カカの天下488「お見合いミッションONE 宣戦布告!」
やぁやぁこんにちは。僕はトメ。
テンカという妻を持つ、一家の大黒柱さ!
……今日だけな。
「おせーぞ!」
「いいじゃん、時間ぴったしだろ」
「こういう大事なときはもっと早くきやがれ。来ないかと思って焦っただろが」
「へぇ、来なかったら泣いてたか」
「冗談。怒りに任せて見合い相手を泣かせてるとこだ」
そうやって文句を言うテンはいつもどおりのラフな格好じゃなかった。どこから調達してきたのか着物姿。お見合いとかパーティするぞオラァ、と主張しながら歩いてるようなもんだ。ちなみにオラァは、着物の清楚な雰囲気がテンカの荒々しい本能を隠せなかったのを表現してみた。よかろう?
「さっさと行こうぜ」
「はいはい、慌てなくても普通に歩けば間に合うだろ……その柄の花は牡丹か?」
「おう。花言葉は『王者の風格』だ」
似合いすぎて困る。
「へぇ、いいじゃん。女みたいだ」
「最高の褒め言葉どーも。それよりトメ、てめぇはなんだその格好」
なんだ、って……普通の私服なんだけど。
「てめぇがそんなだと、こんな格好してるオレがバカみてぇじゃねぇか」
「そんなこと言われてもね、僕が見合いするわけじゃなし」
「そりゃ……そうか」
そう、僕の役割は彼氏のフリ。無理やりなお見合いを体裁よく誤魔化してお断りするために呼ばれた演技マンなのだ。
「頑張らなきゃいけないのはテンだろ。所詮、僕は部外者だし」
「そうだけどよぉ……相手の父親、まぁ今回お見合いの話を持ってきた張本人なんだがよ、これがすげー強引で、こっちが『彼氏がいるのでお見合いできません』つったら『じゃあ見合いの場に連れてきてうちの息子と比べてみろ』とか言うようなやつだぜ? オレだけじゃ太刀打ちできるかどうか」
ふむ、テン一人の問題ならなんとでもなるんだろうけど、今回はお母さんの立場もかかってるらしいしな。
「無理言って悪いが、トメにも彼氏のフリをしてもらわねーと……」
「それはいいよ。別に無理な話でもないし」
「そ、そうか?」
何を不安に思ってるのかは知らないが、テンの彼氏のフリなんて簡単すぎる。なにせ――
「あ」
テンが急に足を止める。視線の先には目的地の料亭、そしてその門の前に立っていたのはスーツ姿の気弱そうな女性と、袴姿の強面なおっさんだった。偶然か、それとも待ち構えていたのかはわからないが――
「うちの母親とお偉いさんだ。頼むぜ」
小さく耳打ちされたテンの言葉から、すでに戦闘開始の合図が鳴ったと確信した。
「やぁ、こんにちはテンカ君。わざわざすまないね」
「こんにちは、ダレ社長。それにお母様も」
ぺこりと丁寧にお辞儀する、僕の隣の着物の人。ダレだこいつ。
「ふむ、そちらの男が?」
「はい、わたしの恋人です」
あー、そっか。そういやテンってネコ被るんだっけ。最初の頃にほんの少ししかそういう場面を見てないから忘れてた。
「……君、自己紹介はないのかね?」
おっと、ぼけっとしてるうちに睨まれてた。ダレだっけこの人? ああダレだっけ。ややこしいなこの名前。
「どうも、トメといいます。テンの彼氏です、よろしく」
言われた通り、普通に自己紹介して頭を下げる。しかし不満そうなおっさん。なぜに。
「……随分と普通の男だな。いや、むしろ粗雑と言っていい。このような男に将来を任せられるのかね、テンカ君」
「え、は、はい……!」
慌てて頷きながらも横目でこちらを睨んでくるテン。ちゃんとやれよてめー、とその目が語ってる。
やかましい。おまえのほうこそちゃんとやれ。
「君はどう思うのかね? 自分がテンカ君を幸せにできると思っているのか?」
すげーなこのおっさん。初対面なのにいきなりこんなこと聞いてくるか普通。あ、普通なのが気に食わないんだったなこの人。
「さー、できたらいいんですけどね」
適当な回答が、おっさんの眉をピクリと大きく動かした。
「なんだ、その答えは。テンカ君の相手と言うからには、もっと骨のある男が来ると思っていたのだがな。残念だ」
嘘つけ。嬉しそうだよあんた。
「君、年収は? 家族は? 貯蓄はどれくらいあるのかね。そもそもまともな仕事をしているのか? まぁ身なりを見る限り、そのどれもがうちの息子には敵わんだろうがな」
「でしょーね。別に大金持ちでもないし」
実は結構あるけど。
「……ふむ」
肩透かしをくらったような顔をしているおっさん。あからさまな挑発に全く反応しなかったことが疑問らしい。こちらとしてはドラマでありそうな挑発に『こんなこと言う人ほんとにいるんだー』なんて感心していたのだが。
