カカの天下536「夏祭りだよ、ハプニング!?」
いやぁ、笑った笑った。
『最後の漫才はこのお二人にキメてもらいましょう! 本業は街の小さな花屋さん。しかしてその実体はお花ではなく笑いを売っている? そんな伝説を作ることができるのか! エントリーナンバー四番、“うちの花屋”の登場です!』
イベントステージは大盛況だ。試しにと見に来てみたが、実にいい。
『お、おや? お一人しかステージに上がられませんね。コンビの漫才と聞いていたのですが……』
何がいいかって? 決まっている。
『なんだかお困りのようなので聞いてみましょう。あの、いったいどうされました?』
ここには笑顔が溢れている。
「ううう……相方のカツコさんがいないんです! さっきからずっと探しているんですけど」
笑顔、笑顔、笑顔。
『相方が!? そ、それは困りましたねぇ……ええと、どうしましょう』
幸せそうで実に結構。そろそろいいだろう。
「姉がいない!? なにやってんだあいつ」
「いっつも変なことするよねあの人。あれ、どうしたのサエちゃん」
「なんか……ヤダ」
いやぁ、なかなかにおもしろかったよ人間ども。
「ヤダって、何が?」
「怖い、感じが――」
褒美だ。
吐き気がするその笑顔、存分に恐怖で染めるがいい。
――ドクン、と。鼓動のように大地が揺れた。
「――え?」
それは誰の声だったか。いや、誰もがそう呟いたのかもしれない。
数秒の意識の空白。それが地面からの衝撃によるものだと誰かが理解する前に、明る過ぎる赤色が夜の闇を支配した。
「じ、地震!?」「お、おい。なんだあれ」「……燃えて、る?」「倒れた提灯の火が屋台に燃え移ったぞ! 誰か、消防車!!」「うあ、また揺れた!?」「樹が倒れてくるぞ!! 近くにいくな!!」「うあああああ!!」
響き渡り交差する悲鳴、怒号、泣き声、叫び声――ここにあった笑顔の全てが一瞬で消え去り、赤い地獄と化していた。
それを見下ろし、高らかに笑うモノが一人。
「アハハハハ! なんだ、予想外にすごいじゃないかあたいの力! あれだな、ずーっと閉じ込められて恨みっぱなしだったのがよかったんだな。いい感じに恨みの力が溜まって胸も大きくなって――待てよ。胸に力が溜まってる? じゃあ力を使えばしぼむのか、この胸」
まぁいいか。そう呟いた人形は人差し指を地面に向け、くい、と持ち上げてみせた。
たったそれだけで揺れる大地。倍化する惨劇。
「踊れ踊れ人間よ、今宵は祭りぞ? ただの人形風情なれば見つめるのみの一時だが、しかし! 人形の枠を超えた我は、祭りに相応しき音と色を授けよう。あぁ、素晴らしきは神の真似事よ。心地の良いことこの上ない!! む?」
人形が立つ神社の屋根。そこから見える人間たちの踊りをすり抜け、まっすぐ向かってくる者が一人。
「おやおや来たか。踊っていればいいものを」
人の波を抜けた。避難を終えたその場所には誰もいない。そこにいるのはただ一人、火の手が上がり燃え盛る神社の屋根を――息を切らして見上げる桜の精。
「はぁ、はぁ……今すぐ止めるです!」
「止める? 何を止めればいいんだい?」
「この呪いを今すぐ止めなさい!!」
おお、おお。いい剣幕だ。火の色に照らされ一層凄みを帯びている。あれほどの笑顔を壊されたのがよほど腹に据えかねたらしいな、同類。
「そう言うな。一緒に漫才を見た仲じゃないか」
「やっぱりあそこにいたのですね……近くにいるのはわかっていたのに、どこにいるのかわかりませんでした……」
「くく。漫才に人形を使うと聞いてな、親戚としてはどのようなものか見てみたかったのだよ」
「サエおねーちゃんの人形を、あなたなんかと一緒にしないでください!」
