カカの天下516「彼女が一番怖いものは――怖いもの」
「暇だねー」
「暇よっ! それに暑いわ」
「悪かったね、クーラーも遊び道具もない家で」
居間でぐったりしているサエちゃんとサユカンに謝りつつ、別に悪いとは思ってないカカです。なぜか? クーラーがなくても遊び道具がなくても、私にとっては二人さえいてくれればいいのです。それだけで天国なのです。
「じゃー暇つぶしに怖い話でもしよっかー」
ズザッ!!
「おお、カカすけが目にも留まらぬ速さで廊下にっ!!」
……こないだ見た花屋さんでのお姉の動き、無理かと思ってたら意外とできるもんだ。
「じゃ、サユカちゃんからいこっかー」
「涼しくなるしいいかもね。ちょっとカカすけ、こっちきなさいよっ!」
さっき二人さえいれば天国だと思ったけど訂正。今だけ地獄だ。居間だけに。
「天国とか地獄とかー、幽霊話を聞く気満々じゃーん」
「はっ!? サエちゃんいつの間に隣に!」
「ささ、怖い話聞こうねー。夏の風物詩だよー。おいしいよー」
「やーだー!! やだやだやだー!」
「ほら、ワガママ言わないの」
「ママー! ママー!!」
「……ワガはどこいったのかしら?」
「サユカちゃん、ワキガなんかどうでもいいから手伝ってー」
「へっ? あ、はいはい――誰がワキガよっ!?」
じたばた暴れるけど暴れすぎてサエちゃんを殴ったりしたらダメだし――とか考えてるうちに捕まってしまった。
「うぅ……うぅ……どうしようどうしよう。助けてママ!!」
「完全に気が動転してるわね……」
「カカちゃん、落ち着いて。カカちゃんの誕生日は? 血液型は?」
「助けて誕生日! なんとかしてよ血液型!!」
「「ダメだこりゃ」」
なによぅ、だって怖いのダメなんだもんよぅ。
「大丈夫だよーカカちゃん。そんなに怖くないから」
「そうそう、全っ然、これっぽっちも怖くないから」
「……二人とも、語尾に小さく『私は』ってつけなかった?」
「「…………」」
「なんで目をそらすの? どこ見てるの? 何見てるの?」
「「幽霊」」
「帰る」
「冗談よ冗談っ! ごめんカカすけ、わたしが悪かったっ」
「そうそうー、サユカちゃんが全部悪いのー」
「オイ」
「だから機嫌直してー! 殴っても蹴っても何してもいいからー! サユカちゃんを」
「だからオイ」
「やだ。帰る」
「落ち着いてー! 帰るも何もカカちゃんのおうちはここだよ!!」
「オイ――あ、ツッコむとこなかった」
そんな大騒ぎの末……私はもう一度捕まるハメになりましたとさ。
「よし、じゃサユカいきまーすっ!」
「わー、ぱちぱちー」
「うぅ……あ、あんま怖くないのお願いね?」
心の底から怯えながら言うと、サユカンはにこやかに笑って頷いてくれた……けど、なんていい笑顔だろう。あの嬉しそうな笑顔が逆にこあい。
「わたしがするのは呪いのタクシーっていう話よ」
「呪いなんかいいよぅ……なんで祝いじゃいけないんだよぅ」
「それじゃ怖い話になんないでしょっ! いい? えっと――とある市内に一つのタクシーがあったの。そのタクシーには霊が憑いていて、たまに降りるお客さんの耳元でいろいろ囁くの……大抵の人は空耳だと思うらしいけどね」
な、なんだか、これはそんなに怖くないかも……いきなり霊とか言ってるし。
「それでね、ある日の深夜、そのタクシーが一人のお客さんを乗せたの……酔っ払いだったわ」
「うんうんー」
む、怖い部分に移るか……?
「そのお客さんは吐いたわ。そして幽霊はその耳元で呟いた――汚いわよアンタ」
どうしよう。本当に怖くない。
「それで終わりじゃなかったわ。またある日の深夜、そのタクシーが一人のお客さんを乗せたの……酔っ払いだったわ」
今度こそ、怖い部分……?
