カカの天下42「笛のテストはハイレベル」
「トメ兄、たすけて」
「なんだカカ、藪から棒に」
トメです。会社から帰ってきて早々、騒がしき傍若無人の我が妹カカはそんなことを言ってきました。
「あのね。明日、笛のテストなの」
おー、なつかしや。そんなことしてた時期もあったっけ。
一人ずつ音楽室のステージに立って、さらし者にされながら吹くんだよなー。
あれって絶対笛じゃなくて度胸のテストだと思う。今思えば大事な授業だった。
「それでね。私、全然吹けないの」
「全然って、どれくらい」
「音は出るんだけど……どれがドレかわかんなくて」
「どれがどれってなにがなによ」
「だからドレだよ」
「どれだよ」
「ドレミのドレだよ」
「じゃあ初めからドレミって言えよ」
相変わらず無駄に話を混乱させるなぁ。
「とにかく、指も音符とかも全然わかんないの。私、笛って人を殴るのにしか使ったこと無いし」
「なんちゅう小学生だおまえは」
さすがは武者修行とか言って日本全土を旅する姉を持つだけはある。
ん? 僕もあの姉の弟だって?
大丈夫、僕はやられるほうだから。言ってて情けないけど。
「それで……まずは指と音を覚えるとこからかな。まず笛を持ってみな」
カカは素直に低いド、つまりは全部の穴をふさぐ状態で笛を持った。とりあえず持ち方はちゃんとわかっているようだ。
「それがまずドだ」
「ねえ、なんでドっていうの?」
ふむ、どうやらドレミの語源が何かと聞いているらしい。
でも、ぶっちゃけそんなもんは知らない。
なので、適当に答えることにした。
「あのさ、これはなんていう楽器だ」
「笛でしょ」
「そう、誰が決めたかは知らないけど笛っていうだろ。でも何で笛っていうかは誰も知らない」
「ふむふむ」
「つまりだ、どんなものでもとりあえず名前が必要だからつけられたわけで、理由なんてどうでもいいんだよ。それがその名前で、世間に広がっているのなら」
「でも『なんでだろう』っていう気持ちを失くしたら寂しい大人になると思うよ」
「おまえはなんで変なガキのクセに、たまにそういうもっともなことを言うんだ」
「もっともなこと言ったらダメなの?」
ダメじゃないけどさっ!
ふんだっ!
と、そんなやりとりをしながら指と音を教えることしばらく。
なんとか教え終わるころには僕は疲れ果てていた。というか、なんでこんなに覚えていないんだろうこの妹。
「なあ、音楽の授業中ってなにしてたんだ」
「にらめっこ」
「なぜに」
「タケダ君がガンつけてくるから」
「そういう言葉使うんじゃありません」
「ガンガン行こうぜ」
「行くな。で、次は曲の練習だな。なんの曲やるんだ?」
「指も音も覚えてないのに、曲名なんか覚えてるはずないじゃん」
それもそうだが、なんでこの小娘はこんなに情けないことで偉そうなのだろう。
「教科書に載ってる曲だよ」
「はいはい……じゃあ音楽の教科書だしてみ」
「ほーい」
頷いたカカは自分の部屋へと戻っていった。
そして教科書を持って戻って……きて……
「あれ、教科書は?」
「学校に忘れた……」
「ダメじゃん」
「明日、テストなのに……」
「諦めろ」
「……今から、取りに」
「もう夜だし、危ないだろ」
「うー、こうなったら」
「どうするんだ?」
「自分で曲を作って演奏する!」
「おー……それはいい。がんばれ」
翌日、カカは適当に作った曲を披露した。
もちろんテストは落ちたのだが……
「ためしにそれ吹いてみ」
「ん」
と、吹かせたところ……なぜかバカボ○のテーマだった。
この歳なら見たことないだろバカボ○……なのに、なぜ。
「心に浮かんだの」
「おまえの心にはバカボ○が住んでるのか」
バカだもんな。