カカの天下452「はにかみ誕生日 中編」
これ以上ないくらいに近いサユカちゃんの顔。
その距離と、たった今まで交わしていた言葉のせいで、頭はぼんやりしていた。
ぼんやりして、そのまま――
そのまま、僕は――
動かなかったので。
「お下げしますね」
プス。
「ふがっ!!」
ストローが鼻に刺さってしまった。そう、サユカちゃんの顔が近い=たった今まで飲んでいたジュースのストローも近いということだ! ちょっと持ち上げただけでたやすく僕らに刺さる――にしてもなんで僕だけ!?
「あ、失礼しましたー」
まったく気持ちのこもってない謝罪に思わず店員さんを睨み――ビビった。
なぜかというと、店員さんが睨み返してきたから、ではなく。
「なにか?」
「い、いえ、別に」
その店員が帽子にサングラスという珍妙な格好をしていたからだ。なに? ここ喫茶店だよね? 制服は着てるから店員だよね? ハテ?
「ところでお客様、こちらのほうも預かっております」
「へ? これ……指令書か」
受け取った封筒には、慌てて書いたような荒い字で『指令書二・五』とあった。
「あの、これ」
「お客様。顔が赤いようですけど大丈夫ですか?」
「へっ!? き、気のせいではないでございましょうですか!!」
別になんでもないよ!? 赤くないよ! 慌ててないよ! さっきの色んな魔力に陥落しそうになってたりとかしてないよ、全然!!
「……犯罪者」
「ちょっと店員さん!? 今ボソッとなに言いましたか!!」
「ごゆっくり」
僕の質問に答えることもなく、あやしい店員さんはそそくさと去っていった……
「なんだったんだ……」
「トメさんっ! は、犯罪もたまにはいいかと思いますっ」
「そして君は何を言うとるのかね」
まったくもう。僕がそんなことするわけないじゃないか!
そんなことがどんなことかって? そりゃあんだけ顔が近づいて好きだのなんだの言い合ったんだから――や、なんでもないよっ! なんでもないっ!!
「と、トメさん? 指令書を」
「あ、うん。そだね。内容は――」
ダン! とお盆を叩きつけるように置いてしまって我に返りました。あ、あら。私ったらなんてはしたない。で、でも、なんか我慢できなくて!
どうも。サングラスに帽子なんかつけてますけどサラです。
先日、カカちゃんたちの作戦会議を盗み聞きしたおかげでこの店に先回りできたわけですが……予想以上の犯罪っぷりに唖然です。
だってアレ、どう見ても犯罪ですよね!?
というわけで、制裁です。
私お手製の指令書(さっき急いで書きました)で、二人とも正気に戻ってもらいましょう。
壁に隠れながら二人の席を盗み見ます。
「えっと、なになに? 今度はお互いに『嫌い』と二十回言いなさい、だって」
『好き』と言って近づいたなら『嫌い』と言って離す。これです!
さぁどうぞ、やってみてください! さっきは十回言いましたからね。二十回も逆の言葉を言えばマイナスになるはずです!
「と、トメさん、嫌いですっ」
「僕も嫌い」
「嘘ですからね!」
「はいはい、わかってるよ。僕も嘘だから」
……あれ。
「じゃあもう一回……トメさん嫌いです」
「僕もサユカちゃん嫌い」
「ほ、ほんとにほんとに嘘ですからね!!」
「は、はいはい、わかってるわかってる」
あれあれ?
「トメさん……き、嫌い好き!!」
「そんな電光石火で訂正しなくてもいいから」
なんか、なんか……
仲良くなってません?
呆然としてしまう私。え、仕事? いいんですよ、そんなの。ほら、他の店員さんだって先ほどスペシャルジュースを持ってってから仕事放り出して興味津々であの二人を見守ってるんですから。
あぁ、そういえば見守ってました。最初はニヤニヤしながら。
それが今じゃ――
「なんなのですかあの人ら!!」
「さぶっ! かゆっ! 鳥肌たつっ!」
「あれが世に言うバカップル!? クソップル!?」
「クソくらえ!」
「おい! この店のメニューにゃ恥と外聞と法律はねぇのか! あのにーちゃんに持ってってやれ!」
こんな風に近くのお客さんと一緒に私の心を代弁してます。いえ、その、あそこまでひどいことは思ってませんけど!
「大嫌いです! 大好きです!」
「わ、わかったわかった。僕も好きだよ」
なんてことでしょう。
好きとか嫌いとか言い合いすぎたせいか、あの二人はもはや「好き」と言うことに恥ずかしさを覚えないご様子。
私……余計なこと、しました?
うそん。
え、ええい、次こそは!
