カカの天下466「ちょートラウマ」
こんにちは、サユカです……
ごめんなさい。ちょっと元気がありません。なぜならトメさんにメイド服姿が似合わないと言われたからですっ!
うう、わたしだって好きでこんな格好してたわけじゃないけど……ちょこっと。ほんのちょこーっとだけ「可愛いなー」とか思って鏡の前でくるくる回ってたりしてたのに……
はぁ……
ため息をつきつつ、カカすけの部屋で着替えを始めます。
ええ始めます。
始め……る前に、もう一回だけ。
くるくる。
くるくるくる。
くるくるくるくる。
「……えへ」
「何してるんですか?」
「うあおいえあいあうおっ!?」
唐突にかけられた声に思わず『あ行』を連発っ! がばっと振り向くと、そこには――サラさん?
「な、なんでこんなところにっ!?」
「ええと、庭で穴掘り――穴埋めですかね? そんな感じのことしてるカカちゃんに聞いたら、あがっていいと言われまして……どこにいけばいいのかわからず迷ってたら素晴らしいモノを発見した次第です」
「そ、その素晴らしいモノって、もしかしなくても」
「可愛いかったですサユカちゃん」
「何も言わないでぇっ!!」
うぅぅ、こんな姿を誰かに見られるなんて……
「一生の恥だわっ!」
「わ、私はあなたにそこまで恥をかかせてしまったのですか! わかりました……お詫びに私がお嫁にもらってあげま――じゃなかった」
今なに言いましたこの人。
「お詫びに私もその恥ずかしい衣装を着ます!」
「恥ずかしいとか言うなっ! じゃなくて、ええ?」
「きっとサユカちゃん、その格好でトメさんに迫る気だったんでしょう? そうはいきません。抜け駆けはなしです。今の私はサユカちゃんもトメさんもラブなんです。ペアルックで仲良くしながらトメさんも陥落です!」
え、えぇっと……ホント何言ってるのこの人!?
「余ってる衣装はこれですね。あ、私も着れそう」
あ、ああ、あああ……止める間もなく着替えを始めるサラさん。経験した職種が多いせいかエプロンドレスなんて珍しいものを予想外に素早く着込み――
「さ、行きましょうサユカちゃん!」
「あ、そのっ、トメさんは」
メイド服が苦手、とか言う暇もなく。サラさんはわたしの手を引いて猛進するのだった。
そして居間。
ちょうど土いじりが終わったらしいカカすけとサエすけと同時に入ると。
「なんだよぅ……なんで増えてるんだよぅ……ぐすん」
トメさんが、泣いていた。
部屋の隅っこで、体育座りしながら。
「よるなよぅ、くるなよぅ、そんな悪魔の格好見せるなよぅ。僕の魂なんか美味しくないよぅ」
あまりの光景に……わたしら一同、唖然でございます。
その視線すら苦痛なのか、ますます縮こまるトメさん。
「メイドなんかいらないんだよぅ。家事なんか自分でできるんだよぅ。朝飯作るのなんか朝飯前だよぅ。だから来るなよぅ……ぐすん」
と、と、トメさんが壊れたっ!?
なんかブツブツいじけ続けるトメさんというなんとも珍しい事態に、わたしたちメイド組は集まって作戦会議をすることに。
「ど、どうしたんですかトメさんは。なんだか腐った干物みたいになってますけど」
「サラさんって結構言うねー。今度お茶しない? 楽しい話ができそー」
「ごめんなさいサエちゃん。私、心に決めた人が二人いるんです!」
「二人もいちゃダメじゃん」
「サラさん。説明するとね、トメ兄はいまメイド恐怖症なの」
「なんですかその病気は!? 男の人に限ってそんな病気があるわけ――」
ちらり、とトメさんに目を向けるサラさん。
「そう。例えるなら、まるでゴキブリの衣装だ。メイド服の黒い部分はてらてらと油ぎる虫の大群で、僕の中に侵食して大事なものを食い荒らしていくんだ……白い部分は? 白アリだきっと」
なんか言ってる。
「病気ですねアレは」
サラさんに同意です。
「トメお兄さんのトラウマをなくすためにはどうしたらいいんだろー」
「うーん、悩むね」
「あんなトメさん放っておけません! なんとかしましょう! ……なんとかして」
ここで「全員メイド服を脱げばいいんじゃない?」って言ったら負けなんだろうなぁ、きっと。
どうしよう、どうしよう……そんな風に悩んでいると。
「ここは私にお任せを!」
「うあキリヤン!? なんで、確かに埋めたのに!」
「ふふふ、甘いです。私は『東治のゾンビ』と呼ばれた男。埋められるくらいへっちゃらです」
そんな不衛生なあだ名の人がいるファミレス嫌なんですけど。
