カカの天下515「クララVS姉娘」
「……どうしよう」
困った。あ、どうもトメです。
何が困ったかというとですね、たった今、姉が突風のように通り過ぎて行きまして……こんなモノを置いていったのです。
「でんしゃー」
や、電車なんか置かれたら我が家は潰されますけど、違います。
「けいさつー」
そんなもん置かれてたまるか。
「う?」
呑気に僕を見上げるこの子……タマを置いていったのです。そして都合の悪いことにカカは不在。
やっぱり僕が面倒見るしかないのだろうか。四時間ほどで戻ってくるとか言ってたし。でもこの子、手ごわいしなぁ。一人じゃきつい。
「誰か助けてくれないかなぁ」
「わかりました!」
「うぁびっくりした!?」
隣から突然声がして思わず仰け反ったけど……あれ? この子ってたしか。
「そんなに困ってるならクララが助けになりましょう!」
「あぁ、クララちゃんだったね。でもいつの間に……」
「クララは正義の味方なのです! 困っている人の前にいきなり現れるのが趣味なのです!」
「へぇ。人助けが趣味なのか」
「いいえ! 現れるのが趣味です。手伝うかどうかはわかりません!」
「なんだそれ、単なる野次馬か。ま、いいけど……じゃあ僕のほうは手伝ってくれるん?」
「はい! カカにはお世話になってますからトメも助けてあげるです! それでクララ、何すればいいですか?」
「ああ、この子の面倒を見ててほしいんだけど」
クララちゃんはそこでようやくタマちゃんに気づいたようだ。足元でフシギそうな顔をしているタマちゃんを見て、クララちゃんはなぜか叫んだ。なぜだ。
「こ、こここ、この子は!! あの有名な、赤んぼうというやつなのでは!?」
「あー、うん。まぁ」
赤んぼう、っていう歳ではなくなってきてるけどな。喋るようになってきたし。
「でもどこも赤くないですよ!?」
「えっと……血は赤いぞ?」
「見てみます」
「見んでいい!! 何する気だ!?」
な、なんかカカと違うタイプだけど、この子もかなり危なっかしいよな。
「ほら、ほっぺたとか赤いだろ? そんな感じでどうよ」
「赤いというよりピンクです……」
「まぁ、そだね」
「じゃー赤んぼうじゃないです。ピンクぼうです」
「得体の知れない棒が生まれたな」
アイスにでもありそうだ。
「なんにせよ、この子の名前はタマちゃんだよ」
「タマ! ボールですか!」
「や、あのね」
「ピンクボール……略してピンボール……はっ、これが噂に聞くパチンコというやつなのでしょうか!?」
「これってどれだ」
「タマを弾いて転がせばいいのですね」
「それ虐待!」
どうしよう。
タマちゃんだけでも参ってたのに、問題児が二人になってしまった。
「では普通に遊べばいいのですか?」
「あ、うん。そうそう」
「じゃあこれ持っててください」
「ん、なにこれ、国語辞典?」
「はい。おねーちゃんにもらいました。最近はそれで世の中のことを勉強しています」
「へぇ……これ読んでるのか」
緻密なんだか大雑把なんだかわからない勉強だ。
「赤んぼうの意味もそれで調べました」
「ほぅ。ちなみに赤んぼうの意味は?」
「下まぶたを指で下げ、裏の赤い所を見せること」
「それ隣! 『赤んぼう』の隣にある『あかんべえ』の説明!」
「なんと! 道理でタマが赤くないはずです! クララしょっくです!」
この調子で他の言葉も間違えて覚えてたら……怖いな。
「さ、タマ? クララはクララですよ。言ってみるです」
「うー? くら?」
蔵:家財や商品などを火災や盗難などから守り、保管しておく建物。
「違います、クララです!」
「くあん?」
句案:文章や歌・句を作るのに、あれこれと考えること。
「だから、クララです!」
「だからー?」
だから:それゆえ。そんなわけで。
「クララです!」
「くーらー?」
クーラー:涼しい。夏の神様。
「クララですってば!」
「くー?」
くー:多分なんかの鳴き声。可愛い。
「ク、ラ、ラ!!」
「く、だ、く!」
砕く:姉。
「むぅー……トメ!!」
「とめー」
トメ:僕のこと。国語辞典って勉強になるなーとさっきからめくっている。後半の単語の説明は適当な解釈だから本気にしないように。でも姉ってなんか砕いてそうじゃね?
「トメ! 聞いてるのですか?」
「ん、ああごめん。ちょっと遊んでた……なに?」
「この子、頭悪いです! クララの名前をまったく覚えてくれません!」
「あー、まぁ子供だからさ。遊んでるんだよ。ね、タマちゃん」
「おー! 遊んでるお!」
「このお姉ちゃんの名前は?」
「くらたひゃくぞう」
「どちら様ですか!? クララしょっくですー!!」
「ああ、待ってくれひゃくぞう!」
行ってしまった……まぁ問題児が一人減ったからよしとしよう。
「それにしても、くらたひゃくぞう? そんなもんどっから――」
僕は先ほど無造作に置いた辞書が開いていたことに気づいた。そしてそれをタマちゃんが読んでいることにも。
「……そういえばタマちゃんって、文字を覚えてるんだっけ。まさか」
あった。
倉田百三:劇作家・評論家。広島県生まれ。戯曲「出家とその弟子」により求道的な文学者として出発、白樺派と交流を深め社会問題に関心を寄せたが晩年は超国家主義に傾いた。戯曲「俊寛」、論文集「愛と認識との出発」など。
「愛と認識との出発……かぁ」
確かに子供の言葉を認識するには愛が必要だなぁ……僕はそんなよくわかんないことを思いながら、振り出しに戻ったけど子守どうすっかなーなどと頭を悩ませていた。
「辞書に書いてないかな?」
たま:弾丸。
「こりゃどうしようもねー」
撃たれたら疲れるまで止まらないのだ、きっと。
トメ、クララ、タマちゃんという……またもや珍しい組み合わせを書いてみました。
いろいろと会話が妙な感じに広がって書いてておもしろいです。いろいろ試してみるもんですな。