カカの天下417「テンカ先生の戦い」
よう……テンカだ。
「くすっ」
パキ。
おっと、またチョークを折っちまった。
いや、いま授業中なんだよ。オレは教師っぽく、黒板に数式なんぞを書き込んでるわけな?
なのによ。
「ぶっ」「あはは」
なんで、後ろから笑い声が聞こえてくるんだ?
振り返って生徒の顔を見渡す。見た感じ、笑ってるやつは一人もいない。しかしさっきの声には聞き覚えがあった。
「……カカ」
「なんですか先生」
「おまえ、いま笑ったろ。なんでだ」
「笑ってません」
「本当か?」
じーっと見つめてみる。
「ぶっははっ!」
「笑ってるじゃねぇか!」
「や、テンカ先生の顔がおもしろくて」
「どういう意味だコラ!」
「眉毛にごはん粒ついてます」
……なに?
自分の手で眉に触れてみる。む、たしかにあった。朝飯を勢いよく食べ過ぎたか。
「……教えてくれて感謝する、カカ」
「どういたしまして」
再び黒板へ向かう。
なんだ、あいつらはそれで笑ってたのか? 確かにずーっと眉毛にご飯くっつけてりゃ笑えるけどさ。いやオレは笑えねぇが。
「ふふふっ」「ふは!」
おい、まだ聞こえるぞ笑い声。今度はどこに飯ついてんだ。
前触れもなく振り返ってみる。
一番後ろの席にいるサエだけが笑っていた。
「おいサエ。オレの後頭部がそんなにおもしろいか?」
「髪はねてますよー」
「……目、いいな」
寝癖そのままだったか。それなら笑われても仕方ねぇ。
さて、数式、数式……
「ぶっ」「ぶほっ」「くははっ!!」「なにこれ……!!」
いや、笑いすぎだろ。今度はどこのご飯がはねてんだ。
「ぷふー」「ふははっ!」あ……くっ、くく」「ぃやっほぅ」「にひゃひゃ!!」「デュワッ!」
なんか変なのもあったが、笑いが最高潮のところで振り返る!
なんてわかりやすい。
カカ、サエ、サユカ……三人を結ぶ線上の列の生徒のことごとくが、腹を押さえて笑いをこらえている。
「カカ。おまえら、なんかしたろ」
「はい」
正直でよろしい。なんだか知らないが、即やめさせなければ。
「何した」
「息です」
「じゃそれ禁止」
「ええ!?」
あ、冗談か。
「正直に言えよ」
「息してました。これは間違いありません」
「それ以外だよ」
「生きてました」
「じゃそれ禁止」
「えええ!?」
あ、また冗談か。
「おまえの後ろに座ってるやつらを笑わせるようなこと、なんかしたろ?」
「先生、橋を落として笑ってしまう年頃、という言葉があります」
一瞬、瀬戸大橋あたりを破壊して高笑いしているカカが見えた。
姐さんそっくりだった。
「……あ、箸が転がってもおかしい年頃な」
「はい、だから3とか5の数字を見るだけでも笑ってしまうんですよ」
「そんなことで笑えるような平和な世の中だったら苦労せんわ」
酔っ払った姐さんじゃあるまいし。
「本当はなにしてた?」
「ほら、あるじゃないですか。授業中に生徒同士で会話するのに、ノートの切れ端をまわしてもらったり」
あー、言いたいこと書いて「〜ちゃんまで」って近くの席のやつにバケツリレー頼むんだよな。やったやった。
「私ら三人であれやったら、それを読んだ人がなぜかみんな大爆笑」
「どんだけ面白いこと書いてんだ、てめぇは」
オレにも見せろ、と言いたいがここは我慢だ。ここで見て笑ってしまったら負けだ!
「今後はそういうことはするな! いいな!」
まがりなりにもオレは教師。授業はきちんとやらなければならない。
じゃないと怒られるし。
「はーい。もうしません」
カカが頷くのを確認して、今度こそ黒板に向かう。あーくそ、長いなこの式……と思ったら書き間違えてんじゃねぇか。道理で答えが合わねぇと――
『あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!』
背後から聞こえる大爆笑。
肩を落としながら振り返ると……クラスにいる全員が笑っていた。
「カカ……てめぇ、いい加減に――」
オレが怒鳴ろうとした瞬間、カカはバッとノートの切れ端を広げて俺に見せた。
「ぶっははははははははははははははははっ!!」
あー、こいつら全員これ見たのか。
オレが後ろ向いてる間に全体公開したわけね。
ダメだこりゃ、笑うしかね――
「何事かぁ!!」
ピシャァン!! と引き戸と一緒に怒鳴りながら現れたのは――うげ、教頭!?
「……テンカ先生?」
「は、はい!」
教頭の声が静かに響く。
そう、クラスに充満していた笑い声はすっかり鳴りを潜めていた。
「君はさっきから一体なんの授業をしているのかね? 笑い声しか聞こえていないが」
「え、えっと……笑顔の授業?」
「ほほう、それは新しい。ぜひご教授願いたいものだな。よろしく頼む」
「へ? ええと」
「何をしている。笑顔の授業なのだろう? さぁ笑え」
「いや、あの」
「私の顔を見て笑えと言っている!!」
「ぶはははははははははははははははははははは!!」
や、やべぇ……
カカたちが書いた教頭の似顔絵を思い出しちまった……
しかもカカ→サエ→サユカの順で書き加えられていった顔を……
そう。髪は七三、額には『あたいはさそり座の校長』の文字、さらに耳からマッチョが生えていて、目はエロ目! 頬には可愛く『6しゃい』の文字、鼻の穴からは校長が飛び出して「やぁ」とこんにちはしている教頭の似顔絵を!!
「……ずいぶんと遠慮なく笑ってくれるものだな」
「だ……だって……すごい似てんだもん……」
「ほほう、そういうことか」
ほほう? なにを納得してんだ教頭。ていうか、どこを見て……あれ?
なんでオレの手に教頭の似顔絵が書かれたノートの切れ端が貼ってあるんだ?
さらになんで――『テンカ作』とか書いてあるんだ?
「私の顔で、なんの授業をしていたのですかな?」
「い、いやこれは……」
「私は鼻に校長を飼っていたのですかな? 知りませんでしたな」
「お、オレも知りませんでした」
「耳にはずいぶんと立派な青年が住んでいますな」
「その……」
「いまだ書かれていない口には何が住むのでしょうな?」
「あ、あ、あ……」
「来なさい」
「で、ですから誤解――」
「来ると逝く、どちらがいいかね?」
「……来るのほうでお願いします」
あぁ……何言われるんだろオレ……
ちらりとカカを見る。
あんにゃろーはオレに向かってノートを開いて見せていた。
そのノートには『どうだ!!』の文字が。
オレは教頭に見えないように親指を下へ向けて応えてやった。
『ふざけんな、まだ負けてねぇぞ』の意味だ。
そう。
これからもオレの戦いは続く。
あいつらが分散したことでクラス全員が笑ってしまう、とか思うか?
でもな。
あいつら三人そろったほうが笑えるんだよ。
だから今のまま、なんとか慣れさせなければならない。
はぁ……笑い死ななきゃいいけど。
「何か言いましたか? テンカ先生」
「教頭先生に殺されなきゃいいなーと」
「難しいですな」
「マジで!?」
とりあえずこの試練を乗り越えねば。
カカたちVSテンカ先生。
この戦いは今後もたまーに勃発していくことでしょう……
しかしこれ、ちょこっとダーティな話ですね。軽いブラックジョークですかね。見方によれば教師いじめですが、テンカ先生は強いのでまだ冗談レベルです笑