カカの天下492「お見合いミッションKANPAI」
「そいじゃ、お疲れ」
「乾杯!!」
キン、と凍ったジョッキをあわせ、ぐいっと飲み干す僕らはのんべ! じゃなくてトメです。いつもの居酒屋『病院』でテンと祝杯をあげています!
「んめー! 厄介ごとの後はビールがうめーな! トメ!」
「あぁ、確かにうまいよ。誰かさんのおかげでヒヤヒヤした後だしな」
色々と気を使っていたのに最後の最後で見合い相手を殴り飛ばしたことを遠まわしに突いてみるが、テンはまるで反省してないようにケラケラ笑った。
「いいじゃねぇか、結局は問題なかったんだから」
「ダレさんが良識のある人でよかったよ、ほんと」
テンが明彦さんの頬を容赦なく殴り飛ばしたとき、僕は再び事態がややこしくなることを危惧したが……その心配はなかった。ダレさんが言ってくれたのだ。「このバカ息子は殴られて当然のことを言った」と。問題にするつもりはまったくなく、むしろ父親としての面子を汚したことを怒り、家に帰ってからまだまだ殴ると張り切っていた。うちのカカにあんな戯けたことを言っていたのだ。ぜひとも頑張っていただきたい。本当は僕も殴りたかったが……まぁ、その分はテンが殴ってくれたということで、よしとしよう。
「それにしても意外だったぞ。あんなにネコを被っておとなしくしてたのに、いきなりキレるんだもんな。随分と立派な先生様じゃないか」
茶化して言ってみると、テンは照れたように笑った。
「はは、うるせーよ。別にガキどものことだけが理由じゃねーさ。もともと気に食わねぇやつだったし、散々色々言われて我慢ならなかっただけだ」
それは多分、嘘だ。あのときはテン母さんの立場がかかっていた。どんな言葉でも受け流すつもりだったに違いない。
それなら最初からあんな帽子なんか被らなければよかった。バカにされる可能性なんか誰でも想像できるだろう。それでもテンは被った。なぜか?
――生徒が作ったものだから。
そして、どうせ馬鹿にされるのはそれを被った自分だけだと高をくくっていたんだろう。それにもし生徒に矛先が向いてもそんなに気にならないだろ、なんて思っていたのかもしれない。
でも、実際。自分の生徒が馬鹿にされたら我慢できなかった。
乱雑で適当な性格で、女らしさや優しさが全く見えないこの女は――やはり教師なのだ。この前の言葉は撤回する。テンには教師が似合ってる。
「あん? 何か言いたいことでもあんのか、トメ」
「……や、ほら。あいつを殴るときにテンが言ってた、尊敬してた人って誰なのかなーと」
なんとなく今考えてたことを言うのは気恥ずかしくて、適当にはぐらかしてしまった。でも気になっていたのは確かだ。テンが目標とした人は――テンをここまで男らしくした人というのは、一体どんな人なんだろう、と。
「ああ、そういやそんなことも口走っちまったか……ん、そろそろ話してもいいかね。おーいビールおかわり」
酒を入れて語りたいのか、店員が持ってきたビールを即座に飲み干すテン。
「っぷはぁ! んっとな、あの人と会ったのはすげー小さい頃だった。そんときのオレは元気なくて、暗くてな、いっつも苛められてたんだよ」
「想像つかないな」
どちらかというと番長でもやってるイメージだったんだけど。
「はは、だろうな。でもな、母さんは一人でオレを育ててくれたからずっと忙しかった。寂しくてな、でも必死で働く母さんに『遊んで』なんて言えなくてな、どんどん内気になってったんだよ」
母親が一人で子を育てる。それがどれほど大変なことなのか、僕にはわからない。わかったような口を聞くのも失礼だ。だから僕は、ただ黙って聞いていた。
「ガキってやつは苛めやすいヤツを見つけるのが得意だ。オレなんか格好の餌食だったろうよ。いっつも俯いて、何を言われても全く反論できねぇんだからな。そんなオレを、何度か助けてくれた人がいた」
「へぇ、それがテンの尊敬する人か」
「ああ、恩人でもある。その人は強かった。いろんな意味でな。自分より上級生でも追っ払う腕っ節はもちろん、その生き様も強かった。子供の時点で生き様? なんて思うかもしれねぇがな、子供だって人間だ。光ってるヤツは光ってる」
子供だからと言って侮ってはいけない。うむ、日ごろカカを相手にしてるから、それはよくわかる。
「ほうほう……じゃあもしかして、それがテンの初恋か?」
にやにやしながら聞いてみると、テンは一瞬きょとんとして……バカ笑いした。
「ぶはははは! 初恋! いいね、それいただき。ああそうだ確かに初恋だった」
「……なんで笑ってんだ?」
「いや、だってよ。そいつは女の子だったんだぜ?」
あれ、そうなのか。上級生も追っ払うっていうからてっきり……まぁでもカカみたいなのもいるしな。
「でも恋か……間違ってねぇかもな。オレは憧れたんだ、その男らしい女の子に。だからマネした。自分は自分のやりたいようにやる。許せないものはぶっ飛ばす。強くある……そうなれるように、まずは自分の呼び方をマネした。『オレ』ってな」
「へぇ。その子、自分のことを『オレ』なんて言ってたのか。そりゃますます初恋って言葉が似合……う?」
あれ?
あれれのれ?
自分のことを『オレ』って呼んで、上級生も追っ払う女の子? 小さい頃に?
なん、だか、心あたりが、ある、よう、な。
「……なぁ、テン。もしかしてそれって」
「久々に会ったときは驚いたなぁ。あのまんま成長してんだもんよ。まんますぎて、すぐには気づけなかったが……いや、一回飲みを奢ったくらいじゃ足りなかったかな。今回も相談に乗ってもらって世話になったし。また今度、奢ってやるかな」
懐かしい思い出に目を細めながらビールを傾けるテンは、幸せそうに見えた。
いいや、真実幸せなんだろう。なんだかんだで大好きな子供に囲まれて、厄介ごとを吹き飛ばし、誇れる自分を張り通した。
そして終わりに酒を飲む。これが不幸なはずがない。
「あ、もちろんトメも恩人だぜ。今回はありがとな。もし今度トメが同じ状況になったら彼女のフリしてやるよ」
「は、遠慮しとくよ。どうせなら女性に頼むさ」
「知らなかったのか? オレって女だったんだぜ」
「初耳だ」
何度も繰り返した、いつものやり取り。
それでも昨日とは違う新たな友情や繋がりを感じながら、僕らは楽しくお酒を傾ける。うん、僕たちらしい。お見合いの席もあれはあれで楽しかったが、やっぱりこうでないといけない。
元の鞘に納まった。めでたしめでたしだ。
「そういやよ、トメ。あの後カカたちってどうなったんだ?」
「さっき携帯で聞いたんだけどな、サラさんと一緒に頑張って夜逃げしたらしいぞ」
「庭のアレは、やっぱうちのガキどもの仕業か?」
「みんなで頑張って作ったんだってさ。この幸せモノめ」
「ご褒美に抜き打ちテストでも用意してやらねーとな」
「うあ、なんてヤツだ」
「オレがなんてヤツかって?」
テンはニッと口を歪めて。
一番テンらしい顔で。
「教師ってヤツさ。ずっとな」
そんなことを誇らしく言うのだった。
今回の「ああアレか」ってな話。
260話、幼少時代。
264話、思い出しての恩返し。
というわけでテンカ先生編もひと段落……ではなく。
もうちょこーっとだけあるので明日書きます笑