうすぐ報われます、と。


 当たり前だ。この胸に湧き出た力があれば、なんだって出来る。 


 だから。


 最後まで走り続けられるように――もう一度、愛しい娘を抱きしめた。




 夏祭りの途中ですが、緊急事態により別のお話っぽく展開いたしましたのでご了承ください。

 お姫様の小さなわがままが叶いますように。

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