カカの天下478「とある美女の物語」
――あら、久しぶりね、あなたたち。
元気してる? あたしは元気よん……いろいろあったけどね、んふ。
あら? もしかしてあたしが誰かわからない? いやぁねぇ、いくら久しぶりだからって、あたしみたいな美人を忘れるなんて。
もう、しょうのない子。
二回は言わないわ、よくお聞きなさい? そして覚えなさい。
あたしの名前はラスカル。誇り高き美犬よん。
思い出してくれたかしら? そう。かつて、さる高貴な方に仕え、優雅な暮らしを送っていたあたし……そしてそのぬるま湯から逃げ出し、孤高の一匹狼(でも犬)として外で生きてきたあたしは、ついに――
「はい、ご飯ですよー」
ぺっとしょっぷとかいうのに捕まってしまったのだわ。ラスカルしょっくだわ! あ、これ? 動物の間で流行ってるの。
おっと、そんなことはどうでもいいのよ。それよりもあたしの現状よ。まったく失礼しちゃうわ。あたしを誰だと思っているのかしら。ずっと檻の中に閉じ込められっぱなしで、人間の相手をしなければならないなんて!
ご飯おいしいからいいけど。もぐもぐ。
「おー、犬だ犬だ」
あら、来たわね。ふふ、ご飯というお給料をもらったからには仕方ないわ。一つ、遊んであげようじゃないの!
あたしは食事を中断して、寄ってきた子供の顔を見上げた。
「……お?」
あら、あたしこの子知ってるわ。たしか――そうそう、いつだったかあたしのお尻を褒めてくれた子じゃないの。
「なんだか見たことあるような……」
む、あたしのこと忘れたのかしら。まったくもう、これだから人間は……
「ま、いっか。ほれほれ」
無造作に檻の中に手を突っ込んでくるその子。こういうの多いのよね。外に貼ってある紙が原因かしら。『この犬、お手をします。安い女です。値段も安いです』とか書いてあるけど、読めないから意味がわからないのよね。
まぁいいわ。せっかく手を入れてくれたわけだし、昔の戦友に敬意を込めて、ペロっと。
「私を舐めるな!!」
びくっ!!
「ほれほれ」
な、なに? また手を入れてきたけど……ぺろぺろ。
「舐めてんじゃねーよ!!」
びくぅっ!!
「ほい、ほらほら。おいで」
え、また? な、なんなのよぅ、ぺろぺろ。
「舐めてんのかおまえ!?」
そうですけど!?
「ふー。怒鳴ったらすっきりした」
な、なんだったのかしら……妙に清々しい顔で去っていくけど。
「またね、ラスカル」
――あら、覚えててくれたのかしら。ふふ、いいわよ。また今度遊んであげるわね。
ふぅ、それではご飯を。
「じー」
あ、あら。また新しい子が。
「へー、お手するのかー。カカちゃん追っかける前に遊んでこうかなー」
そしてまたもや檻の中に入れられる手。まったく、人気者は辛いわね。
「お手」
はい。女の子の手にポンっとのっけてあげる優しいあたし。どうよ?
「それは手じゃなくて前足だよー。はい、お手」
ええええ!?
「ほら、お手」
ためらいながらもポンともう一度のせてみる。
「だからそれは足だよー。お手だよお手、ほらほらほらほらー」
そんなこと言われてもどうしろとー!?
まるで金を払えと脅している人間みたいな感じで檻の端に追い詰められ、困り果てたあたしに……その子はやがてニッコリと微笑んだ。
「これがホントの“手が足りない”だねー」
うんうん、と頷いて、その子は去っていった……ホント一体なんだったのかしら。満足げだったからいいのかもしれないけど……謎だわ。
さて、今度こそご飯を。
「よう、元気かラスカル」
……またかしら。いい加減にしてほしいわ、って、あら? 見知ったネコがきたわね。
「久しぶりじゃない。総理大臣じゃないの(注、動物語です)」
「おう、また変なところで会うな。ビックリしたゼ(注、こっちも動物語です)」
「ええ、見事に捕まってしまったわ」
「おまえほどの女がこんなところに、か。まぁ見世物としては申し分ないがな」
「やだ、お世辞いっても何も出ないわよ? ここからも出れないわよ? どうしてくれんの」
「八つ当たりされても困るゼ。だって俺、ネコだモン。ヘタすりゃ俺も捕まるモン」
「ふん! いいから今度来るときはお土産……そう、おさけでも持ってきなさいよ」
「ふっ、わかったゼ。セイジ食堂の様子を見るに、明日の日替わり定食は鮭ステーキだからな。一つ拝借してこよう。そいつで一匹やろうじゃないか(注、人間的に一杯やろうという意味です)」
「楽しみにしてるわよ」
ニヒルに笑って去っていく総理大臣。やっぱり格好いいわね、そしてセレブね。お鮭なんて高級品をいとも簡単に持ってくるんだから……そんな彼を見送っていると、不意に見知った顔が!
あ。あれは――
「ご主人様!!」
心の底から叫んだ。ええ、あたしは一度逃げ出した身。けれど忠誠心は変わらないわ。そう、ただちょっと相手にしてくれなくて拗ねていただけ。今は違う。時間が経って、思い直したの。あの人がどれだけあたしを大切にしていてくれたか!!
「ご主人様!! あたしが悪かったわ!! お願い、気づいて!!」
その声が、届いた。
かつてのあたしのご主人様は――笑顔だった。そう、懐かしい顔に再会して、満面の笑みを浮かべてくれていたのだ!!
「あぁ、ご主人様! あたし、もう逃げたりしない。おとなしく言うこと聞く。だから、あたしをご主人様のそばにいさせて!!」
感激したあたしは、誇りを捨てて本心をぶちまけた。
そんなあたしを見たご主人様は――
「ぶっさいくな犬ですねーあはは」
あたしのことを微塵も覚えていなかった。
「ご、ご主人様? ねぇ、あたしよ? あなたの自慢の美犬よ!?」
「しかもうるさいですねー」
「話を聞いて!!(しょせんは動物語)」
「耳障りだからもういこーっと」
そうして、ご主人様は立ち去った。
あたしに大きな心の傷と、悲しみを残して……
ご主人にとって……あたしって……なんだったのかしら……
あたしの存在意義って……
はぁ……
もぐもぐ……まぁいいけど。ご飯おいしいし(しょせんは動物)。
とあるシリーズ、二作目です!
や、シリーズといっても特に関連性はありませんが笑
たまにはカカ天動物園の連中も出してやろうかと思ったのですが、結果として二匹しか出てませんね。また出したいなぁビビデバビデブー犬とか。まぁそのうち。
たまには妙な話もいいもんですね。
いいもん……じゃないですか?笑
あ、そろそろあんパンの続き更新しまーす。