カカの天下520「そっと開いて見てごらん」
「やっぱり飛騨っしょ!」
「僕は明石かなぁ」
「私は木曽かな。お姉よく言ってるじゃん。キソが大事だって」
あなただったら何が好きですか? あ、いきなりすいません。トメです。いきなりこんなこと言われても何の話だかわかりませんよね――あ、わかりますか。さすがです。
「おっと、雑談してる間にもうこんな時間か。あたし用事あるから行くわ」
「おう。お裾分けありがとな、姉」
「バラのジャム! 明日の朝食が楽しみだね」
「あっはっは。そう言ってもらえると店からパクってきたかいがあるよ」
オイ。
と思いつつ口には出さない。もらえるもんはもらっておく。そして姉がどうなろうと知ったこっちゃない。どうせビクともしないし。クビになっても別に。
――いつものごとく唐突に訪問してきた姉を適当に送り出し……さーて夕食でも作るか、と思ったそのとき。
「トメ兄。これお姉の忘れ物かな」
「ん? なにその紙」
「居間に落ちてた」
カカからその紙を受け取り、広げてみる。
そこには子供が殴り書きしたような意味不明な文字が並んでいた。
「なんか……怖いなこれ」
「え」
「ドラマとかホラーで出てくる怪奇文書みたいな感じ――ああ、大丈夫だって。そんな姉もびっくりな速度で離れるなって」
今まで隣にいたはずなのに、気がつけば廊下の向こうへ避難しているカカ。はえぇ。
「どうせタマちゃんが適当に書いたやつだよ」
「そ、そっか」
納得したように見せてビクビクしながら近づいてくるカカ。あんだけの動きができれば幽霊くらいぶっ飛ばせると思うのだが。
「それで、えっと、なんて書いてあるのかな? トメ兄、読んでみて」
「んっと……」
汚い字だが読めないことはない。
『かコシむなにをマしてコるシののめこのきもちコをうらマみをぞうマきのおくシでいまママすぐれコシんらくマほシしシマい』
「……暗号?」
「右下に人っぽい絵が書いてあるな。あと、これはこの人の名前か……しゅー、って書いてある」
「シュー君ね……ところでトメ兄。私、嫌なことに気づいた」
「ああ、僕もだ」
暗号、と今カカが呟いた瞬間に僕にも見えた。不自然なカタカナ。これを抜くと……?
「たぬきを書いて『タ』を抜け、みたいな感じだね」
「書いてあるのはシュー君だから……見た感じ、マ抜け、コシ抜けかな」
「タマちゃんが書いたにしては手が込んでるな。すると文面は?」
『かむ』
『なにをしてるの』
『のめ』
『このきもちを』
『うらみを』
『ぞうきのおくで』
『いますぐ』
『れんらくほしい』
こ……怖っ!!
「はっ? カカ? カカ、どこ行った!?」
「屋根裏……」
「一体どうやってそこにワープしたかは疑問だけど、とりあえず戻ってこい!」
「ヤダ……こあい」
「真っ暗な屋根裏に一人でいるのは怖くないのか」
ぎゅ。
「おあぁ!? び、びっくりした……いつの間に背後へ」
震えながら僕のシャツの裾を掴んでいるカカ。なんかこいつの動きのほうが幽霊じみて見えて、あまり怖くなくなってきた。
「しかしこれ、本当になんなんだろ。ちょっと脈絡のない文面だな」
「な、何が言いたいんだろ」
素直に読んでみると……書いた人、もしくは読ませたい人が何かを噛む? もしくはカムって名前か? そして書いた人の気持ちを、恨みを……臓器の奥で飲めってか? さらに連絡ほしいって……このへんがよくわからん。
「あ、わかった!」
「何がわかったのかね、名探偵カカ君」
「これは恋文なんだよ!」
「ええ!? どこをどうしたら」
「あのね、この文章を入れ替えるの。順番に言うよ!」
怖さを吹き飛ばそうとヤケになっているのか、カカは身体をくねくねさせて恋する少女っぽくこれを音読し始めた。
「なにを、してるの?」
ふむ。
「いますぐ、連絡ほしい」
ふむふむ。
「この気持ちを、臓器の奥でかむ」
おお、気持ちを胸の奥でかみしめた、みたいな感じか!
なるほどね……ちょっと苦しいけど、そう言えないこともない!
