カカの天下403「少し親っぽいサカイさん」
『はいはーい?』
「あ……どうも、サユカですっ」
夜分遅くにすいません、サユカですっ。電話の相手はサカイさん……相談したいことがあってかけたのだっ。
『どうしましたー?』
「あの……実はその、お楽しみ会でのことなんですけどっ」
『あー、サユカちゃんが大仏の顔で歌ったお楽しみ会ですねー』
うっ、嫌なところ思い出すわねっ。
「そ、そうですっ」
『大仏なのにお経じゃなくていいのかなーって不思議に思ってたんですよー』
「そんなことはどうでもよくてっ! あのその、カカすけたちのお楽しみ劇のことなんですけど」
『あー、あのサエによるサエのための劇のことですねー』
「サエすけは別に主人公じゃないでしょっ」
『あははー、ヤですねーサユカちゃん。うちの家では代々、目立たないとこにいながらも全ての糸をひいて操るポジションを主役と呼んでるんですよー』
……やっぱサエすけの親だわこの人。ええほんと、わかっていたけど間違いなくっ。
『それでその劇がどうしましたー? 打ち上げで何かあったりでもしたんですかー?』
「そういえばサカイさん、打ち上げにいませんでしたね。サエすけがいたから仕方ないですけど、どこにいたんですか? サラさんもいませんでしたけど……」
『はい、一緒にいましたよー。えっとですねー』
聞くところによると、なんとサカイさんとサラさんは二人でプチ打ち上げをしていたらしい。いつの間にそんなに仲良くなっていたのかわからないけど、あまり想像がつかない組み合わせに興味を持ったわたしは詳しく話を聞いてみた。
そのときの様子はこんな感じらしい。
『サラさんの作ったあの衣装、凝ってましたねー』
『ふふ、そうでしょ。時間かけてるんですよ』
『私には無理ですよー』
『またまたそんな……』
『あんな細かいとこまで時間かけるなんて、よほど暇じゃなければできませんー』
『ひ……ま? あ、あはは。テキトーにやってダサくなるよりはマシですから』
『でも凝ったのにダサかったら救いようがありませんけどねー』
『……あはは』
『……うふふー』
『お待たせしました、生ビール二つお持ちしましたー』
『じゃ、乾杯しましょーかー』
『そうですね。お疲れ様です、ダサカイさん』
『ダ……サ? ふ、ふふふー、お疲れ様ですーダサラさん』
『私は若いからそんなに疲れてませんけどね』
『……私は無職の誰かさんと違って――』
「す、ストップ! もういいですっ」
『えー、これからが面白いんですよ? ダサユカちゃん』
「わたしまで仲間にいれないでっ!」
あまりの邪悪な会話にわたしまで真っ黒になりそうだわ……っ!
「それよりもっ! わたしの相談を聞いてくださいよっ」
『あー、そういえばそうでしたねー。どんな相談なんですかー?』
わたしは事情を話した。お楽しみ劇で勢いに任せてカカすけとキスしてしまい、それが恥ずかしすぎてカカすけとまともに顔をあわせることができないことを……
「今日、カカすけとサエすけがきて……そのことをからかわれて、それだけならいつものことなんですけど……」
結局、わたしはまともな会話ができなかったのだ。
ずっと頭に血がのぼりっぱなしで……
「どうすれば、いいんでしょう」
『んー』
サカイさんはしばらく『んー、んー』と唸り続け……やがて口を開いた。
『サユカちゃんは、カカちゃんが好きですかー?』
「それは、は、はい。好き、ですよっ」
わたしの数少ない友達だし……本人には絶対言わないけどっ。
『好きな人とキスしたんですよねー?』
「まぁ……はい」
『じゃー別に問題ないんじゃないですかー?』
「で、でもっ! 相手は女の子ですよ!? わたし……ファーストキスは好きな男の人って決めてたのに……」
『じゃーカウントしなきゃいいじゃないですかー。相手は女の子だからってことでー』
「でもっ、実際にキスしちゃったのは変わらないんだし……」
『じゃーキスしたことを忘れるとかー』
「忘れられませんよっ! だから相談してるんじゃないですかっ!! もっとマジメに聞いてください!」
『……マジメに言ってるんですけどねー』
え? あれ?
サカイさんの声……たしかにマジメだ。
『いいですかー? 普通、起きてしまったことは変えられません。でも自分の中では変えられるんですよー。あれは自分にとってはああいうことだった……そういう風に自分で決めてしまえばいいんですよ』
自分、で……?
『サユカちゃんはどうすればいいのかわからないんですよねー? キスしたっていう出来事が大きすぎて』
「はい……」
『どうにでもすればいいんですよ、自分の中で。大きいことも小さくしてしまえばいいんです』
え……っ、だって、普通に考えて、キスってすごく大きな……
『これから先、いろんな出来事があるでしょー。いいことだけじゃなくて、嫌なことも思い通りにいかないこともたくさんあるでしょー。それをどう思うかは、全部サユカちゃん次第なんですよー? だって、自分がどう思うかは自分にしか決められないんですから』
自分がどう思うかは……自分にしか、決められない。
だから……どうにでも思えばいい?
「自分にとって……都合がいいように、決めて、いいんですか?」
『もちろんですー。その考えを人に押し付けると話がややこしくなりますがー、自分に関してはそれでいいんです。自分にとってはこうだった――そう言って堂々としてればいいんですよー。人はみんな、そうやって生きていくんですから』
物事を自分なりに受け止めて、自分なりに解釈して、自分なりに糧にして生きていく。
そういうものなのだと、サカイさんは教えてくれた。
すると不思議なことに――それだけでわたしの心は落ち着いてしまった。
女の子とキス、とか、ファーストキスが、とか。あんな人前で、とか。
いろいろ困惑する想いはあったけど。
結局のところ、カカすけとキスしたこと自体は、別に嫌なことじゃなかったんだから。
なら、それでいいんだ。特別なことはない。ただ親友とじゃれあっただけだった……そう、決めたっ!
「ありがとうございます、サカイさんっ。おかげでわたしがどう思うか、決められました!」
なんだかわたし、何気にサカイさんにお世話になってるわよね……またお礼に愚痴聞いてあげないとねっ。
『ふふ、それはよかったですねー』
「はいっ、今ならサエすけともキスできるような気がしますっ」
『その唇ちぎりますよー?』
こわっ!!
でも、本当にありがとう、サカイさん。あなたは立派な親ですよっ。
……あれ。
わたしの親じゃないはずなんだけどな。
カカ天世界の中ではわりかし年長組のサカイさん。
親らしく子供に何か教えたりもします。
でも教える相手はいつも余所のうちの子……
かなしいっ!!