カカの天下526「間の悪い私」
こ、こんにちは……ノゾミ、もといインドって呼ばれてる私です。
今日はですね、そのですね……夏祭りにやる漫才の打ち合わせということで、みんな集まることになっていたのですが、その……
「む? どうしたノゾミ君。俺の顔に何かついているか?」
こ、こここ答えないと! 答えないと! 早く早く! タケダ君の顔には何がついてる!?
「……口」
「口?」
聞き返してきた聞き返してきた! 頷かないと頷かないと! ほら、早く!
「……う」
「口がついてちゃダメなのか? なんてな――」
「うん」
「ダメなのか!?」
「あ、ち、ちが……!」
ううう! 変なタイミングで頷いてしまいました……
「喋るなということか……」
「……あ、あの」
「わかってるさ。冗談だろう?」
うん、うん、頷かないと――
「まさか冗談じゃないのか?」
「うん!!」
「俺は喋ってはいけないのかぁぁぁ!!」
「違……!!」
えっと、ですね、そんなわけでして、その……今、喫茶店でタケダ君と二人きりなのです! ここが集合場所で、さっきまでアヤちゃんとニシカワ君もいたのですが、イチョウさんが来る途中でどこかで迷ったらしくて二人で迎えに行っちゃいまして……私とタケダ君はお留守番なのです……
正直、すごく緊張しています。だってだって……ついに言えるのですから。
胸にずっと秘めていたことを。
……あのとき、私を助けてくれたタケダ君。次の日から学校で、ずっとお礼を言おうと伺っていたけど……結局、声をかけることすらできなかった。カレーをあげることもできなかった。
だから、夏祭りの話を聞いて、タケダ君も参加すると聞いて、これはチャンスだと思った。
お礼を言う、チャンスだと!
そして今、絶好のシチュエーション! さぁ言うの、言うのよ。私はノゾミ! その名を持つ私が望みを叶えられないでどうするのっ。
「た……タケダ、君」
「む? なんだノゾミ君。ところで俺、喋ってもいいんだよな?」
「も、もちろん! あ……あの……」
うぅ……目をあわせるだけで緊張するよぅ……
「やっぱり俺の顔に何かついてるか?」
「……あ」
簡単よ。とっても簡単。ただ「ありがとう」って言えば済む話!
「……ありが」
言うの。言うのよインド! そう、私はインド。面積がそれなりにある国の名を持つ女! だからこれくらい言えるの!
「ありが……!」
「ありが?」
「ありが……10匹」
……ぅぅ。
言えにゃい。
でも、でもでも、遠まわしだけど言ったよね? アリが10匹で『ありが10(とお)』だもんね! タケダ君は頭がいいから、きっとわかってくれるよね!
「俺の顔にアリが10匹も!?」
前のセリフ(俺の顔に〜)忘れてたぁ!
い、言い直さないと!
「アリに集られた男タケダ……ううむ、このフレーズはなかなか珍しいが格好悪いな。ところでアリはどこだ? 鼻の穴に巣でも作ってるのか?」
「あ、あり」
「有りだと!? 人間の鼻の穴に巣を作ることも有るのか!? お、おそるべしアリ」
怖いぃぃぃ! 想像したら怖いぃぃ!
にゅう……とにかく失敗、伝わらなかったみたい。メル友のメルちゃんなら、こういう言葉遊びをすぐにわかってくれるのに。試しに携帯をピポパっとしてメール送ってみる……『アリが10匹』っと……
あ、すぐ返信きた。
『蛾が72匹?』
72匹の蛾で『なにが?』だね。さすがメルちゃん! はぁ……こんな風にタケダ君ともやりとりできれば……
いいえ、そんな弱気じゃダメだよ私。助けてもらったんだもの。お礼の気持ちをちゃんと伝えないと!
「た、タケダ君……」
「む、なんだ。俺の顔からアリは取れたか?」
「う、うん。それでね……その……」
言うの。言うの。
「た、た……」
ちゃんと言うの。「助けてくれてありがとう」って!
「た……」
甘えちゃダメ。そうだ、もっと自分を追い込めば良いんだ。今から私は言う。これを逃したらもう言えない!
「たすけ……」
そんなんじゃダメ。大きく息を吸って。さぁ一気に言いましょう。これを逃したらもうチャンスはなし! もう言えない! だから言わなきゃならないの! さぁ言おう!
さぁ!
一気に!
「た」から一気に言うよ!
せーの!!
「タスケって誰だ?」
言えないし! タケダ君の質問が被って言えないしぃぃぃ!!
ぅにゅー……なんてダメな子なんだろう、私。ノゾミって名前は『望みを抱くだけ無駄』って意味なのかな……そこそこ面積ある国のインドの名前をもらっても私には足りないのかな……アメリカくらいの面積いるのかな……だんだん頭の中がわかんなくなってきた。
はぁ……私が素直になれるのはやっぱり携帯しか――携帯!
そうだ、携帯があったんだ! 急いで急いで! たしかメルちゃんにもらったメールでお礼を言われたのが……あった!!
「タケダ君、これ!!」
「む?」
そのメールを表示して、タケダ君に向かって携帯を突き出す!
見せた……見せちゃった……
タケダ君の反応は……?
……顔まっか?
はてにゃ?
くるりと携帯を回転させて、改めて表示されてるメールを見てみる。
『ありがとう!』
うん、何も間違ってな――あ、続きあった。
『君のおかげで可愛い下着が買えたよ』
急ぎすぎたぁ!! これ私がメルちゃんに下着の通販サイト教えて上げた時の……!! 買ってない……私は買ってないよぅ……タケダ君のおかげとか何よぅ……今日の下着は可愛くてお気に入りだけど関係ないよぅ……
「の、ノゾミ君? その」
「ち、ちち、違います、間違えました……タケダ君が、下着とか、その、違くて……」
「あ、ああ。よくわからんけどわかった! だから落ち着け!」
「ぅぅぅ……」
恥ずかしい……恥ずかしすぎるぅ……
「ふむ。ノゾミ君が何を言いたいのか……とりあえず俺の中で仮説が三つあるんだが、聞いていいか?」
あ、もしかして気づいてくれた!? 私は慌ててこくこく頷く!
「仮説そのいち」
首を縦にこくこく!
「そのメールはタスケからのメール」
首を横にぶんぶんぶん! 『可愛い下着を買った』とか報告してくるタスケ君なんて嫌!!
「仮説そのに」
こくこく!
「タスケの鼻の穴にアリが住み着いた」
タスケはもういい!!
「最後の仮説だ。君は俺に何かを伝えたいけど、まったく伝わっていない?」
こくこくこく!
よかった……伝わってた……
……あれ?
伝わってないんじゃん!!
「何を伝えたいのだ?」
「そ、その……」
言う。
今度こそ――
「インドちゃん、タケダ。お待たせ!!」
「この度は迷ってしまい、お手数おかけいたしました……」
「いいよイチョウさん。だって西に向かって迷ってたんだから」
「……何がいいのよニッシー」
……くすん。
みんな帰ってきた。
言えにゃい。
夏祭りまでに……言えるかにゃ……?
というわけでインドちゃん話でした。
なんかこの子の話となるとゆるーい感じになりますねぇ……こんな子たちが漫才なんかできるんでしょうか。まったく考えてないや、あっはっは。
ま、それはともかくとして。夏祭りの参加表明をぞくぞくといただいてます。楽しくてありがたい限りですが……出れなくても恨まないでくださいね^^;




