カカの天下440「そのひとことが言いたくて」
おはようございます。トメです。
「もう行くのか」
「……あら、見つかっちゃった」
可愛く舌を出しておどける母さん。
「早起きすぎるよ。寝顔でも撮ってやろうと思ったのにな。残念だ」
「あらあら。こんなおばさんの寝顔なんか撮ってどうするの?」
「写真をオークションにでも出せば高く売れるだろ」
「まぁ恥ずかしい」
「心配すんな。僕が落としてやるから」
「ふふ、それ意味あるの?」
「あるさ。自慢だよ自慢。見せびらかしてハイさよなら、ってね」
「こばかさんねぇ」
「……なに、それ。小バカにしてるの?」
「違う違う、親バカの反対」
子バカ、ね。
「母さんに言われたくないな。こんな朝早くに――カカが起きる前に仕事に行くような人に」
時刻は五時。早すぎる出発。そう、いつものことだった。
「母さんって、帰ってくる度そうじゃんか」
「だって、あなたたちの顔を見たら仕事に行きたくなくなっちゃうんだもの」
「ほらな。そっちこそ大層な親バカだよ」
子供を愛しまくる人を親バカと呼ぶのなら――子供の顔を見ただけで自制が効かなくなると言うこの人は、間違いなく親バカだろう。
「母さんが居なくなったって知ったときのカカの相手をするのは僕らなんだぞ? ったく」
軽く嫌味っぽく言ってみる。もちろん本心は文句なんかない。カカの面倒を見るのは全然、嫌じゃないんだから。
母さんはそれを見透かすかのように微笑んだ。
「感謝してるよ、トメ君。ママたちが心おきなく仕事を頑張れるのも、君らのおかげ。ちゃんと家族のこと考えてくれる子供たちでよかった」
おい、まさか。
「君がカカ君を好きでよかった」
「……聞いてたのか」
「ふふ、忍者の妻をなめるなー」
得意げに微笑む母さん。
「く」
僕は笑いがこみ上げてくるのを抑えることができなかった。
「く、ははは」
そんな僕の様子に首を傾げる母さん。
それを見て僕はなおさら笑ってしまう。
「なぁ、母さん」
「ど、どうしたのかなトメ君」
「子供を、なめるな」
僕のその言葉を合図に。
後ろに隠れていたやつが、顔を出した。
「カカ、君」
そう、母さんは帰ってくる度、朝早くに黙っていなくなる。
だから待ち伏せなんか簡単だったんだ。
「ずっと、言いたかったことがあったの」
気まずそうな母さんに、柔らかな視線を送るカカ。
「言いたくて言いたくて、でも今まで言えなかったこと」
母さんが息を飲む。
何を緊張してるのか知らないけど、そんな必要はないのに。
僕らはただ、言いたいだけ。
たった一言、これだけを。
「いってらっしゃい」
そう、たったこれだけ。
これだけの言葉に、ありったけの想いをこめて。
「――ぁ」
その想いは届いた?
「これで、またすぐ帰ってきたくなったでしょ」
カカの気持ちは届いた?
「――ぅ」
きっと届いた。
母さんの泣きそうな瞳が、なによりもそれを語ってる。
「うん、今すぐに、ただいまって言いたくて仕方がないよ」
声が震えてる。
きっと言葉どおり、今すぐ「ただいま」って言ってカカを抱きしめたいのだろう。でもそれはできない。
だって、これはそういう儀式じゃないんだから。
「でも、その前に、これだよね」
そう、返事は決まってる。
母さんは応えた。
女神みたいな笑顔で。
いや――
「いってきます!」
紛れもなく、お母さんの笑顔で。
そして僕らはもう一度。
さらに後ろに隠れている姉とも声を合わせて言ったんだ。
いってらっしゃい、と。
家族編、終了です。
同時にしっとり話期間でもありました。えーコメディなのに趣味にはしって申し訳ありません。まぁいつものことと思って寛大な目で見ていただけると嬉しいです^^;
なんにしてもクララちゃん編、家族編とちょいシリアス目な話が続いたので、次からはその分ドタバタしていこうと思いますのでまたよろしくです笑