カカの天下386「チェンジ! 後編」
おはようございます、トメです。
「んちゅ……?」
朝の挨拶しつつも実はわたくしまだ半分寝ております、目も閉じてますし毛布の温かさに至福を感じているのですがナンダロウこの唇に当たる柔らかい感触は。
「ちゅむ……む……ん……」
ぐいぐいと押し付けられるそれは割と激しいので、僕もちょいと息苦しくなってなんかアレしてるみたいになってきました。アレはアレですよ、アレ。彼氏と彼女とかがするヤツ。しばらくしてないけど。
「ん……ちゅ……はぁ……む……?」
さすがに目を開ける。
すると眼前には可愛い顔と唇が。
あぁ、やっぱこれって他人の唇の感触だったんだ。
それにしても可愛いなぁこの子。なんていう子だっけ。
そうだ。
タコだ。
……たこ?
「ちゅーちゅータコかいな!!」
スパーン! と思わず奇怪なタコにツッコミを入れると見事に吹っ飛んでいき、広くなった視界の先にはサエちゃんがナニカを僕に押し付けていたようなポーズで固まっていた。
「おはよう、トメにぃー」
「……おはよう。今のはなんだ」
「麗しの唇を持つタコ人形の『むっちゅータコリン』ですー。デンジャーケロリンのライバルなんですよー」
あぁ、あのシリーズの仲間か。
「おはようのキスの味はどうでした?」
「レモンの味がした」
「わぁー、女の子が夢見るファーストキスの味ですねー」
「清々しい香りが逆に不愉快だぞ」
「そういう仕様ですからー。ほらほらトメにぃー。朝ご飯作ってくださいなー」
はいはい……と立ち上がり、思い出した。
そうだ、僕はサエちゃんに伝えないといけないことがあったんだ。
昨日、寝るまでの間に必死に考えた。サエちゃんの寂しい想いを少しでも和らげてあげることができないか、それには何を伝えればいいか。
そして、浮かんだんだ。最高の言葉が!
「サエちゃん!」
「はいー?」
さぁ、言おう。
大人として、親友の兄として、友人として!
僕が君に伝えたい言葉。
「あのさ」
それは――
「あのさ……」
それ、は。
「…………」
「トメにぃー? どうしたんですか」
「忘れた」
「は?」
ぅおい、僕。
なにしてんの。
マジで忘れてるじゃないかああああああああ!!
「何を忘れたんですかー?」
「や、その、な、何を言おうとしてたのか、忘れた」
「もうボケが始まったんですかー?」
サエちゃんの言葉がグッサリと胸へと突き刺さって抉って切り裂いた。
あぁ……ほんとボケじゃないか、僕。
「変なこと言ってないで早くご飯作ってくださいよー」
「うん……そうだよな……僕なんてそれくらいしかできないよな……」
自己嫌悪に陥りながらノソノソと台所へと移動する。あ、その前に顔洗わないと……はぁ。
ん! いや、諦めるのはまだ早い。今日は日曜日だ。これからまだ時間はある。
カカがいつ帰ってくるかはわからないけど、それまでになんとしてでも思い出してやる!
そう意気込んで朝食を作り、「「いただきます」」の合掌。
そしてサエちゃんには悪いけど、ちょっと思考に沈んで思い出すのに専念させてもらおう、そう思って無口で食べようとした、そのとき。
「今度はトメにぃーが、あーんで食べさせてください」
そんな余裕がなさそうなことを言いやがりましたこのお嬢様。
「い、いやサエちゃん。さすがにもう勘弁してくれよ、今日はちょっと考えたいことがあってさ。それにやっぱり恥ずかし――」
「私にあんな恥ずかしい思いをさせておいて、自分はしない気ですかー?」
うぐぅっ!? 恥ずかしいと言った僕の言葉を逆手にとっての速攻!! サエちゃん……手強い。
「わかったよ、やればいいんだろ」
「やたー。じゃートメにぃーあぐらかいて」
「え? ああ」
理由もわからず言われたとおりにしてみる。
すると、あぐらをかいた僕の足元にサエちゃんが背を向けてちょこんと座り、そのまま僕の方へと寄りかかってきた。
「さ、サエ様?」
こつん、と小さな頭が僕の胸にあたる。
「あーん」
このまま食べさせろというのか!?
