カカの天下423「桜、舞い散る中で 中編」
サエです。
お昼休み、給食を食べ終わったところで、私は昨日の公園で気づいたことをカカちゃんとサユカちゃんに打ち明けました。
「つまりサエすけは……クララちゃんがあの桜だって言いたいのっ!?」
「うんー。桜の精とか、そんな感じだと思うー」
「……そう言われてみれば、頷けるかもしれないわねっ! すごくフシギな子だし。常識を知らなすぎると思ってたのよねっ」
若干キラキラ瞳を輝かせながら頷くサユカちゃん。さすがはメルヘンチックな漫画が大好きなだけあって簡単に信じてくれた。
問題はー……
「またまたー。そんなのがいたら幽霊とかもいることになっちゃうじゃん」
そんなことを言いながら手近にあるゴミ箱の中に入ろうとしている、この子だ。
「はいはいカカすけ。怖いからってそんなとこ隠れないの、汚いでしょっ」
「うぅ、だってさぁ」
幽霊が苦手な私の親友は、そういうフシギな話の類も一切ダメらしい。
でも負けない。信じてもらうんだ!
「カカちゃん。幽霊とかってね、いるんだよー」
「またまたー……やめてよー……天気も話題も暗いなぁ……ほんとにさぁ……ゴミ箱……」
「コラコラッ! ゴミ箱に吸い寄せられていかないのっ」
「あの中に入ろうとする校長先生やクララちゃんの気持ちがわかるよぅ。防御力高そうだもん……」
あぁ、なんだかどんどん落ち込んでいく……ええい!
私はカカちゃんの両肩を思いっきり掴んだ。
「カカちゃん! 私を見てー」
至近距離で、出来る限りの真摯な目で真剣な声で説得する。
「幽霊さんだって悪い人ばっかりじゃないの。いい人もいっぱいいるの。普通の人と同じだよー」
「で、でもぉ」
「大丈夫。悪い霊がきても私が守るから。私を信じてー」
「信じたいけどぉ」
こうなったらー!
必殺――身体はしなっと瞳はパチッとうるうる上目遣いに悲しい声全開!!
「信じて……くれないのぉ?」
「シンジマ――」
釣れたかー!?
「セン!」
逃したー!
「うぅ……私のこの技が通じないなんてー。よっぽど嫌いなんだね幽霊」
「サエすけ。君、絶対将来は悪女になるわ」
「色っぽかったー?」
「うん――じゃなくてっ! 女の子相手にあんな顔してんじゃないわよっ! ドキドキしたじゃない、まったくもうっ」
サユカちゃんには有効かー。今度使おう。
「だいたいね、もっと簡単な説得方法あるじゃないのっ」
え?
「あのさ、カカすけ。クララちゃんを幽霊とか思うから怖いのよ。妖怪と思いなさい」
「一緒だよぅ。怖いよぅ」
「妖怪だったら君の身近にいるじゃないの」
「え?」
「君のお姉さん」
「……それもそっか」
説得はやーっ!!
「ふふっ、どうよサエすけ」
「サユカちゃん……ただの私たちの玩具じゃなかったんだねー」
「なんか褒められてる気がしないけど……それで、クララちゃんが桜の妖怪だとして、どうするのっ?」
「それなんだけどー。桜なクララちゃんのお母さんって、結局なんだと思うー?」
「桜のお母さんって、やっぱ桜じゃないの?」
お、カカちゃんも会話に参加してきた。本当にあっさり納得したみたいだねー。
「だとしたらお手上げよねっ。親の木なんてわかるわけないし」
「でもね、もう一つあると思うのー。桜の木の、親っていうのが」
私には一つの推測があった。
それを、確かめないといけない。
「つまり――植えた人」
それが当たってるとすれば。
お母さんっていうのはきっと、あの人のことだ。
放課後。
私たち三人は職員室へ直行した。教頭先生を捕まえて話を聞いて――その推測が正しかったのだと確信した。
「ああ、つい先ほどこちらへ帰ってきたよ。出かけてしまったがね」
その行き先を聞いた。もう間違いない。
急いで学校を出る。走った。私はあまり運動が得意じゃない。でも走った。カカちゃんとサユカちゃんに元気づけられながら。はやく確かめたかったから。
はやくしないと、いけない気がしたから。
息が切れて、脚が重くなって、それでも走って、走って、走って――
その桜の木に、たどり着いた。
木の前には、小さな人影。
「……ごめんなさいね」
その人――校長先生は、木に優しく触れながら、謝っていた。