「恨みを飲め」
「飲めねーよ!!」
ダメだ。最後がダメすぎる。怖すぎる。
「わわ、わかった! 逆に読むんだよトメ兄!」
「そうか! するとどうなる!? えっと!」
僕もヤケになってきた。何も考えずに読んでみる。
「連絡ほしい。いますぐ」
こ、こっちから読んでも文章は繋がるな。
「臓器の奥で、この気持ちを、恨みを――飲め」
「誰デスかー? 誰が臓器の奥にいるんデスかー? ナニ飲んでらっしゃるんデスかぁ? それきっと美味しくないよぉぉ。一緒にジュース飲もうよぉぉ」
ヤバい、カカが壊れ始めた。で、でも続き……
「なにをしてるの?」
「本当なにしてるんだよぉ」
「噛む」
「噛まないでぇぇぇぇぇ!!」
「落ち着けカカ! 悪い! 今のは音読した僕が悪かった!!」
なんだこれは。後ろから読んだほうが怖いぞ!!
……あ。
あ……れ……
「か、カカ……」
「ぅぅぅ、なんだよぅ。噛まないでよぅ」
「誰も噛まないって! ほら、これ」
「やめてよぅ。その紙押し付けないでよぅ。噛まれるよぅ」
「違うんだって! ほら、この文の最初の文字だけ、後ろから読んでみ!」
「最初だけ、後ろから……?」
暗号でよくある縦読みだ。左端の文字を、逆から読んでみると……
『れ い ぞ う こ の な か』
ゾッとしました。ええ。
「とめおにいちゃん。わたし、きょうはがいしょくがいいなぁ」
「幼児化しても仕方ないぞ、カカ。冷蔵庫はいずれ開けなきゃならない運命だ」
「いぃぃぃやぁぁぁぁ!」
「し、心配するな! さっきだって冷蔵庫からぷっちんプリン取って食べてたじゃんか!」
「きっとプリンがぷっちんってキレて襲ってくるんだ! そして噛まれるんだぁぁぁ!」
えぇい、埒が明かない!
いずれは開けることになるんだ。それに今すぐこいつの不安を解消しなければならない。精神病院にお世話になりそうな顔してるし!
「よし、開ける、開けるぞ!」
「ま、待ってトメ兄! 早まらないで!」
ダッシュで台所へ行き、冷蔵庫の取っ手を掴み――
ガバッと開ける!
「トメ兄さようならー!!」
「縁起でもないこと言うな!!」
そうは言いつつ心臓をバクバクさせながら冷蔵庫の中を見る。
そこには――
「ど、どう……?」
「や、なんもないよ」
本当、拍子抜けした。姉が何か仕込んでたりするかも? とか思ってたんだけど。
「ほっ、よかったぁ」
「ああ、よかった」
二人して安堵のため息をついた、そのとき!!
「「うわぁおえぁぁいぁぁぁ!!」」
いきなり肩を叩かれて、揃って絶叫した!!
「……な、なにさ。そんなに驚かなくていいじゃん」
姉だった。
「び、びっくりした……」
「てっきりバケモノかと」
「どーゆー意味だ」
僕らが本気でビビっているのが気に食わないらしい姉に、さっき拾った紙のことを聞いてみた。
「ん? ああこれ。タマのイタズラ書きだよ」
「やっぱりそっか……変な文章が出てきたからびっくりしたよ」
「変な文? どんな」
僕らは先ほど解読した内容を話した。すると姉の目がどんどん細くなってきて――
「ま、子供って霊とか感じやすいって言うしね」
「……え」
「声聞いたか乗り移られでもしたんでしょ。それで冷蔵庫に何かあるって書いた、と」
「で、でも冷蔵庫には何も」
「何言ってるの。これはタマちゃんが書いたんだよ?」
……あ。
タマちゃんがこれを書いた家は、ここじゃない。
「シュー君の、家の?」
「冷蔵庫、なのか」
そうだったのか……
「じゃ、いーや」
「そだね」
ちゃんちゃん。
夏です! と、いうわけで。
こっちでもホラーっぽいもん書いてみました!
完結してないって? 冷蔵庫には結局何が?
……にやり。
シュー君だからいーじゃない。
あ、かなーりご無沙汰ですがあんパン更新したんでまたよろしくです笑