とんでもなく恥ずかしいしかなり難しい、し、しかし、やると言ったからにはやらないと……箸で朝食の煮物をつまみ、そのままサエちゃんの口元へ。
「はい、あーん――」
「ただいま!」
ぴしゃーん! と戸を開いて現れたカカ。
そちらを見るのを身体が拒否して固まっている僕。
……何秒かの静寂。
それを壊したのは僕の腕の中(にいるように見える)サエちゃんだった。
「あーん、あむっ、もぐもぐ……おいしいですー。カカちゃんが羨ましいなー。いつもこうやって甘えながら食べてるんでしょー? トメにぃーが言ってたけど」
言ってねええええええええええええ!!
「トメ兄」
「え、や、カカ? 僕はそんなこと一言も」
「黙らんかいコラしばくぞワレ」
「関西弁!?」
何かが爆発した。
その勢いでカカが発射されてすっ飛んできた。
ミサイルのようなとび蹴りを避けることはできず、今度は僕がすっ飛ぶ番だった。ごろごろごろごろーっと転がって壁に激突して停止。痛いです。ものすんごー痛いです。
「ふふー、計画通りー」
楽しそうに笑うサエちゃん……まさか昨日の夕食からコレを狙っていたのか!
「カカちゃんならこういうドタバタ考えるでしょー?」
「か、カカはこんな狡猾にしないと思うけどな」
ただでさえ騒がしいのにこんな知恵までつけられたら、たまったもんじゃない。
「それで、トメ兄。遺言は?」
「ま、待て! 今の会話が聞こえただろ!? これはサエちゃんの冗談というか企みであって、僕が進んでこんなことしてたわけじゃ」
「イチャついとったことには変わりないやないかぁ!!」
「だからなぜに関西弁!?」
カカはもう一度発射した。
その後も何度か発射したり砲撃したりがあったけど、痛かったとだけ記しておく。
「カカちゃんのほうはどうだったー?」
「や、大変だったよ」
散々イロイロかましてくれてスッキリしたのか、いつのまにか朝食をパクつきながらの雑談モードとなっていた。もちろん「あーん」などということはしていない。ただでさえ痛くなった腰が折られてしまう。
「サエちゃんって偉いんだねー。家の部屋を全部、毎日掃除してるんだってね。家事も全部手伝ってるなんて……さすが私のヨ――親友」
嫁って言おうとしたな、今。
「私そんな面倒なことしてないよー?」
「えっ。だってサエちゃんのお父さんもお母さんも『サエはこれを毎日してくれるんだよー』って教えてくれて」
「家での私を知らないと思って、いい様に使われたんだねー」
「ええええ!?」
お、おそるべしサエちゃん家の血。親戚といえども黒さの片鱗を見せるか。
「さすがサエちゃんのお父さんとお母さんだね……そっくり!」
……あ。そうか、カカは知らないんだった!
サエちゃんを見る。
「でしょー」
いつものニコニコ顔はまったく曇っていない。でも内心はどう感じているのだろう。昨日の寂しそうな声が脳裏に蘇る。
『家族のぬくもりって、結構すぐに冷えちゃうんですよー……』
そのぬくもりを僕に求めたっていうことは、今のサエちゃんの家族じゃ本当のお父さんやお母さんのぬくもりには敵わないってことだ。
それはそうだ。本当の親の真似なんて、誰にもできない。
どれだけ想っても、演じたとしても、本当の親には絶対に敵わないんだ。
「じゃー私は帰りますねー」
えっ!
「えー、もうちょっと一緒に遊ぼうよ」
「そ、そうそう! カカの言うとおり、ゆっくりしてきなよ。日曜日だしさ」
「連絡はしてあるけど一日空けちゃったしー、うちの人も心配してると思うから」
うちの人、そんな他人行儀な――いいや、それは今は置いておけ。
忘れてた、忘れてたことを忘れてた! 早く、早く思い出せ。僕はサエちゃんに何を言おうとしていた?
「そっか……じゃ玄関先まで送るよ」
「し、仕方ないよな、うん」
考えろ考えろ、行ってしまうぞ考えろ!
「それじゃトメお兄さん、お世話になりましたー」
「どんなお世話をしやがったのか逐一聞いてやるから覚悟してねトメ兄」
ああ、玄関まで来た! 靴をはいた!
外に出た!
もう時間切れか!?
「それじゃー、お邪魔しましたー」
「ばいばーい」
バイバイなんて手を振ってる場合じゃないぞ!
遠ざかってく! 声をかけるなら今だ!
