カカの天下510「あたしたちの花屋」
よう、あたしだ!
誰かって? あたしっつったらあたしだ。カツコに決まってんでしょが。
「カツコさーん、これはどこに置けばいいんですか?」
「あ、サラちゃん。そこに置いといて。重いっしょ」
そしてただいま仕事中なのだ。職種は女の子なら誰でも一度は憧れるお花屋さん――『似合わないこと言うなよ』とか『女の……子?』とか思ったそこの君、表に出ろ。
「表に出たら何されるんですか!?」
「あんたも思ったんかい!?」
知らずに口に出してたみたいだわ。それにしてもまったく……失礼な後輩だこと。打ち解けてきたから気安くなってるのもあるけどね。
「そういやさ、サラちゃんってなんでこの店で働いてんの?」
「い、いけませんでしたか?」
「うん」
口をひし形にしてショックを受けるサラちゃん。よし、仕返し完了。
「ま、冗談は置いといて。志望動機ってどんなんだったのかなーと」
「つ、つい出来心で」
「それ犯行動機だから」
シュー呼ぶか?
「え、えっと。さっきカツコさんが一人でボソボソ呟いてたことが理由です」
「なんかその言い方だとあたしが危ない人みたいだわね」
物理的に危ない部分があるのは認めなくも無いが。
「いろいろお仕事しましたけど、女の子なら一度は憧れるお花屋さんのお仕事、したことなかったなぁって」
「おお、サラちゃんが言うとしっくりくるセリフだ」
「でしょう?」
「あんた正直だな」
あはは、と調子に乗ったことを照れながら笑うサラちゃん。なかなか可愛いらしい。最初はちょっとおどおどした部分があったけど、慣れると結構気さくな性格みたいだ。言ってみれば普通。うーん、あたしの周りにはいないタイプだね。
「ところでさ」
「はい?」
えっと、バラを持ってるから。
「バラえもんはさ」
「なんでどっかのタヌキ型ロボットみたいな名前になってるんですか私」
「じゃーバラバラマンちゃんは」
「なんで解体されてるんですか?」
「じゃ豚バラ」
「さも太っていそうな名前はやめてください」
この子のツッコミもなかなかいいね。育てるのも一興かな。
「ま、ともかく。そのバラちょっと水足りないみたい。いつも水あげる時間より早いけど、もうあげちゃおう」
「あ、そっか。今日、暑いですもんね。さすが先輩です」
「いや、ほら。声聞こえるから」
「さっきブツブツ言ってたのもお花と喋ってたんですよね。お花の声が聞こえる……なんてステキなんでしょう!」
「ステキ……ねぇ」
あたしは好きだけど、サラちゃんの思ってるようなもんじゃないと思うなぁ。だって……
並んでいる花たちの声を聞こうと耳を澄ましてみる。
『あーあっぢぃ……』『あんだよこの日差しぁよ』『やってらんねぇー』『だりぃー、思わずしおれるぜ』『俺なんかたわむぜ』『おーい、俺らの命の水はまだかぁ!?』『喉渇いてんだよこっちぁよ!!』
どこの居酒屋だよ。
「あー」
今持ってるのはジョーロだから、
「おい、ジョー!」
「誰ですか!?」
「悪いけどそのまま全部水あげちゃって。みんな催促してるわ」
「あ、はーい」
いい返事だ。そしてテキパキした仕事……
「サラちゃんってさ、なんで今までクビばっかだったの? 全然仕事に問題ないように見えるんだけど」
「そ、そうですか? でも私はドジというか間が悪いというか……そんな感じでいつもうまくいかなくて問題を起こしてしまうんですけど」
「でもここじゃ問題起こさないよね?」
「そうですね。どうしてでしょう?」
「さぁ……」
あれ、なんか花たちが『気づいてないのね』って言ってる。どういう意味だろ。あたしたちがわからないだけで端から見たらハッキリした理由でもあるのかね? サラちゃんがうまくいってる理由。ま、いいけど。
「ところで先輩、今日も勉強させていただいてもいいですか。ちょうどお客さんいませんし」
「いいよー。何が知りたい?」
「そうですね……確か誕生花とかあるんですよね。今月の誕生花とか教えてもらえますか? ついでに花言葉なんかも」
「いいよ。じゃー七月の人たち手を上げてー」
はーい、と本当に手を上げるわけじゃないけど雰囲気と知識をあたしに伝えてくれる花たち。
「えっとね……例えばこれ、くるまゆりって言うんだけど」
くるまゆりの花言葉――沈黙、なんだけど。なんだか普通に伝えるだけじゃつまんないよね。せっかくだから現代風にしたほうがいいかな。
「花言葉は“シカト”」
「し、シカト? 無視ですか! この百合、可愛いのに」
「うんうん、ひどいよねー。あとついでに言うと、この横にある黄色い百合」
黄色い百合の花言葉――飾らぬ愛か。
「花言葉は“すっぱだか”」
「そんな花があるんですか!?」
飾らないからさ。なにせ。
「この白い泡みたいな花。あわもりそうっていうんだけど」
あわもりそうの花言葉――恋の訪れ。
「ねーよ」
「え? それ花言葉ですか」
「そうそう。“そんなもんねーよ”」
どうせ女らしくないさ。次いくぞ。
「この赤いラッパみたいな花。つきぬきにんどうっていうんだけどね」
つきぬきにんどうの花言葉――献身的な愛。んっと、シューみたいな感じ? あー。
「花言葉は“踏んでください”」
「……うわぁ」
うん、大体そんな感じ。あとは……
「あ。ここにはないけどナスの花も七月の誕生花だってさ」
「ナスの! へぇ、野菜の花にもあるんですね。花言葉は?」
ナス――真実。
「いつも一つ」
「……はぁ。それ花言葉ですか」
「うん。花言葉はいつも一つ」
や、本当は一つの花にいっぱいあるんだけどね。名探偵さんがそう言ってたから。
「勉強になります」
よしよし。次は何を――あ、お客さんだ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「うん――ああ、あった。この百合を包んでくれ」
「こ……これ、ですか?」
「ん? ああ。彼女にプレゼントしようかと思ってね。花言葉もいいし」
「えええ! だって、すっぱだかですよ!?」
「……は?」
「このヘンタイ!! あなたにあげる花なんかないわ!」
言いながら花言葉“ねーよ”のあわもりそうを掲げるサラちゃん。
いやー。
おもしれー。
お花屋さんって楽しいわぁ。もっとやれー。
詰め合わせの話を覚えていますでしょうか? そのときちらりと出てきた姉とサラさんのコンビ話です。
新鮮でまだ慣れてない感じですが、意外といい花屋にできそうです。いろんな意味で笑