カカの天下5「ハロウィン警報」
ハロウィンの波浪警報・押し寄せる子供にご注意ください
「トリックorトリート!」
眠っていた僕を起こしたのは、妙に弾んだ声で発せられた妹のその一言でした。
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。
ハロウィンの決まり文句ですね。今日がその日だなんて覚えていませんでしたが、やはりカカのような子供には大事な日なんでしょう。
仕方ないですね。布団に入っている僕にはすぐにお菓子を出すことはできませんが、カカがいたずらを始める前にどこかから調達して……などとぼんやりと考えて目を開くと、目の前にキラーンと光る包丁の刃が、っておい!!
「トリィーッッッック、オア、トリィィィィィト」
なぜにこのお子様はB級映画の殺人鬼よろしく巻き舌利かせた口調&ニヒルな笑顔で包丁を僕に突きつけているのか。
オイコラいったいどんな悪戯する気ですかいオジョウサン。
タスケテ。
「あ、あのさ。あいにく今お菓子ないんだよね」
「キィィィィール、オア、トリィィィィィト」
「死!? お菓子くれなきゃ殺すぞ? どんだけ切羽詰ってお菓子ほしいんだおまえは!!」
「子供はお菓子がないと死んじゃうんだよ」
「贅沢なことを……世界の恵まれない子供たちに謝れ!」
「ごめんなさい」
素直でよろしい。
やれやれ。寝起きでパニックになったけど、これはいつものカカのタチの悪い冗談なのだ。僕はよろよろと起き上がると、
「ちょっと待ってろ」
台所へ向かう。たしか昨日商店街で『小さいお子様がいる家はぜひこれを。買わないと包丁持って恨まれますよ』とかいう煽り文句に突き動かされてわけもわからず買ったお菓子があった。
ん? 包丁持って? なにこの予言的中。それとも最近の子供は不満があると包丁を突きつけるのがブームなのか。なんて危ない世の中だ。先が不安だぜ日本。
「あっれー」
おかしい。戸棚の奥に隠しておいたお菓子が見当たらない。
「トリックーオアートリックー」
「悪戯しかしないんかい。や、しかし悪い。ここにお菓子あったんだけど、どっかいっちゃったみたいだ」
「それなら私の胃袋へレッツダイビング」
「おまえが食ったんかい!」
「だからお菓子要求してるんじゃん」
そう言われればもっともな話だ。
「となるとお菓子なんかないぞ? 買ってくるにもまだ朝早いし……お、そうだ。お隣さんならイベント好きだしお菓子用意してるかも」
「おお。あそこに住んでる明彦お兄さんは私の魅力ですでに陥落させてあるから、きっとたくさんくれるね!」
「おまえ難しい言葉知ってるね」
「じゃ、突撃となりのお菓子強奪にいってきますー」
「ちょい待ち」
わーいと走り出そうとする妹の頭をむんずと掴み、引き止めた。
「どうせならそれっぽい格好しよう」
僕は結構この手のイベントが好きだった。懐かしきは子供のころの思い出である。あのときの楽しみを少しでも子供に分け与えたいと思うのが親心言うもんや。いんやぁ我ながらじじくさい。
確か最近、日本中を飛び回っている姉貴がちょうどよく巨大なカボチャを送ってきたんだ。もしかするとハロウィンを見越してのことかもしれない。
「カカ、その包丁貸してみ」
僕は小学校の頃に昔みんなでやったのを思い出しながら、カボチャに穴を開け、中身を取り出し、目と口を開けてやった。穴を開けるときに手を切らないように気をつけさえすれば、案外簡単にできるものだ。
できたそれをカカに被らせると、いつもは表情が乏しい我が妹もさすがにテンションが上がったらしい。楽しそうにはしゃぎながらお隣さんの家に突撃していった。
うーん、いいことした。年が離れてるせいか妹というより自分の子供みたいに感じるんだよなぁ。だからついついこうやって甘やかしてしまうのだが……
よくやるわ、と自分で自分に呆れつつ、失礼がないか一応お隣の様子を見に行くことにした。
インターホンはすでに押したらしく、ちょうどドアが開くところだった。
人のよさそうな明彦お兄さんが顔を出す。
そしてそこにいるかわいいカボチャ仮面を見て驚きの声をあげた。
「ひ、ひいいいぃぃぃ!!」
……驚きの声? そんな絹の裂くような声で驚くなんて情けないなぁ男として。
そう思って僕はよく状況を見てみた。
「トリィーッッッック、オア、トリィィィィィト」
やたら楽しそうに包丁(凶器ともいう)を突きつけるカボチャ仮面(覆面ともいう)がお菓子を要求している。
あれ……これって強盗というんじゃないだろうか。
なんて呑気に思ってる場合じゃない!! あいつまた包丁持ってったのか!?
ハロウィンにフィットした事件として通報、報道されるのを防ぐべく、僕は明彦お兄さんに説明するために全力で駆け寄った。
そのあと。状況を理解した明彦お兄さんはあっさり許してくれて、ちょっと危なげに頬を緩ませながらもお菓子をくれましたとさ。めでたしめでたし。