何をモタモタと――
あ。
ああ……
見えなくなった。
結局、思い出せなかった。
思いついたときにメモにでも書いておけばよかった。
そのまま寝れば忘れるに決まってるじゃないか、僕のバカ。
「うぅー……さむさむ。もうそろそろ春だってのに寒いね今日は。まだコタツしまわなくていいからねトメ兄」
はぁ……ホント、何を言おうとしてたのか全く思い出せないよ。
「サエちゃんちってストーブなんだよ。やっぱコタツだよね、コタツ」
思い出せない、けど。
「まーあったかいことには違いないんだけど」
思いついた。
「と、トメ兄?」
走り出していた。
思いついた言葉は格好悪い、よくわからない、変な言葉。
でも、思いついたからには伝えないと――
「サエちゃん!」
「はいー?」
朝から急に走り出したせいで身体が悲鳴をあげている。でも、追いついた!
「トメお兄さん、どうしたんですかー?」
「あ、あのさ。コタツってあったかいよな!?」
サエちゃんは目を丸くした。いきなり何を言い出すのだろう、と驚いているのだろう。
構うもんか。
「ストーブもあったかいし湯たんぽもあったかい! カイロをはればぬくぬくだし冬の毛布なんか最高だ!」
「は、はぁー」
「もちろんちょっとした違いはある。ストーブよりコタツのほうがよかったり、コタツにはないあったかさが毛布にあったり!」
あったかさに優劣はある。絶対に真似できないものがある。
だけど。
「だけどさ、あったかいことには変わりないんだ」
そう、寒くなったとき、温めてくれることに違いはない。
サエちゃんの両親のぬくもり、温かさは真似できない。でも、サエちゃんの心が寒くなったとき、少しでもそれを温めてあげられたなら。
「だから」
僕だっていい、親友のカカやサユカちゃんだっていい、サエちゃんは甘えたいときに甘えられる人間がいっぱいいる。ぬくもりをくれる人がたくさんいるんだ。
「だか、ら」
そう、伝えたいんだけど。
サエちゃんの家の事情を知らないことになっている僕には、それをうまく伝えることができなかった。
そんな頭の悪い僕には、こんなことしか言えなかったんだ。
「だから――寒くなったら、またおいで」
サエちゃんは少しの間、目を丸くしていて。
でも、やがて頷いてくれた。
笑顔で。
「はい。またお願いしますね、トメにぃー」
綺麗な笑顔だった。
とても。
伝わったかな。
僕の言いたいこと。
でしゃばりなのは自覚してる。でも、カカたちと一緒にいることが多いサエちゃんは、もう僕にとって妹も同然になっていたんだ。放ってなんて、おけなかった。
でも……冷静に考えてみて余所様のお子さんを妹として見て突っ走るのって……どうなんだろう。もしかして僕はシスコンというやつなのではないだろうか。
わりとマジメに悩みつつ家に帰ってきた。すると。
「トメ兄、おかえり」
なぜか凄まじい笑顔を浮かべている妹君が。
「お、おう。ただいま」
「ちょっとここ座って」
すすめられた席は、先ほどの朝食の残りが置いてあるテーブルの前。疑問に思いつつも素直に座ってみる。
「あーん」
……え?
「あーん!」
待ち構えるように口を開けるカカ。ま、まさかサエちゃんの言ってたことは本当だったのか!? 本当にこうしたかったのか!
しょ、しょうがないな、うん。
箸で適当なおかずをつまみ、カカの口元へ。
「ほら、あーん」
「あーん、がぶっ」
「いだだだだだだだだだだだだだっ!!」
「もぐもぐもぐ」
「かむなかむなかむなぁ!! なんなんだ一体!!」
「ぺっ」
言うまでもなく僕の手をお召し上がりだったカカさんは僕の手をようやく吐き出しました。
「私の枕がトメ兄の部屋にあった」
「あ……」
「わいの嫁と寝たんかコラァ!!」
「だからホントなんで関西弁!?」
「もぐもぐもぐもぐもぐ!!」
「あだだだだだだだだだだだだだ!!」
こいつはサエちゃんの家の事情を聞いたら、どう思うんだろう。
何を言うんだろう。
多分、僕なんかよりいいこと言えるんだろうな。
僕の手を食いちぎる勢いで怒るくらい、サエちゃんのことを想ってるんだから。
でも――サエちゃんが教えるつもりがないなら、黙っておこう。
そんなことを知らなくても、こいつならサエちゃんを寒くなんてさせないだろうから。
だから、当面の問題は。
僕の手だ。
そろそろちぎれる。
へるぷみー。
あれ……? なんかいつもより書き終わるまでの時間が長いなーなんて思いつつ書いていたらいつのまにかこんなに長く^^;
いや、愛ですね。ぬくもりですよ。そのせいです、きっと笑
さぁ。どうでしょうか皆さん、今回のトメ。
感想待ってます笑