カカの天下409「新コンビ成立」
「でね、そのときサエちゃんが――」
「あ、そういやさ。サエちゃんとの仲をなんとかするーって盛り上がってたよな、カカ。なんとかしたのか?」
「あ、えと、うん。なんとかなったよ」
「どうなったんだ?」
「言えない!!」
「あそ……」
何で顔を真っ赤にしてるんだか……もぐもぐ、トメです。
たまには外食もいいだろう、と今日はカカとファミレス東治へ来ています。しかし残念ながら、いつもの面白い店員はいません。まだシフト入ってないのかな。
と、そのとき。
「――なんでなのよ!!」
「お、お客様、他のお客様のご迷惑になりますので」
「あたいがその迷惑してる客だわなっ!!」
なんだかエキサイトしてるっぽいおばちゃんの声が聞こえた。レジの方だ。
「なぁカカ。なんだろうなあれ」
「……言えないよこんなの、や、でもあの直後は二人ともぎくしゃくしてたけどすぐ自然な感じに戻ったし、サエちゃん気にしてないっぽいし、私もあれで満足っていうかもうこれ以上は無理っていうかやりすぎたっていうか……ぶつぶつ」
「聞いてないな」
顔を真っ赤にしながら別の世界にイっちゃってるカカ。しかし気になる怒声はまだまだ聞こえてくる。
「なんでよ! もっと安くしなさいよ!」
「と、当店ではそのようなサービスはしておりませんので」
「西川さんは安くしてくれたって言ってたわよ!!」
誰だよ西川さんって。
「すいません、その西川さんがどちら様かはわかりませんが、当店ではそのような――」
「西川さんはよくてあたしはダメなの!?」
「いえ、ですから」
困った客だなぁ。たぶん適当な人の名前を出してごねて安くしようって魂胆なんだろうな、あのおばちゃん。
「……なぁ、どうする。店長に言うか?」
「いや、しかしなぁ。今キッチンの手を止められると仕事追いつかなくなるぜ? マネージャーがあのババァに捕まってるだけでもキツイのに」
聞こえてくる店員同士のぼやき。なるほど、そんな相談をしつつも彼らはかなり忙しそうに動き回っている。一人でも遊ばせておきたくない状況なんだ、それをあのおばちゃんが……
「いつものバイト君がいれば、すぐ切り抜けられるんだろうな。カカもそう思わないか?」
「……うん、私は大丈夫だよ。私は大丈夫、気にしてないもん。そもそもサユカンとはもっとすごいちゅーしちゃったわけだし。うんうんもう気にしない余計なことを考えないのが一番……ぶつぶつ」
「ほんと聞いてないし」
仕方ないなぁ……他の人も動きそうにないし。
手助けしてあげるかな。
「ですから! 当店ではそのようなことは」
「つべこべ言わずに安くしなさいよ! 西川さんは――」
同じことを繰り返し繰り返し……そればっか言ってれば話が通ると思ってるのかね。僕は呆れながらそのおばちゃんに近づき、声をかけた。
「へぇ、あんた。あの西川組の知り合いかい?」
「は!? な、なんなんだあんた!」
「西川組の縁のもんだよ」
できるだけ悪く見えるようにニヤリと笑ってみせる。
「店でサービス受けれるってこたぁ、あの悪名高い西川組のモンにちげぇねぇだろ。おぅおばちゃん。あんたみかけによらず交友広いんだな」
「は? あ、ああ! まぁね!」
自分の言い分に味方してくれるとでも思ったのか、おばちゃんは戸惑いつつも頷いた。うし、かかった。
「おっしゃ、俺が西川の親分に連絡つけてやろう! そして直接ここの店長に話してもらうんだ! うちの親分なら店や家を潰すくれぇワケねぇからな。あんたが知り合いってんなら即行で言葉が通るぜ!」
店や家を潰すくらい――そう聞いたおばちゃんの顔が一気に青ざめる。
「え、あ、ちょっと待っておくれよ。あたしゃその、オヤビンにそこまでしてもらわなくてもさ!」
オヤビンて。どこの小悪党ですかあなたは。あ、いま小悪党してるのは僕か。
「遠慮すんなよ! さてっと、親分の番号は……」
携帯を取り出したところでおばちゃんは大慌てで財布をとりだした。
「こ、これ! 代金ここに置いとくよ! 釣りはいらないよ! じゃあね!」
レジに叩きつけるように金を置いて逃げ去っていくおばちゃん……ふ、ざまぁみろ。
「あ、ありがとうございます! おかげで助かりました」
「あー、いいよいいよ。この店にはお世話になってるし」
「あの……西川組の、方で?」
「そんなもんねーよ」
多分ね。
「さて……食事食事っと」
「お待ちください、お客様」
僕を呼び止める張りのある声。振り返ると、そこには今日見なかったいつものバイト店員の姿が。
「あれ、いたんだ」
「ええ、いま入ったところです。困ったお客様がいるとのことで駆けつけましたが……あなたのおかげで大丈夫だったようですね。見事な手際でした」
「や、うちの姉が昔やってたのマネしただけだし」
「それでも大したものですよ。やはり飲食業をしておりますと、困ったお客様が――」
そう会話した矢先に、再びレジから怒声が聞こえてきた。
「おうおう! てめぇらのミスだぞ!」
「す、すいませんすいません!」
……今度はなんだ。おっさんか?