「キリヤさん、何か良い方法あるのー?」
「ええ! ここはショック療法しかありません。カカちゃん」
「なにかね」
キリヤさんはカカすけにごにょごにょと耳打ち……やがてカカすけは力強く頷いた。
「任せて。トメ兄に媚を売るのは得意だから」
カカすけは自信満々にトメさんに近づいていく。わたしはなんだか不安になってキリヤさんに尋ねた。
「あの、何をやるんですか?」
「メイドの良さをトメ君にわかってもらうのです!」
結局何をやるのかわかんないわ……カカすけ見てればわかるか。
視線をトメさんの方へ戻す。
「ご主人様ぁ、ねぇ、ご主人様ったらぁん」
するとなんだか吐きたくなるほど甘ったるい声を出すカカすけが。うげろ。
「私はぁ、ご主人様のものなんだよぉ? なんでも言うこと聞くよぉ。好、き、に、し、て、いいんだよぉ?」
身の毛もよだつスィートボイス。妹好きでメイド好きにはたまらないかもしれないそれは、しかし。
「……そんなのカカじゃない。カカってのはもっと生意気で何考えてるかわかんなくて厄介でちんちくりんのくせに無駄にパワフルで僕の言うことなんか聞かないんだ。好きにしていい? ならあっち行け。しっし」
「へぇぇぇ……そんな風に思ってたんだ」
口元をひくひくさせながらも殴りかかったりはせず、カカすけは震えながらこっちに戻ってきた。
「もう絶対言うこと聞いてやらねー、あんちくしょーが」
「カカすけカカすけ、言葉使い変わってるっ!」
「やりたいことはわかりましたー。次は私がいきますねー」
おっと、ここで人を騙すならお手の物っぽいサエすけの登場だ!
サエすけはにこやかーな顔でスカートをふりふりしながらトメさんへと近づく!
ジャッジ!
「ご主人様ー。あのー」
「……違う。僕の知ってるサエちゃんは裏にドス黒いもんを隠してる笑顔で――ってそのままだ! 黒い、その笑顔黒い、メイド服より黒い来るな来るな!!」
「なんかー、メイド服関係なしに恐れられてるのはどういうことですかー?」
ニコニコしつつも額に青スジ浮かべながら帰ってくるサエすけ……き、気の毒に。
「いや、すいません。おもしろいですねコレ。ささ、次はサユカちゃんかサラさんが」
ええええっ!?
「いやっ! いやよっ! あんな調子で言われたらわたしショック死するもんっ!」
「私だって嫌です! せっかく新たな愛に向かって走る決意をしたのに初っ端からくじかれるなんて!」
サラさんと仲良く「イヤイヤイヤ」と首を横に振りまくる! それを見てキリヤさんはため息をつき、
「仕方ありませんね。こうなったら不肖ながら、この私がメイド服を」
不肖(愚かという意味)すぎることをほざいたので全員でぶっ飛ばした。
「まったく……もっとトラウマになるじゃないですか!」
「うーん、でもどうしましょー」
万策つきたわね。トメさんのメイド嫌いはもう治らな――
「やっほ!! 何を楽しそうなことをしてるのかな! あたしも混ぜて」
―いかと思われたそのとき、突如現れたお姉さん!! なぜかすでにメイド服着用済みの彼女はどこからともなく、ひらりとトメさんの前に降り立ち、
「ぶはははははははははははははははは!!」
大爆笑をもって迎えられた。
……え、爆笑?
「に、似合わな……! あ、姉、似合わなさすぎるくははははっはあっはははははははははははは! はぁ、はぁ、ひぃ……」
笑ってる……さっきまで縮こまっていじけてたトメさんが……復活した!?
「はぁ……はぁ……あれ? なんで僕メイド服なんか怖かったんだっけ」
しかも克服した!?
「ま、いっか。もう怖くないや」
――恐るべきことに。その後、トメさんは本当にメイド嫌いを克服したらしく、メイド服を見ても怯えることはなくなった。それどころかお姉さんの格好を思い出すのか、「ぷ」と笑うくらいにまでなったそうだ。
わたしたちの苦労はなんだったのか。
いや、それよりも何よりも。
「いいんだー、いいんだー。どうせあたしなんか女の子っぽい格好なんて似合わないのさー。歳だからなー。きついよなー。けっ!! おーい酒持ってこーい!!」
お姉さん……可哀想。
あのトメがまさかの崩壊!
ここまでぶっ壊れたトメを書くのは初めてですね多分。そのせいかいつもよりちょこっと長くなりましたとさ。愛ですね。
しかし最近言ってた「男らしく」も何もありませんね笑 まぁメイド服なんぞ着た時点で負けだったのですよ彼は(鬼
ともかく姉のおかげでメイド騒動は即解決、ひと段落ですよ。
よくやった姉。今夜は飲もう。