「お客さんが降りる瞬間、幽霊は呟いたわ――アンタお釣りもらうの忘れてるわよ」
「いい人だねー」
こわくねー。
「おかげでそれに気づいたお客さんは、運転手さんにお釣りをもらおうとしたわ。そしたら運転手さんは言った――じゃかあしいコラァ! 降りるんならはよ降りんかい!!」
「こわい人だねー」
……え、怖い部分って、これ?
「そんな勝手なことを繰り返した運転手さんに幽霊は呆れて、『ええかげんにしなさい』とその人を呪い殺してしまいましたとさ。ちゃんちゃんっ」
えっと……
「どうよ、カカすけ。怖くなかったでしょっ?」
「あー、うん。たしかにあんまし怖くなかった」
「よし、掴みはおっけー。ナイスサユカちゃん。カカちゃんもノッてきたところで私がいきまーす」
「さ、サエちゃん! その、お手柔らかにね?」
「うんうん。ではー、ここに取り出したるは普通のノート。まずはここに地図を書き込みますー」
サユカンと二人でサエちゃんの手元を覗き込む。
「私が今からするのはねー、呪いの人形が住んでいると呼ばれるお屋敷の話だよー」
「へぇ。で、サエすけは何を書いてるのよ」
「そこの地図だよー」
地図かぁ……いちいちそんなの書くなんて具体的だなぁ……そんな場所が近くにあったら私、もうそこに近づけないよ……
「よし、大体書けたー」
「呪いの人形が住んでるのはどの家?」
「これー」
これかー。
「ってここ私んちじゃん!?」
「バレたかー」
「バレるに決まってるよ!! まったくもう、嘘ばっか言って」
「ごめんごめん。実はこの家からちょっと移動するんだよー」
……え、結局は近くにあるってこと? おそるおそる地図を覗き込む。
「この家から道に出て、ここを右に行くのー」
う、そこは入ったことない道。
「そしてここを右」
そこも入ったことない……
「そしてさらに右へ行ってしばらく行くと――この家だよ」
この家かー。
「って一回りして結局私の家じゃん!!」
「バレたかー」
「……サエちゃん。私のことバカだと思ってる?」
「可愛いと思ってるー」
「ならよし!!」
「……カカすけ、あんたそれでいいのか」
いいのだっ! 嬉しいから!
「ま、いいけど。ところでサエすけ? カカすけをからかうのはこのくらいにして、本題いきなさいよ」
「んー? 私、嘘なんか言ってないよ」
「へ? だって私の家……ここでしょ? ここに呪いの人形なんかあるわけ」
「あるよー」
「……なんで知ってるのよっ」
「この家に住んでる幽霊さんに聞いたから。ほらー、いつか言ったでしょ? 菊の花の着物姿の、髪の長い、包丁持ってる女の人」
わ、忘れてた……! そういえばそんなこと言ってたっけ!?
「さ、サエすけって見える人だったわね、そういえばっ! じゃあ呪いの人形もこの家のどこかに?」
「あ、あるわけないよ! あるわけない! 大体さ、そんな人形が本当にあったら私がすぐ気づくし!」
「そういえばそうよね。わたしたちも結構出入りしてるけど、そんなの見たことないしっ」
「うーん、隠し場所とかどっかに無いかなー」
「ないない! 絶対ない! この家に住んでる私が言うんだから間違いない!!」
こうして、なんとか二人には諦めてもらった。
私はこの家に住んでいて、そんなあやしい人形なんか見たことがない。
……でも、一つ。心あたりが。
両親用の部屋だと聞かされ、私は結局入ったことがない、開かずの間。
父の――忍者の、部屋。とてつもなくあやしい。
あやしいけど……それを確かめる勇気は私にはない。
はぁ……今夜一人でおトイレいけるかなぁ……
助けて誕生日。なんとかしてよ血液型。
あー、あれかーっていう話。
39話。幽霊。
101話、120話。開かずの間。
とっといた伏線をようやく使い始めます――とっときすぎ? ええ、自分でもそう思います。だからわざわざここでわかりやく公開しました笑