「……君は本当にテンカ君を愛しているのか? わざわざ見合いに乗り込んできたわりには、先ほどから無気力無抵抗に見えるのだが」
そうだそうだ、と無言の圧力がテンのほうからチリチリと。多分口を出しまくりたいんだろうな、でもこのおっさんを前にしてるから大きく出れないと。
情けない。目を覚ませ。
やるべきことは簡単だ。
「ま、僕はイヤイヤながら付き合ってるからな。そんなに熱意はもてないよ」
「なんだと。嫌ならばなぜ付き合っている?」
「だって、愛ってそういうもんでしょ」
ぽつりともらしたクサイ言葉に絶句するおっさん、テン、そして後ろのおばさんも。テンのお母さんだっけ。
「なんだかんだ言いつつ一緒にいる夫婦はたくさんいるよな。でもさ、そういうのって、好きだ好きだと連呼してる人らより、よっぽど繋がってると思うんだけど?」
「……ほう。つまり?」
「幸せにできるか先のことなんてどうでもいいし、それこそ貯蓄だの地位だの人に負けても関係ない。だから熱意はもてない。だって僕は、ただ当たり前のことをしてるだけなんだから」
当たり前のこと――それは、ただ一つのことに対して抵抗している、それだけのこと。
「僕の繋がりを、奪うな」
厳つい顔を不敵に睨みつける。
おっさんはしばらくそんな僕を見返していたが、やがて。
「……君は、敬語も使えないのか?」
「失礼、恋人の前では自然になるもので」
「それも良き繋がりの証とでも言うつもりか? はは、よかろう。見合いの同席を許す。おもしろい男だな、テンカ君」
矛先が向けられ、呆けていたテンは慌てて答える。
「え、あ、す、すみません。失礼なことばかり――」
いまだにかしこまるテンを睨む。そろそろ気づけバカモノ。
その視線が効いたのか、テンはぴたりと動きを止めて……一つ深呼吸、そして。
「それと、恥ずかしいことばかり言いましたね、このバカは」
「いいだろ。こういうときくらい、たまに言ったって」
「たまに、ねぇ。こんなクサイのが大好きなくせに。おかげでわたしはいつも鼻栓を持ち歩かないといけないんですよ。あーくさいくさい」
「テン、地が出てる」
「あ、失礼しました。でも鼻栓には予備があるので必要な方は遠慮なくどぞ」
謝りつつも悪びれもなく舌を出すテン。急に気安くなった彼女におっさんは少し驚き、呆然としていたテンの母さんはおろおろと困惑し始めた。
それでいい。
彼氏のフリだの恋人のフリだの、最初聞いたときは面食らったけど、話を聞けば僕らのすることは一つだけでいいのだ。
――いつもの仲の良さを見せ付ければ、それで。
屁理屈を並べるにしても、恋人なんて設定は紙ほどの薄さで充分だ。似合わないことをすれば失敗するだろうし、何より。将来本当にテンの恋人になるであろう男だって、どうせ細かいことを考えずに自然体なやつに決まってるんだから。
「て、テンカ君。その帽子は?」
「生徒が作ってくれたものです。ぜひ見合いにかぶっていけと」
「し、しかしだね、それは」
「わたしは“まだ”教師です。生徒の想いを無下にはできません」
おもむろに取り出した失礼極まりない帽子をかぶり、ずんずんと進んでいくテンカてぃーちゃー。自分の名前の通り『ここはオレの天下』といったご様子だ。
母上の立場は大丈夫かと不安に思ったが、まぁ、あれは生徒に「先生辞めないで」的な感じで作られたモノっぽいから大丈夫か。どう見ても見合い相手にケンカ売ってるけど、美談にしようと思えばできるだろう。
さて、行こう。
まだ見合い相手は来てないけど、存分にぶっ飛ばしてやろうじゃないか。
姉でトラブル慣れし、妹で屁理屈慣れしたこの僕を、止められるなら止めてみろ。
――その頃。
「ここで、いいんだよね」
「そのはずー、あ、サラさんだー」
「裏口から入れってことねっ」
「それにしても、本当にテンカ先生のお見合い場所ってここでいいのかなー」
「大丈夫よ、入り口のほうに予約した人の名前があったから。相手の人の名前は読めなかったけど、もう片方にはちゃんと『天鹿』っていう苗字が書いてあったからっ」
「そっかー、じゃあ大丈夫なんだねー……でもテンカ先生の字ってそれでよか――」
「心配ないない。だからさっさとコレを運ぼう。サエちゃんそっち持って」
「はーい、せーの!」
トメの知らないところで、カカたちが動き始めた。
やりたいようにやってます、書きたいように書いてます……てへ。
続きます。