「俺はな、先週この店にきたときに四百円のアイスしか食ってねぇんだぞ! それで一万円を出したんだ! そしたらよ、てめぇら六千円しか返さなかったんだ! そんな簡単な計算もできねぇのかこのバカが!」
なんだこのバカは。
「あ、あの……レシートは」
「この店に来たのは先週だぞ! そんなもんねぇよ」
んじゃ気づいた日にすぐ来いよ。
「あ、あの……四百円のアイスはうちのメニューにはないのですが」
「先週はあったんだよ! 適当なこと言うな!」
適当なのはどっちだ。それにその厳つい顔でアイスだけ食って帰るってのもおかしい。や、これは偏見か。
「ともかく! さっさと金を出しやがれ!」
ちらり、とバイト店員と目を合わせ、軽く頷きあった。
まずは僕から口を開く。わざと大きな声で。
「一万円払ってお釣りが六千円、それで気づかなかった? ぷ」
ぎろり、とおっさんの目が僕を捕らえた。全然怖くない、姉の凶眼に慣らされてる僕にとっては。
「おうあんちゃん。今なんて言った!?」
「や、だってさ。普通に考えてみ? アイスだけ食べて一万円も払ってさ、六千円しか返ってこなかったら小学生でもその場で気づくでしょ」
「あぁん!? そんときゃ急いでたんだよ!」
「一週間経って気づくなんて随分とのんびりしてると思うけど?」
いきり立つ客。それをまぁまぁ……と抑えるバイト店員。
「どちらのお客様も落ち着いてください……お客様?」
おっさんの方を向いてにこやかに笑う店員。
「お客様は気づかなかったんですよね? そういうこともありますよね」
「おうよ」
僕はあさっての方向を向きながら、馬鹿にするように小さくクスッと笑った。
「いくらいい歳してるからといって、数を数えられないことくらいありますよね」
「お、おう」
「あるんだ……ぷ」
「ひき算を間違えることくらいありますよね」
「お……おう」
「小学生じゃん……ぷふ」
「指で数えられる程度のことができなかったりもしますよね」
「お……お、おう」
「赤ちゃんじゃん……ばぶばぶ」
「て、てめぇ! ケンカ売ってんのか!?」
お、かかった。
「だってあんた、数すら数えられないんだろ? で、この店員さんは、そういうこともあるよねーって生暖かい目で優しくフォローしてあげてると。その優しさに心打たれて微笑んでただけだよ。ばぶばぶ」
「んんんんんだとぉ! バカにすんな、数くらい数えられるわ!」
「おや、お客様。あなたは先ほどから『指でも数えられるような計算ができなかったからお釣りが少なくても気づかなかった』と叫んでいらっしゃいますが、それは間違いでしたか?」
「んぐっ……!」
おっさんはようやく気づいたらしい。
僕らに「オマエはバカだ」と言われまくってることに。
そしてその反撃の糸口がまったくないことに。
「ばぶー? どうちまちたかー」
僕の一言がトドメとなり、おっさんは顔を真っ赤にしながら去っていった。
「ああいう客、いるんだねぇ」
「ええ、たまにはですが。それにしてもやりますね、さすがはあの面白い子のお兄さんなだけはあります」
「あんたもな。いつもながら見事な話術だ」
「お友達になりませんか?」
「いいとも。僕、トメね」
「キリヤです」
パーン! とハイタッチを決めた僕らは――
その日、友達になった。
トメにお友達ができました(この書き方だとトメが小さい子みたいだ笑
キリヤ君もこれで出世、かなぁ。
あ、ちなみに今回みたいなお客さん。意外とホントに来るみたいですよ^^;




