カカの天下490「お見合いミッションTHREE ATTACK!」
「いや、誠に申し訳ない」
「いえいえそんな! 頭を上げてください社長さん!」
「しかしこの見合いの席を用意したのは私だ。偉そうなことばかり言っておいてこの様とは……いや、面目ない」
よいよい許す、なんて言えたら気持ちいいだろうなぁ。あ、すいません本音がでましたトメです。
ダレ社長もテンの母さんも席につき、これから食事というところ。肝心の見合い相手が遅れていることで社長さんは先ほどから謝ってばかりだ。ほんと腰低くなったなぁ、さすがに社長だけあって礼節わきまえてる、というか良い意味でプライドが高いんだろうね。
「失礼いたします、お食事をお持ちしました」
む、サラさんの登場だ。意外と手際よく和食のお膳を並べていく。しかしまったくこちらと目を合わせないのはいかがなものか。
「この店とは懇意にしていてな、どの料理も絶品だぞ。ささ、鍋の蓋を開けてみなさい」
でもサラさんが絡んでるしなぁ。毒、はいってないよな? なんて恐怖しつつも蓋をあけると……
「ぴよぴよぴよ」
僕らの顔もピヨピヨピヨ。
毒よりすげぇもんがはいっていた。
ひよこだ。
「これぞこの店の名物――めいぶ、つ?」
声が尻すぼみになっていくダレさん。や。確かにどっかの都では名物かもしれないが、その名前だけは。
――隣の部屋。
「サエちゃ、どっから持ってきたの、あんなの」
「私のファンクラブの人でね、家で養鶏場やってる人がいたからもらってきたのー」
「そ、そういえばそんな集団あったわねっ」
「おい、誰かおらぬか!! これは一体なんの真似だ!?」
ただでさえ息子が遅刻して気にしているのに追い打ちをかけられ、激昂するダレさん。ふむ、ちょっとフォローを入れて点数でも稼いでおくかな。
「まぁまぁダレさん。魚の踊り食いとかもあるし、これももしかして」
「ひよこのピヨり食いとでも言うのかね!? あ、ああいやすまんトメ君。このようなものを出す店を選んだのはこちらの落ち度だ……いつも信用ある店と思い使ってきたが、よもやこのようなことを」
「頭をあげてください、ダレさん。どんな店にだって不手際があることもあります」
ひよこを食事に出すこたぁいくらなんでもないと思うが。
「それに、ほら、入ったばかりの新人が間違えたのかもしれないし」
十中八九それが真実だと思うが。
「お、おお、トメ君。君はなんて心の広い男なのだ!」
本心が聞こえないって当たり前だけど便利だよなー、なんて心の中で思いつつ、上っ面だけは好青年っぽく微笑んでおいた。
「おい、仲居! さっさとこれを下げろ! ちゃんとしたものを出せ!」
「は、はい! かしこまりましたぁ!!」
極道まがいな怒声を浴びせられ、慌てて片付けるサラさん。
ちらりとテンのほうを見ると。
「ピヨり食い……くく」
なんかウケてた。
そんなマイペース女の母親はというと……おお、顔が真っ青だ。社長に謝られてどうしていいのかわからないのかな。そういえばダレ社長ってどこの社長なんだろう。ダレ社長じゃなくてドコ社長だな。うん、意味わからんな。
そんなことを考えて時間を潰していたんだけど、やがてサラさんが新しい鍋を持ってきた。
「ちゃんとしたものだろうな!?」
テーブルに置かれたその鍋の蓋を即座に開けるダレ社長。
そして現れたのは。
「こけこっこー」
僕らの顔もコケコッコー。
……や、さっきは子供で今度は成人、ちゃんとしてると言えなくもないが。
「仲居、これはどういうことだ」
俺様の顔にどれだけ泥を塗りたくれば気が済むんじゃこんガキャア、てな眼光で睨まれたサラさんは萎縮しながらも、おそるおそる口を開いた。
「そ、その、私は運んできただけですので!!」
すげぇ。全部厨房のせいにした。
しかし何も知らない人からすると、そう言われれば厨房が悪いとしか思えない。まさか仲居が料理を用意してるだなんて夢にも思わないだろうからね。
再び慌てて鍋を下げるサラさん……しかし、この人は一体何をしたいんだろう。こんなことをしたって意味が――
「……ぬぉぉぉぉ」
あ。約一名、怒りで血管が切れそうになってる。まさかこの人を怒り殺すつもりなのか?
「……今度はコケり食い? く、くくくく……」
それともテンを笑い殺すつもりか、それともその母親をストレスで過労死させる気か? どちらにせよ、この問答無用のバカらしい展開の雰囲気は覚えがある。
まさか、なぁ?
