カカの天下364「シュー君物語」
皆さんは覚えているだろうか?
かつて温泉旅行に行き、途中から行方不明になった男のことを!
――これはかの湯煙殺人事件のサイドストーリー。しばらくいろんな人に忘れられていた哀れな男の物語である。
――事件当日。
愛しのお姉さま、カツコが朝風呂にいってしまったらしいと聞き、男――シューは健気にロビーで待っていた。
やがて客室のほうが騒がしいことに気づいたが、それでも椅子に座っておとなしく待っていた。
やがて――その女は現れた。
カツコじゃない。ぎんぎんに血走らせた目、近くにあるものを手当たり次第に集めている妙な姿は暴走時の彼女と似ている気もしたが、とにかく別人だった。
そう、その女は手当たり次第にいろいろ集めていた。「投げるものは!? なにか他に投げるものはないの!!」と叫びまわり、怯える客や仲居をものともせずに。
――やがて、その女はこちらにやってきた。
女はシューの座っている椅子の近くにあった掃除用具のロッカーを開き、中身を取り出し始める。
「これと、これ……うん、いい凶器になるわ! このロッカーもついでに、って軽っ! 中身取り出したせいね」
ギラリ、とイッちゃった瞳がシューを貫く。
「あんた、重りとしてこの中に入りなさい!!」
「え、えぇ? えええぇぇぇ!?」
万力のような力にひっつかまり、無理やりロッカーに押し込められたシュー!
「ふはははは! これで凶器は充分! いい凶器に私は狂喜! そして今まさに狂鬼となりて敵を撃つ! うおおおおおおおおL! O! V! E! ぱ! わ! ああああああああ!!!」
人とは思えない力でロッカーごとバウンドしながら引きずられ、中に入っているシューはシェイクされまくる。金属製の内壁に全身を叩かれまくり――やがてシューは気を失った。
この直後、ロッカーは愛しのカツコにむかってぶん投げられることになるのだが……気絶したシューにはあずかり知れぬことだった。
――そして、シューが目を覚ますと。
そこは暗闇の中だった。うまく身動きがとれない感触からして、どうやらまだロッカーの中のようである。
「いてて……うぅ、どうなったんだよぅ。いま何時だよぅ」
ロッカーが歪んでいるせいか、微かにこぼれる外の光から出口を探ることはできた。非力ながらも何度か蹴りをいれ、強引にこじ開ける。
「えいっ、えいっ! やった、開いた!」
これで外に出ることができる!
シューは喜び勇んでロッカーから飛び出した。
久しぶりの外! 裸になったかのような開放感!
そして、周囲にいる――本当に裸な女性の皆様。
「……ばぶ?」
あまりのショックに一瞬幼児退行したが、
「「「きゃあああああああああああああああ!!」」」
男性にとってはスペシャルな格好をした皆々様方の悲鳴によって我に返った。
「痴漢よ痴漢!」
「覗きよ覗き!」
「ヘンタイよヘンタイ!」
「クズよクズ!」
「カスよダニよノミよミジンコよ!!」
「アメーバよアオミドロよゾウリムシよミドリムシよ!!」
「うわああああああ! 違います違います!! ヘンタイでも微生物でもありません!!」
罵声とともに飛んでくる桶やシャンプーや岩(露天風呂に置いてあるアレ)の数々から、必死に走って逃げるシュー! しかし避けきれず、岩の一つがシューに直撃しようとした、そのとき!
「シュー! こっちだ」
「ボブ!?」
懐かしい顔にヤクザキックで蹴り飛ばされたシューは見事に岩を回避。無様に尻餅をついているのも束の間、すぐに立たされ、走り出す!
「ひ、久しぶりだな、ボブ」
「おう! 共にカツコさまを崇め奉って以来だな!」
そう、突然現れたこの男は、かつてのカツコファンクラブの会員仲間だったのだ!
