カカの天下537「夏祭りだよ、ハプニング――殺し」
闇を炎が着色する夏祭り――その中心で人知れず対峙する人外たち。
「あ、あの……!」
「はいはい、休んでなさいな。擦り傷やら火傷やらでボロボロだよあんた」
身体は限界だったのか、ペタンと地面に座りこむ桜の精。
そして腕を組んで仁王立ち、不敵に人形を見据えるのは笠原家の長女、カツコ。
「なんだ、貴様は」
「んー、なんだろ。この街のハプニング処理班? あんたみたいなのを黙らせるのが仕事」
「は? できるのか、人間風情が」
「やるんだよ、人形風情」
手足をぶらぶら、準備運動。
「やれるものならやってみな。あたいに触れられれば上出来だ」
んー……と身体を延ばし、柔軟終了。
「こっちのセリフ」
銃弾のようにカツコの身体が放たれた。
一息で最高速に達した彼女はあっという間に神社の壁際へと到達し、屋根へと人間離れした跳躍を見せる。
屋根へと右足をつけた瞬間、足元が崩れる。クララを落とした手口と同じだ。
しかしカツコは右足が沈んだ瞬間、地面と垂直方向へ回し蹴りを放つ。大きく円を描く左脚。崩れた屋根の穴の縁に優しくつま先を引っ掛け、
「ほっ」
その足先の力だけで、落ちかけた身体を強引に戻した。
刹那、下から吹き上げてくる炎を野生のカンで察知。浮かした身体は体勢を整える間もなく、
「よっ」
右手で屋根の瓦を引っかくようにして自身の身体を横へと投げる。器用に火柱を避けきった。
「――なっ」
軽業師のような芸当に驚愕する人形に向かい、滑るように疾駆する。速い。
「こ、この……!!」
上がる上がる、火柱が上がる。だが乱雑に放たれるその凶器をカツコはカンだけで縫うように避けていた。
あと数瞬で肉薄する――そのとき。
「うおっと!?」
目の前から極太の火柱が下から吹き出し、屋根もろとも空を貫いた。カツコはさすがに後ろへ跳ぶ、しかし着地するはずだった屋根が消えた。
「はぁ……はぁはぁハハハ! 魔物が最も力を発揮できる時を知っているか!?」
カツコの身体が落下する。神社の床に――いや。
「それはな、現実から隔離された空間にいる時だ!」
床が消えた。その下の床も。地面が見えて――それが割れた。夜の闇より深い闇、奈落への入り口が開いていく。
「律儀に避難してくれたらしく、この周囲には誰もいない。魔物と魔物に喰われるモノの、それ以外はな! ここら一帯はもはやあたいの箱の中! 閉じられた箱で何をしようと誰も知らない気づかない。だからあたいはなんでもできる!」
魔法とも呼べるその力によって造られた穴は深く、底は見えない。カツコの身体は吸い込まれるようにその闇へと消えていった。
「くくっ……勝った」
己が力に満足し、先ほど感じた冷や汗をぬぐいながらも人形が笑う。人形が汗をかくのもおかしな話だが、コレはもはや魔物と化しているので問題ない。
「人間風情が侮ったな。適した場においての呪いという力がどれほど強いか、知らなかったと見える!」
勝ち誇った声が奈落へ木霊する。
それは果たしてカツコに聞こえているのか。
確認するまでもなかった。
「――知ってるよー」
なにせ、返答があったのだから。
「え……? は? ええ?」
「箱の法則でしょ。世界の裏を知らない一般人さえ複数その場にいなければ……要は人目につかない場所なら力は使い放題ってやつ。それが裏を生きるモノの法則。うん、知ってる知ってる」
誇るでもなく、ただ単に当然のことを口にするような調子で木霊が響く。
「だってそこで鍛えられたもん」
この世で最も深い闇から、奈落の崖際を空に向かって爆走するカツコが姿を現した。