「何を言う。テンカとやらが漫才で言ってたじゃないか。あれは呪いの人形の類だと」
「それでもあなたなんかと違います! サエおねーちゃんの作った人形に呪いがあっても――きっと優しい呪いに決まってるんですから!!」
消えた? そう認識した刹那、気配を感じて振り返る。
そこには妖精特有の力を使い、一瞬で屋根の上、人形の背後へと移動したクララの姿。
「ほう、便利なものだな」
感心する間にもクララは振りかぶった腕を全力で突き出し、人形に殴りかかる。
しかし。
「くぁっ!?」
クララの足元が突然崩れる。拳が人形に届く前に、その小さな身体は屋根を突き破って神社内へと落ちていった。
中は火事ですでに灼熱。落下の衝撃よりも熱風と煙に身体を蝕まれる。
「こちらも便利なものだろう? あたいの呪いは全ての不幸を味方とする」
「クララ痛いです……っ! あれ!?」
「ああ、今の消える移動法? 使えないようにしてみたよ」
それを聞いた瞬間、走り出すクララ。
「さぁ、頑張れ」
申し合わせたかのように倒れてくる柱、落ちてくる瓦礫、行く手を阻む炎! 人形の言う通り、偶発的な不幸ですらも武器としてクララを襲っているのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
身を低くして獣のように、ひたすら走る、走る、走る!
倒れてくる柱をかいくぐり、落ちてくる瓦礫に目もくれず、炎の隙間に身を躍らせ――二階の窓から外へと飛び出した。
「使えます!」
神社の中を出たおかげか、力は戻っていた。地面に身体が叩きつけられる寸前に一旦身体を消し、離れた地点へ着地する。
「まだだぞ?」
地面が揺れる。転倒。その衝撃によって倒れてくる大木。
「痛っ!」
転倒によって足をくじいたのか、動けない。だからもう一度消えようとしたが――できない。力が再び封じられたのだ。
「……いや」
迫る大木。
「……して」
終わる。終わってしまう。
「……返して」
このままでは呪いを止める人が、誰も――
「みんなの笑顔を返して!!」
轟音。
大木が、クララを押し潰した。
「あーらら。頑張ったのにねぇ」
それをケラケラ笑う人形。
「言わなかったっけ? 妖精風情に何ができるってさぁ。あたいは日本に残るバケモノの中でも極め付けにタチの悪い呪いの人形よ」
誇らしく、嫌らしく、気持ち悪く、気持ち良く。
「たかだかあんた程度に勝てる道理がないのさ」
笑って、笑って、笑い続けて――
「だからあんたはおとなしく、そこで死ん」
「あー、暑い暑い。いくら夏でも暑すぎでしょこりゃ」
「で、なさ、い?」
その場違いな普通の声を聞いて、ようやく黙った。
「ていうか、なんでうちの不細工人形があんなとこいるわけ?」
その人間は、普通の人に見えた。そこそこ綺麗で、すごく快活なだけの普通の人間。
でも、なんだか道理とか捻じ曲げそうな感じがした。
おとなしく死にそうにない感じもした。
「ま、いっか。バトンタッチだね桜のお嬢ちゃん。お疲れちゃん」
手元に抱いた、呆然としている妖精を地面に下ろして、
「あとはあたしに任せなさいな」
もう一人のバケモノが参戦した。
……あれ。これカカ天だよな?
そう思ったそこのあなた、大丈夫です。カカ天です。
カカ天のジャンルは実はコメディではありません。
『コメディっぽいもの』です。
なので好き勝手やらせてもらってます。わはー。
いっぺんこういうの書きたかったんですよねぇ。ベタなピンチにベタな登場。
それがいい!!
姉の漫才を期待した方々、すいません。
代わりと言ってはなんですが、姉の潜在(能力)でもご覧ください。




