カカの天下439「一家で病院行き」
毎度。最近連続でお伝えしてますが、またまたトメです。
「いらっしゃい! 五名様で?」
威勢のいい声に案内され、奥のテーブルに僕らは座った。
「私ここ来るの久々だ」
「あらあら、カカ君ここに来たことあるの?」
「大丈夫だよ母さん。居酒屋に家族連れってそんなに珍しくないんだから。ここは料理美味しいし、特にね」
そう。お察しの通り笠原家は、みんな大好き居酒屋『病院』へと繰り出しております。公園で遊んだあと、せっかくだからみんなで食事しようとここへ来たというわけなのです。
なのですが……
「ふむ。昨日もここへ来たが、確かになかなか美味かった。まだ食べてない気になるメニューあったんだよな」
ざわ……!
「くそー、負けたー。今日はヤケ酒だ!」
ざわざわ……いる……なんかいる……なんか二匹いる……!
「な、父さん。そろそろ」
「なんだ息子。変装は解かんぞ。恥ずかしい」
ざわざわ……あれって姐さんだろ。どうやって増えた? 細胞分裂か……ありそー……どんな生物だよ……まさかここまで……いや、俺はあの人ならこれくらいやると信じてた……ざわざわ……
「あぁ、身内として恥ずかしい」
「ねぇ、お父さん」
……ぽ。
「なにカカちゃんに呼ばれただけで顔赤くしてんのよオヤジ」
「キモいぞ」
「うるさいわ!」
「大丈夫よパパ君。わたしだけはキモ可愛いって思ってあげるから」
「キモいのは消えないんですね!? あ、そ、それはともかく、な、なな、なんでしょうかカカ様」
あんたカカに弱すぎ。
「お父さんって女装好きなの?」
「うぐぉっ!?」
おお、直球!
「い、いや、そのようなことは断じてない!」
「じゃー顔見せて」
「そ、それはだな」
「やっぱりオカマなんだ」
「そうじゃないわよ!?」
じゃー女言葉になるなよ。
「う、うぅ……」
さて、追い詰められた我が家の大黒柱は。
「お、お父さんはな、お父さんはな……お父さんなんだぞ!!」
「とてもそうは見えない」
だって顔が姉だし。
言葉に詰まる父さん。さぁどうする――と注目していたのだけど、横やりが入った。
「失礼します。ご注文はお決まりでしょうか?」
「勇気と度胸をくれ」
「申し訳ございません。当店にはそのようなものは置いていませんので」
「じゃあどこにあるのだ!?」
つっかかるなよ厄介なおっさん。酔ってもないのに酔っ払いみたいだ。
呆れた僕と姉は父さんを止めようとした。だが――
「どこにあるか、ですって?」
店員がキラリと歯を光らせて答えた。
「それはあなたの、心の中に」
キマった。
てかこんなとこで何してんのキリヤ君。
「心の中に……見つからんのだが」
「じゃー無いんでしょう」
「うわあああああああん!」
あっさり言うキリヤ君の言葉にやられた父さんは、シュバッとどこかへ消えてしまった。
「おぉ、すごい。なんとなくからかってみたものの驚きです。なんだったんですか今のは」
「ただのヘンタイだよ。それよりキリヤはこんなとこで何してるのさ」
「こちらには昔、バイトでお世話になったことがありまして。今日は人が足りないとのことでヘルプに入ったのです。GWって忙しいですからね」
なるほど。しかしどこの店員姿でも似合うな。
「ところで、ご注文は?」
適当に頼んで下がってもらい、家族の雑談に興じる。もちろん父さんのことは誰も気にしてなかった。だっていつものことだし。
「お母さんはお酒飲まないの?」
「ママも飲みたいのは山々なんだけど」
ちらりと僕と姉の顔を見る。
「母さん、勘弁してください」
「あなたが飲むならあたしは逃げます」
「ほらー、よくわからないけど飲んじゃいけないのー」
残念そうに言う母さん。でもこれだけは譲れない。
母さんは人前では飲んではいけないのだ。別に絡み酒になるわけでも泣き上戸になるわけでもない。無害といえば無害だろう。でも母さんの酒グセは毒が強すぎる。
「むー、お母さんがお酒飲んだらどうなるか見たかったのに」
「じゃカカちゃん飲んでみる?」
「わ、ばか」
姉が手渡したジョッキをちょびっとあおるカカ。ま、まぁ、あれくらいならいいか……よくないけどねっ。
「か、カカ……?」
おそるおそる尋ねる。
「にがい」
ほっ。よかった。いつものカカだ。
「なぁ兄貴」
「誰だおまえは!?」
あ、あに、アニキって!?
「あぁん? 私はカカに決まってないんですか? ヨロシク!」
わけわかんないんですけど!!
「わー、酔っちゃった」
「もう、カッ君。悪いことしたら、メ!」
ちょ、ちょっとお母様? でこピンなぞしてる暇がありましたらば――
「刺身にはやっぱ醤油だよな! 醤油!」
なんか絡んでくるこの変な子をなんとかしてください!
「サッカーにはボールだよ、ボール! 他は邪道だ!」
なんか当然のことをやかましく断言するカカ。まさか一口で酔うとは……や、子供だから仕方ないか。
「おう! 子供は人間に限るぜ!」
いつにもまして意図不明であります。
「そして私には……私に、は……」
あれ。
かくん、とスイッチが切れたように脱力して、椅子に倒れこむカカ。
「潰れたかな」
「あらあら大変。すいませーん、お水お願いします」
ふぅ、冷や汗かいた。
「姉、なんてことすんだ。成長に影響したらどうする!」
「一口くらい大丈夫だって。それよりさ」
「なんだよ」
「カカちゃん、自分にはなんて言うつもりだったんだろね」
「……サエちゃんとかじゃないのか」
「自分だったらいいな、なんて思ったっしょ」
「べつに」
「ウソつけー」
「こら、トメ君カッ君。じゃれあってないで手伝って」
「「はーい」」
「ふむ、帰りまで寝てたら俺が背負っていこう」
「……いたの、父さん」
「うむ、カカが寝たから戻ってきた」
「このヘタレめ」
そんなこんなで、家族みんなで過ごす一日はゆったりと過ぎていった。
注、お酒は飲める歳になったから――じゃなくて二十歳になってから!!
本作はフィクションです。なんとなく飲ませてみちゃいましたが、お子様はマネしないようにお願いします^^