カカの天下433「哀れな男」
「姉の弱点を教えろ?」
「は、はい!」
がばっと土下座するシュー君をどうしたもんかと見下ろすトメです。
「なんでまたそんな。シュー君ってずっと姉の下僕でいられれば満足なんだろ?」
「もちろん!」
即答だよこのお方。
「でも、その……た、たまには」
下克上してみたいってか。その気持ちはわからないでもない。
「それにほら、好きな人の弱点を知ってるだけで嬉しいじゃないですか。もう死んでもいい! 気持ちイイ! 僕の弱点も知って! みたいな」
その気持ちはわからん。てかキモい。
「お礼はしますから!」
「よし、じゃー今日は卵の特売だから付き合ってくれ。お一人様一パックだから」
「お安い御用です!」
最近カカが卵食べたいってうるさいんだよねー。
え? 安すぎる? 姉の弱点なんてこんくらいの価値だろ。
「にしても姉の弱点ね……うん、そういやこないだマジ泣きしてたな」
「えええ!? あのお姉さまに涙なんかあったんですか!?」
「ああ。こんなことがあったらしい――」
その日、姉とサカイさん、テンの三人は飲み歩いている最中だったそうだ。
その道中、姉はふと地面に何か落ちているのを見つけた。
『どうした姐さん』
『や……これ、なんだろ』
『わー、もしかしてお財布ですかー?』
周囲に人がいないのを確認した姉は、早速その財布の中身を覗いてみた。断っておくが、まだ犯罪じゃないからな。持ち主の手がかりがあるかもしれないし、中を確かめるくらいいいだろ。多分な。
『おお、すげー大金が入ってるよ!』
『おー! 使おうぜ! 分けようぜ!』
『あらあらー、そんないけないことしてー……一人いくらですかー?』
ここまでくると犯罪だが、姉はふと気づいた。
『あれ、なんだこれ』
札束の中に混じっていた一切れの紙を。
そこにはこう書かれていた。
『カツラの頭金』
とても寒い風が、三人の間を通りぬけた。
『あ、あのさ……』
『警察とどけよっか』
『うん』
酒が入っていたこともあって、三人は号泣した。
「こんな風に、切ない話に弱い」
「な、なるほど……」
「他にもな、姉がよく行く本屋があるんだけどさ――結婚指輪したサラリーマンが必ずいるんだよ。夜中まで立ち読みしてるんだよ。きっと奥さんに帰ってくるなって言われてるんだよおおお! って泣いたこともあった」
ま、カカと共通の弱点がもう一つあるんだけど、こっちはやめとこう。
「お姉さま、意外と人情に熱いですよね! ますます惚れました!」
「あそ」
「じゃあこの弱点を知った僕はどうすればいいと思いますか!?」
「同情されて泣かれるくらいに情けなくなればいいんじゃないかな」
あ、シュー君が石化した。
「今も結構、情けないとは思うけどね」
「…………」
「シュー君のことは昔から見てきたんだろうし、ちっとやそっとじゃ泣かないだろうなぁ」
って、あれ?
「考えてみれば、それで泣かしてしまえばシュー君のこと見直すんじゃないか?」
「ほ、本当ですかっ!?」
お、復活した。
「だってさ、姉にとってはシュー君なんて携帯のストラップ程度の存在だったわけじゃん。付けてても付けなくてもいいみたいな。それが見ただけで泣ける対象になる、ってことはすごいことじゃないか?」
「そうか! ただのストラップを見て泣く人なんていませんもんね!」
「そうだ! そのときこそ君は姉に人間と認識されるんだ!」
「よーし! 早く人間になりたーい!!」
ん、いい雄叫びだ。
頑張ってもっと情けなくなって、姉に認められてくれ。
姉の見る目が変わるように。
そう、ストラップを見る目から、哀れなゴミクズを見る目に変わるように!
……あれ、いいのか? それで。
いいのか。シュー君って苛められるの好きだし。
さて。
「じゃ買い物に付き合え」
「かしこまりました!」
元気よく頷くシュー君。
根っからの奴隷体質なのだろうか。
……哀れな。
「どうしたんですか、トメさん」
「い、いや……目にゴミが」
僕が泣いてどうするよ。
あまりにシュー君が可哀想と思い、出してみました。
なんか、もっと可哀想になったような。
ま、まぁ本人がいいんだからいいんですよ!
それが一番ですよね!
多分……