カカの天下455「ハイはい」
燃え尽きた。
そう、燃え尽きたぜ。
僕は灰になったんだ。
だからみんな、灰のことなんか忘れておくれ……
「おーい、お嫁にいけなくなったそこのトメ兄」
ああ、この世界が輝いて見えたのはいつまでだっただろう。
「おーい、部屋の隅で体育座りしてるそこのトメ兄」
ふっ……灰になった僕にはどうでもいいことさ。
「おーい、なんか危なげにブツブツ言ってるそこのトメ兄」
灰はいい。なにせ白い。汚れてしまった僕が成り下がるには上出来すぎるぜ。
「病院行く? そこのトメ兄」
はいはい、どこへでもどうぞ。ハイハイ。灰だけにね。くくく……
「泣いてるの?」
うるさいやい。
僕の男としてのプライドはズタズタさ。放っておいてくれ。
「仕方ないなぁ……よし。こんなときこそ、お姉、発進!」
ポチ、と何かが押される音。
瞬間!
「呼ばれて飛び出てアンポンターン!!」
「うるさい黙れアンポンタン。どっから出てきたのか知らないけど引っ込んでろ」
「カカちゃぁん」
「はいはい、お姉まで泣かないの。今ね、トメ兄は傷ついてるの」
「ふむ? なぜに」
けっ。言うがいいさ。僕の痴態を心行くまで。
「妊娠したから」
「してねぇよ!!」
「えー」
「させる気だったのかよ!?」
「ねーねー、名前は何にすんのさ弟」
「あんたはたまには人の話聞けよ!!」
「だってトメ兄はメイドになってたんだよ? だったら」
「だったら妊娠するのかよ!? 男が妊娠するわけないだろ!」
「メイドになった男に常識を語られても」
「やかましいよ好きでなったんじゃねーよ!!」
「メイドって妊娠できないのか、おねーさん初めて知ったわ。それ法律?」
「だからあんたは話聞けと何回言ったら!!」
「お、なかなか調子戻ってきたね」
はぁ、はぁ、はぁ……あーくそ、あまりに予想外なことばっかり言うからつい復活しちゃったじゃないか。もういいや。この際気になってたこと聞いてやれ。
「……おい、姉。僕がこんな辱めを受けたのはあんたのせいだぞ。逆らったらあんたを発進させる、とか脅されてだな――」
「変な脅し」
「誰よりも変なあんたが言うな!!」
「む、なんだよう。あたしだって待機してるの辛かったんだぞ! ずっと同じ場所でね――」
『まだかな』
『あ、スイッチに指が触れた気がする。そろそろかな』
『わくわく』
『そわそわ』
『むぅ、離れた』
『まだかな』
「こんな感じで待ってたんだぞ!」
ごめん。狭っこい場所で縮こまりながら「まだかな、まだかな」って待機してる姉を想像すると、不覚にもちょっと可愛いく思えた。
でもどこに待機してたのかは聞かないほうがいいのだろう、多分。
「それなのに全然呼ばれなくて放ったらかしで……いい加減のびちゃったよ」
おまえはカップラーメンか。
「ようやく呼ばれたと思ったら見せ場はぜーんぶ終わった後だし! ねーねーもう一回くらいメイドやってよー。あたしにも見せてよ」
カチン。
「あ、サユカンともう一回あのゲームするってことでもいいよ。お姉も楽しめるだろうし」
ムカ。
「なになに、何したの。ポッキーゲームとか?」
「お互いに端から食べてくやつか。いいね、次はそれいこう」
もう。
もう。
もう――我慢ならん!!
「いい加減にしろぉ!!」
唾を吐き散らすのも構わず、僕は二人に怒鳴りつけた!
「いいか! 決めた! 僕は決めたぞ! これからは男らしく生きる! メイド姿なんてもっての他だ! 二度としない! サユカちゃんと妙なゲームもしない! 僕とサユカちゃんは普通に仲良くしていくってことで、決着ついてるんだからな!」
ふんぞり返り、鼻息を荒くして二人を睨みつける!
姉は僕の雄々しい部分を発見したせいか、まじまじと見つめてきて……
「鼻毛が出てる」
「そんなもん発見すんな!」
「――あ、もしもしサユカン? 今ね、トメ兄が言ってたんだけど、もうサユカンとゲームしたくないんだってさ」
「そこな電話してる小娘よ! そうは言ってない!! 変なゲームはしないと言ったんだ」
「変なゲームしかしないんだってさ」
「ぎゃ! く! だ!!」
ふん、戯れはここまでよ。
何にでも反応して慌てふためき玩具にされる僕はここで死に、明日からはどんなことも適当に受け流して楽しむ飄々とした僕がいることだろう。
だってさ。
いい加減、疲れたんだもん。
いろいろ。
「それにしてもさ、男のくせに『男らしく』って言ってる時点で『自分は男じゃない』って言ってる感じがしない?」
「だってトメ兄、メイドだもん」
「それもそっかー。男じゃないんだ」
「はいはい、黙れ黙れ」
疲れたから。
ほんっとに!
あれだけのことをしたら、さすがの百戦錬磨(カカや姉の騒動に巻き込まれてきただけで正確には勝ってるわけではない)のトメもさすがにキツかったようです。
次からは男らしいトメが!
出たりはしないでしょう。
疲れたときの空元気みたいなもんです。きっと時間が経てばいつもどおりになることでしょう笑←救う気なし