なんだか不穏な空気を感じた僕は、サユカちゃんとの会話を早々に切り上げて喫茶店から脱出した。あの喫茶店、もう行けないなぁ……いい雰囲気の店だったのにな、残念だ。
「トメさん、次の指令はなんですかっ」
「あ、うん。えっとね」
さっきよりも心なしかサユカちゃんとの距離が近いような。さっきので仲良くなってしまったんだろうか。いいんだか悪いんだか。
「えっと……『指令書その三、公園の桜の木の下へ向かえ』って、桜はやっぱあの桜なのかな」
「多分、そうだと思いますっ」
ここからそんなに離れてないな。僕とサユカちゃんは頷き合って歩き出した。
あえて手は繋がなかった。
なんかそろそろヤバイ気がしたから。
「せっかくだからケーキでも食べればよかったですねっ」
「そういえばそうだな、誕生日なんだし」
「あ、でもカカすけたちが用意してくれてるかも」
「あいつらがそんなに気が利くかな」
「へ、変な気ばっかり利くんだから、少しくらい普通に気を利かせてもらわないとっ」
「……それもそだね」
それでもわりかし仲良く雑談しながら歩き――やがて公園にたどり着いた。
例の桜の木へと向かう。先月まで鮮やかな桃色に包まれていた公園は、すでに薄い新緑に彩られている。その木も同じ――って、あれ。
「この木、意外と元気だな。もう病気で木として終わりとか言ってなかったっけ」
「そ、そういえばそうですねっ! げ、元気になっちゃったんですかねっ!」
なぜか慌てるサユカちゃん。ふむ、よくわからないけどよかった。この木が元気になればきっと校長先生が喜ぶはずだ。あんなに悲しそうな顔してたんだから。
「それでっ! ここで何をすれば?」
「お、ああ。そうだった。えっと指令書」
パラリと開く。『指令書その四、桜の下に置いてあるプレゼントの交換をしなさい。あとは声に任せるように』と書いてあるけど。
「声? なんだそれ」
「とりあえずプレゼント交換しましょうっ」
僕たちは首を傾げつつ、言われた通りに木の下に置いてある自分が用意したプレゼントを手にとった。これ、今朝カカに奪われたやつけど……サユカちゃんも同じ目にあってたのかな。
「えと、サユカちゃん。はい、お誕生日おめでとう」
「はいっ、ありがとうございます。トメさんも、おめでとうございます」
言い合って、プレゼントを交換する。なんだろうコレ。服、かな?
「サユカちゃん。これなに?」
「はい! エプロン――」
は?
まさか。
まさかまさか。
どこぞの酔っ払いの言うとおり、本当にエプロンドレス? メイド姿でご主人様確定なのかぁ!?
「――です」
「ぇ」
「だから、エプロンですっ! トメさんに、その、似合うかと思って」
そ、そっか……よかった。『ドレス』じゃないのね。それなら、うん。普通に使うし普通に嬉しい。
「じゃあトメさんのプレゼントはなんですか? 随分とおっきいですけど」
「それは開けてからのお楽しみ――」
『指輪の交換は終わりましたね!』
「うあビックリしたぁ!?」
どこからともなく唐突に響いてきた声に、僕とサユカちゃんは思わずきょろきょろと周囲を見渡す。が、誰もいない?
「し、指令書の声って、これのことですかねっ?」
「た、多分」
『それでは誓いの言葉に移ります』
「指輪の交換に、誓いの言葉? これって、まるで……」
『その通りです! 結婚式です』
はぃぃぃ!?
『クララの桜の下で愛を誓い合ったカップルは異様に仲良くなると評判なのです』
あ、あぁ。この声、クララちゃんだったのね。
『そういうわけで、続きやります』
「や、でも、いきなり結婚なんて」
「トメさん! し、死にたくなかったら従ってください!」
いきなりサユカちゃんは何を脅迫してるのかと思ったけど、そういえば逆らったら姉に殺られるんだったっけ。し、仕方ない。どうせフリだし、いっか。
『では誓いの言葉いきます』
誓いの言葉、ね。あれか。汝は病めるときも健やかなるときもーってやつか。
『えー、こほん。二人ともー、仕事やめるときもー、親御さんが健やかじゃないときもー、お金がないときもー』
「なんか変に現実的ですねっ」
『共に死んでいくと誓いますか?』
や、それ普通『生きていく』じゃなかろうか。
「誓いますっ!」
誓っちゃったよこの子!
『しんろうは?』
「心労? はい、かなり募ってます」
『何言ってるかクララわかんないです』
「あ、新郎か。って僕まだ結婚してません!」
『はい、これからです』
「そうでもなくて!」
うう……サユカちゃんの視線が痛い。
でもさ――
「私も誓います!!」
なんですと?
今の、僕の声じゃあーりませんよ?
振り向く。そこには息を切らした、サラさんが!?
「私も……私も誓いますから、トメさん!!」
え……っと。
名前呼ばれても困るんですけど。
ということは、なんですか。
……選べ、と?
ゴッド。
僕に何を求めてらっしゃるん?
後半に続きます!
いろいろ思われることはあるでしょう。
でもこれだけは言っておきます。
トメに、良い思いは、させません。
にやり。