「満開の時期に来てあげたかったのですがね、ギリギリまであなたに合う肥料がないか探したくて……でも良いものは見つかりませんでしたわ。あなたにはもうすでに、世界各地の肥料を試してしまったものね」
優しく、そして悲しそうに語り掛けるその後姿を、私たちは黙って見つめていた。
「こんなことなら、あなたの満開な姿を見にくればよかった……最後、ですのに」
やがて、校長先生は静かに振り返った。
「あらあら、おほほ。みなさん、いかがなさったの?」
柔らかく微笑む校長先生に、私は聞かずにはいられなかった。
「校長先生。最後って、どういうことですか」
「……ちょっとだけ、お年寄りの昔話に付き合っていただいてもよろしいですか?」
頷く私たち。
笑みを深くした校長先生は、静かに語り始めた。
「わたくしたちの小学校が、なぜ貴桜小学校と呼ばれているかご存知ですか?」
桜。この言葉にドキッとした。
「言葉どおりですよ。桜を大事にしたい、人々のそういう想いから生まれた学校なんです。儚くも美しい桜は人生のよう。願わくば子供たちが、その短い人生で花を咲かせる人間になれますように……というのは、創立した方のお言葉だそうです」
桜は春にしか花を咲かせない。とても短い間だ。それでも精一杯に咲こうする。
とても、とても綺麗な花を。
「わたくしも貴桜小学校の出身なのです。当時は小さな学校でして、生徒も少なくて……でも貴い桜を想う気持ちは変わらなくてね、みんなで公園に桜の苗木を植えたのですよ」
それが、この木。
いや、この公園に咲く、桜の木々が、みんな――
「成長の早い木でしてね、わたくしもこの子も、同じように時を歩んできました。落ち込んだときには話を聞いてもらって、寂しいときには一緒にいてもらって……いまどきの子は、おかしいと思いますか? ただの木に、そこまで想うのは」
校長先生は、その桜の木を見上げた。
愛おしい我が子を見るように。
「不思議なものでね。この木が頑張って生きているのを見ると、わたくしも元気になれるのですよ。近くで、懸命に生きている。ただそれだけ――それだけで、わたくしも頑張れたのです。
自然って、結構すごいんですよ」
校長先生はまるで自分のことのように胸を張って、誇らしげに言った。
でも、その顔がすぐに曇る。
「そんなわたくしの木が……最近、元気をなくしましてね。病気になったみたいです」
悲しそうに。
本当に悲しそうに。
「樹木医さんの話では……今年、花を咲かせたらもう、もたないそうです」
涙をこらえているのか。
泣きつくしたあとなのか。
「いろんな方法を試しました……でも、ダメでした」
桜の木に手を置いて。
額を当てて。
「ごめんね……」
校長先生は、謝った。
「何もしてあげられなくて……」
こんなに大人の人が泣いているのを、私は初めて見た。
涙は流してない。
でも泣いてる。
なんて重いんだろう。
私やカカちゃん、サユカちゃんが泣くのとは違う。
悲しみの重さが違うんだ。
「あなたたちも、ごめんなさいね……こんなつまらない話……お年寄りの愚痴だと思って、勘弁してちょうだい……」
違う。
つまらなくなんかない。
私たちは知ってるもの。
そんなあなたを――お母さんを探していた女の子を。
あなたの可愛い子供が、最後に会いたいと、走り回っていた姿を知っているから――
声を、かけたい。
でも、かけれない。
かける言葉が見つからない――
「よし」
それなのに。
私もサユカちゃんも、何も言えなかったのに。
「じゃあ」
一人だけ。
カカちゃんだけが違った。
ああ、そうだ。
この子はいつも、こうやって。
「最後に、みんなでパーッとお花見しよっか!」
私たちの手を、引っ張ってくれるんだ。
「まぁ……」
校長先生は目をいっぱいに見開いて。
やがて、頷いてくれた。
「ありがとう……カカちゃん」
校長先生の、その言葉の他に。
声が聞こえた気がした。
多分、その場にいた全員が聞こえていたと思う。
――うん。
明日の朝、みんなで集まる約束をして。
――いっぱい、いっぱい、遊ぼうね。
私たちは別れた。
――おかあさん。
笑顔で。
そして。
その日の夜。
雨が降った。
稀に見る暴風雨だった。
私たちの街の桜は――
全部、散ってしまった。
……続きます。