カカの天下468「ほめて」
「トメ兄、起きて」
「ふぁ……?」
おはようございます、トメです。
今日は日曜日。惰眠をむさぼろうと二度寝した矢先にカカに起こされてしまいました。ベッドに寝転がったまま傍らの時計を見れば、時刻はまだ七時半。二度寝してから十分も経ってません。
「あとちょっとたくさん少しいっぱい寝かせてくれ」
「どんだけ寝かせればいいのか全然わかんないよトメ兄。ほら起きて」
「やだ……もうちょっと寝る」
ちょっと幼児化してるが気にするな。寝るときは誰でも子供に戻るもの。いつもカカの世話とかカカ友の世話とか姉の世話とか部長の世話とか会社の世話とか国の世話して疲れてるんだ……
「ねーね、起きてよ」
「やだ。寝るったら寝る」
「起きてよー」
「寝る」
「朝ごはん作ったんだよ?」
「起きる」
ガバッと身を起こす。あまりの勢いにカカが「おお」とのけぞった。
断っておくが、妹が朝食を作ってくれたワーイワーイ嬉しいなっ、とか喜んで起きたわけじゃない。ほんとだよ?
カカが僕の目の届かないところで料理をする――それすなわち諸刃の剣。運とか日ごろの行いが悪かったりすると、とっても大変なことになるのである。主に後片付けが。
「そか。そんなに嬉しいか」
そんな僕の失礼な心情も知らず、すぐに起きた僕の行動を勘違いして喜んでるカカ。ちょっと可哀想だ。
「それで、何を作ったんだ」
まずは現状を把握することが先決である。
「ん、トーストを焼いただけ」
トースト……焼いた……よし、見えた!
「トーストを焚き火で焼いたな!?」
「そんな面倒なもんで焼くバカがどこにいるの」
おまえの血縁で一人いたが。そうかハズレか。
「じゃあ……ガスコンロで焼いた? それじゃ普通か。ガスコンロを焼いたか!」
「それ普通じゃないよ。変だよ」
だっておまえいつも変じゃん。
「私はね、普通にオーブントースターで」
「オーブントースターを焼いたのか!? あれ高かったのに」
「だからなんでそうなるの!!」
「や……だって、カカだし」
「トメ兄が私をどう思ってるのかよくわかったよ」
おお、ようやくわかってくれたか。じゃあ少しは普通になってくれ。無理だろうけど。
そうしてなんだかんだ言いながら洗顔を済ませ、半信半疑ながらも居間へ入る。
すると、もう一度ベッドにもぐって夢の中へバイバイ僕知らないもん後のことヨロシク! なんてしたくなるような光景が広がって――なかった。
普通にきつね色に焼かれたトーストが置かれていた。横にはジャムの瓶、そして牛乳入りのコップ。昨日の夕飯に作って冷蔵庫に置いておいたサラダの残りまで、ドレッシングつきで置いてある。
「ね、ちゃんとできたでしょ? ほめてほめて」
「カカ……どうした!?」
「う?」
「おまえ、おかしいぞ!」
「おかしいって何がさ」
「カカが普通に可愛いなんて……変だ」
「あんた失礼だな」
「兄に向かってあんたとは何だ!」
「トメ兄こそ私に向かって何て言ったのさ!」
「普通で変だって言ったんだよ! あと可愛い!」
「どっちかわかんないよそれ!! あとありがと!」
おっと、このままだと不毛な兄妹喧嘩に発展してしまい、トーストが冷めてしまう。どんな天変地異か知らないがカカが普通に朝食を用意してくれたのだ。ここは適当に切り上げてありがたく食べるべきだろう。
「大体トメ兄は私を――」
「あー、カカ。悪い、悪かった。謝るからさ、冷めないうちに朝飯食べよう?」
できる限り腰を低くしてそう言うと、カカはむすっとしながらも頷いてくれた。なんだか不満そうに見えるけど……謝ったから、いいよ、な?
「いただきます」
「……いただきます」
トーストにジャムを塗り、お互い無言でかじる……気まずい。
む。ちょっとジャムが足りなかったか、もう少しだけ塗ろう。僕はジャムの瓶に手を伸ばして――肘をコップに当てて倒してしまった。
「うあ、牛乳が」
テーブルの上を濡らし床へ落ちるかと思われた牛乳はしかし、即座に現れた布巾によって拭き取られた。
さらにその布巾を持つ手は素早くテーブル上の牛乳を全て拭き取り、さらにコップを戻して新しい牛乳まで注いでくれた。
「ふ、どうよ」
そこには自慢げな妹。僕は呆気にとられたが、ちゃんと言うべきことは言った。
「あ、ありがと」
「ちっ」
あれ。なんでお礼言ったのに舌打ちされるの!?
不満げなカカは僕の腕を掴むと、ブン、と振り回し――
かちゃん、ともう一度牛乳をこぼさせやがった。
「おまえ、何す――」
そして即座にそれを拭き取り、新たな牛乳を注ぐカカ。
「どうよ」
「何がしたいのおまえ」
「ちっ」
カカはもう一度僕の腕を掴んで、ってもうえぇわ。
「やめんかい! 何がしたいんだおまえは!」
「ほめてよ!」
「そんなの牛乳がもったいなくてほめられるか――って、は?」
ほめる? あ、そういえば最初に「ほめてほめて」とか言ってたような。
……ほめてほしくて、この行動?
なんだこいつ。可愛いぞ。
「あー……カカ。悪かった」
「む?」
「今日一日、何回も失礼なこと言ったよな。謝るよ。それと色々と世話を焼いてくれてありがとう。こんなこと滅多に無いから焦ったけど嬉しかったよ。カカはえらいな」
そう言って頭をなでてやる。
うむ、我ながら見事なお兄ちゃんっぷりだ。これならカカも満足するだろう。
「ちっ」
してねー!
なぜだ? カカはほめてほしかったんじゃないのか!? どうすればよかったんだ!!
ショックのあまりに固まりつつも内心穏やかじゃない僕を尻目に、カカは唐突に携帯を取り出してどこかに電話をかけていて――相手が出たらしい。
「あ、もしもしサエちゃん? おはよ。あのね、賭けはサエちゃんの勝ちだったよ。そうそうトメ兄がどんな風にほめてくれるか賭けてたやつ」
賭け?
「そうそう、サエちゃんの『なんかマジメな顔して語りだす』が正解だった」
賭けね。
「うん、今度サユカンと一緒にケーキ奢るよ。んじゃね」
賭けかぁ……あはは。
恥ず!!
「……もしもし、カカさん?」
「はいはいトメさん? あ、聞こえたか。うん、そゆこと。私はトメ兄もまだ若いし『グッジョブ!!』とか言ってほしいなーって思ってたんだけど、予想以上に年寄りだったね」
僕のさっきのセリフは一体……
「ちなみにサユカンは『大好きだ!』とか言うのに賭けてたんだよ。そんなこと言うわけないのにね。それ単にサユカンが言ってほしいセリフだし」
僕のさっきの感動は一体……
「あれ、トメ兄? おーい」
僕のさっきの気持ちは一体……どこにいけばいいのだろうか。
「えっと……ほめて?」
「ほめるかバカタレ」
とにかく。カカはやっぱりカカだった。
何度確認すれば気が済むのやら。
カカにトメが振り回され、ちょっといい格好したかと思えばハズして恥ずかしい思いをする。
うん、カカ天だ。
基本な話は定期的に書きませんとね^^