「でもボブ、君、なんで……」
と、ここでシューが口にしようとした疑問を遮るように、
「きゃー! またあの男よ!」
「捕まえるのよ、男をやめさせてやるのよ!!」
その憎悪がこもりまくった声の矛先がボブだと気づき、シューは驚愕した。
「君も追われてるのか!?」
「ああ、おまえと同じ理由でな」
「じゃ、じゃあ、君も覗きと間違えられて……」
「失敬な! 俺は堂々と覗いていた!」
「威張るなよ!」
「ぼいんぼいんが三人、たゆんたゆんが一人というところか」
「わぁ、それは大漁――戦果も報告しなくていいから! 大体なんで僕がこんな!」
「は? おまえあのロッカーがゴミ山に持ってかれるの知ってて忍び込んでたんじゃないのか?」
「なんで風呂場の横にゴミ山があるのさ!」
「現代の景色がウリだそうだぞ、この露天風呂」
「現代にももう少しマシな景色はあるでしょおおお!?」
「うむ、さっきのたゆんたゆんな景色はなかなか」
「え、ど、どんな感じだった……? って聞いてる場合じゃない!!」
そんな二人のダメ男は、鬼と化した女性陣から必死で逃げ回っていたのだが……鬼気迫る女性の勢いに、だんだんと追い詰められていった。
「どうするボブ! もう逃げ場が!」
「ヤクザなきーっく、げし」
「うわぁ!?」
いきなり蹴られてバランスを崩した僕はそのまますっ転んだ!
「こいつの名前はシュー! 苗字は――で住所は――で!」
「え、え、え! なんで個人情報を暴露しまくってんの!?」
聞くまでもないことだった。
ボブは、シューを囮にして自分だけ逃げようとしているのだ!
「そして好きな女の名前はカツコだ!」
「そんなことまで言わなくていいだろ!!」
「ちなみに奴隷志望だ!!」
「うるさい! 悪いか」
「ふっ……じゃあな、友よ」
「くっ、ボブ。これが友にする仕打ちか!?」
悲しそうに、悔しそうに叫ぶシュー。そんな彼を見て、ボブは「ふっ」と笑った。
「何を言う。我らは友である前にカツコお姉さまファンクラブ会員……会則第一条! たまにお姉さまのマネをせよ! お姉さまならきっとこうするだろう!!」
「なるほど!! それなら仕方ない!!」
「ではサラバだ!」
そしてボブはしっかりと逃げた。
そしてシューはしっかりとボコられた。
「――でさ、そのまま警察行きだよぅ……なんで京都にきたのか、とか事情聴取を受けてるうちにお姉さまの名前出したら、なんでか警察署が『ざわっ……ざわざわ』ってなってね、よくわかんないけど『失礼しました!!』って釈放されて……」
「へー」
「電車賃もないからヒッチハイクとかしてここまで戻ってきたんだよ。その間もいろいろあったけどさ、なんとか頑張って……そしたら家に鍵かかっててさ、トメさんちに助けを求めにいったらヘンタイよばわりで大砲されるしさ、どこへ行ってもヘンタイ扱いでさ、もう僕って本当にヘンタイなんじゃないかって本気で心配になって」
「まーまー」
「慰めてくれるのかい? ああ! やっぱりいい子だなぁタマ様は!」
「これー」
しばらく失踪していたにも関わらず誰にもツッコまれなかった哀れなシューの話をちゃんと最後まで聞いてくれたタマは、天使のような笑顔で手のひらにちょこんと乗せたソレを差し出した。
「なに!? チョコ!! バレンタインの!? くれるのかい! あぁ、僕はやっぱり戻ってきてよかったよ、幸せだぁ!!」
「ぱくり」
「ああぁ! そうだよね、タマ様のだよね! 目の前で食べるなんてお姉さまっぽいことしちゃって! 僕の心はズタズタだよ! でも一生ついていきますぅ……」
こうして。
一人の男の物語(愚痴)は終わりを告げた。
ようやく明かされたシュー君のお話……さんざん引っ張っておいて大した話じゃないのは彼の人柄によるところでしょう(ぇ
さてさて……イロイロな話やイベントがありましたが、これでようやく一区切り!
残っているイベントはお楽しみ会ですが、それはまだ日があるのでしばらくはいつものカカ天です^^
またのんびりまったりお付き合いくださいな〜