――隣の部屋。
「……ね、サエちゃん」
「養鶏場からお邪魔します、パート2」
「ねぇサエすけ。見てるほうとしては確かにおもしろいけど、一体こんなことして何になるわけ?」
「サユカちゃんの情報によるとー、先生のお母さんに恥をかかせないようにしなきゃいいんだよねー」
「え、ええ。そうサカ――じゃなくて、知り合いから聞いたわっ」
「じゃー話は簡単だよー。相手に恥をかかせればいいの」
今度はさすがに普通の料理がきた。ダレ社長はすぐさま厨房へと乗り込みそうな勢いだったが、これ以上僕らの前で醜態を曝すを嫌ったらしく、後日訴えることにしたそうな。
まさかこれひよこじゃないよな? と怖いこと思いつつ食べた料理は、確かにとても美味しかった。恙無く食事を終えた僕たちは、もうすぐ到着するらしい見合い相手を庭でも散歩しながら待とう、という流れになったのだが……
「ご覧なさい、素晴らしいだろう? ここの庭はとても優美な石像と、穏やかで静かな小川のせせらぎが自慢で――」
先ほどの失態を少しでも取り戻そうと庭の素晴らしさを語ろうとするダレさん。
だがしかし。
「素晴らしい……ねぇ……」
僕らは呆気に取られるしかなかった。感動して、というわけではない。感情は動くどころか石化したからだ。
「優美な、石像……」
あの、おっさんがおむつを頭にかぶってフラダンスを踊る妙なオブジェのことだろうか。
それとも塀の上に並んでるミョンミョン唸る人形か。『バーローバーロー』と叫ぶぬいぐるみか?
木にぶら下がりまくったノロノロ坊主も捨てがたい。ああ久しぶりにみるなアレ。
空飛ぶカレー。なにあれー。
「穏やかで静かな、小川……」
あの、庭のど真ん中を行進している豚と牛の大群のことを言っているのだろうか。整列してるから川っぽいけど。せせらぎはブーブーモーモーのことか。
「……おい、トメ。ここは、どこだ? いつだ? 何だ? 地球か?」
テンが呟く。思わずネコ被りを忘れるほどに衝撃的だったらしい。しかし返事は返せない。地球だという確証はどこにもないからだ。
ただ、わかるのは。
こんなすっ飛んだ展開に持ってくような奴は限られているということだ。ああ、そうだな。サラさんがいるなら、あいつがいてもおかしくない。
ちらりとテンの母親を見る。混乱の極みで顔は真っ白。倒れそうだ。
続いてダレ社長を見る。異空間を目にして顔は虹色。変色しまくって何色かわからん。
うーん、ダレさんには可哀想なんだけど……せっかくのチャンスだし、決着つけちゃうか。
「ダレさん。なんですか、これは」
「トメ君!? い、いや、こんなはずは」
「さっき言いましたよね? あなたの息子さんは、僕よりもあらゆる面において上だと。このような失礼極まりない見合いの席を用意するような人たちが、果たしてそんな上等な人たちなのでしょうか」
「ぐっ……それは、だね」
「これは彼女にとっても、彼女の母親にとっても侮辱です。あなたに少しでも恥を知る心があるのなら、これ以上お見合いなんて口にしないでください。彼女には僕がいるんですから」
彼氏がいるのを承知で呼んだ手前、ダレ社長は最高の席を整えなければいけなかった。それが無理を通す礼儀というものだ。しかしそれはできないどころか、最悪の形となってしまった。身勝手な大人ならば若造にこんな暴言を言われては怒鳴り散らすところだろうが、この人は謝るということをきちんと知っている。恥というものを知っている。
ここまでテンに、いや、テンの母さんに恥をかかせたとなると、ずっと頭が上がらなくなるだろう。いくらテンの母さんが弱気といっても、無理やり見合いを進められることはなくなるはずだ。
「本当に……返す言葉が、見つからない」
うなだれる社長。悪いね、あんたに恨みはないが――ん?
――料亭の庭にある、観賞用の大きな岩の陰。
「さすがトメさんだねー、攻めるとこをわかってるー」
「よくわかんないけど、あの偉そうな人をこてんぱんにしてやれたのよねっ! このクラス皆で作った『見てるとなんとなくムカつく失礼なモノ』軍団のおかげでっ」
「カカちゃんの連れてきた豚さんと牛さんもインパクト強かったよねー。どうしたのあれー」
「とにかく衝撃的なものを、ってサエちゃんに言われたからね。姉に牧場から連れてくるように頼んだ。あの人、なんでか動物を操れるから」
「具体的にどうやって連れてきたのか、怖いから聞かないでおくわ……あれっ、誰か来た」
「んー……あ、お見合い相手の人が来たんじゃないかなー」
「むむ、あの人……?」
「カカすけ、しっ! なんだか話し込んでるけど、声が大きいから聞こえてくる……」
「……うわー」
「サエちゃん、どしたの」
「聞こえちゃった」
「だから何をよっ」
「今きたお見合い相手の人が、『その男は彼氏なんかじゃない!』って、言った」
「「げ」」
何が可哀想って。
店が可哀想ですね♪
さ、次は向こうの反撃なるか。