――壁走り。忍者の基本技である。多分。
「ば、かな……えぇい、非常識なことを!!」
非常識な存在が何を言う、とツッコむ間もなく。燃えた神社がさらに崩れ、焼けた残骸がいまだ地面より下にいるカツコへと降り注ぐ。
目が細まる。
脳から各神経へ伝達。
限界解除。
無理やり研ぎ澄ませた感覚をフル活用。マシンガンのように向かって来る大小ランダムな銃弾を避け、蹴り弾き、拳を焼かれながらも殴り砕き受け流し握り潰し、灼熱爆弾爆発を身体の各所に掠らせながらも致命傷だけは受けることなく――
「よう」
黒と赤の空を突き抜け、ついに頂点へとたどり着いた。
「思ったよりキツかったかなー」
「な……なんなんだい、あんたは……」
「何って、人間だよ」
「嘘つけ!!」
「ひっど」
「人間が今みたいなマネできるかぁ!! だだ、だって、ダダダッて、シュシュッてドカーンって、ピューンって!!」
狼狽しまくるその姿は小さな子供にしか見えない。そして普通のお姉さんにしか見えないカツコは、
「じゃ、根性ある人間」
「根性あったってそんなんできるかぁ!?」
「できるさ。根性あればなんでもできる。ああ、そういやあんたの天敵の娘でもあったか。ま、いいや……てわけでホイ」
あっさりとそんなことを言って、人形の額に人差し指を突きつけた。
そこは『呪』という文字があった場所。
「溶けてくっつく、特性お払いシール。保存時は冷やしておく必要があるのでご注意を――」
カツコが祭りの途中で消えたのは、シューの家にこれを取りに行っていたからだ。悪霊相手には覿面なアイテムなため、先日、それを恐れた近くの浮遊霊がタマを介して冷蔵庫に保管されていたソレをどうにかしようとした場面もあったりしたが。
して、今貼ったそのシールの効果とは。
「だ、大丈夫ですか!?」
「お、桜の嬢ちゃん。もう大丈夫だよ」
「な、なにしたんですか……?」
「ほれ、見てみ」
人形の額。
『呪』という不吉な文字。
その文字が『祝』に変わっていた。
「どうよ、貼れば何でもめでたくなるというスペシャルシールさ。ちょうどいいサイズがあってよかったわ」
「字が変わってます」
「うん」
「でも似てます」
「だねぇ」
「パチもんってやつですか!?」「あーうん、それでいいよ」
最後の最後で極短漫才のようなやりとりをしながら、人知れず行われた戦いが終結した。
『呪』という字は『祝』に変わり、運気は逆転。
不吉な火事は滝のように振り出した雨によって全て消える。
そして雨と共に、ささやかな幸運が降り注ぐ。
例えば崩れた屋台に挟まれ、身動きが取れなくなっていた人も。
「あ、あれ。うまい具合に瓦礫が崩れた! よし、今助けるよ!」
「ありがとう……真紅さん」
このように運良く助かったり。
「どたばたに乗じてわたあめたくさん食べれた……ウマー」
普通に幸福な人(ちょっと犯罪者)、甘党の鈴宮さんがいたり。
「ああ、ここにいたんだな祐清!」
「よかった、無事だったかフウキン」
はぐれた人たちが無事に出会えたり。
――そして、その中で。
「……あれ」
幸か。
「……え」
不幸か。
「おかあ、さん……?」
「サエ……?」
――二人が、出会ってしまった。
あっちゃこっちゃで大変なことが起こってますが、まだ続きます。ついに出会ってしまった二人はどうなるか!?
あとわかる人にはわかると思いますが、今話中に出てくる箱の法則についてはもう一つの短編ホラー小説「箱の中の黒猫」に出てくるのと同じ原理だったりします。
それにしてもすっかりファンタジーですなぁ。
明日はコメディに……ならないな多分(笑




