カカの天下359「バレンタインゲーム 前編」
ふあぁ……おはようございまふ、トメです。
今日も今日とて目覚まし時計に起こされよっこいしょ。窓からこぼれる朝日に目を細めつつ身体を伸ばしていると……枕元においてあった紙に気づいた。
なんだこれ。
手に取ってみた紙面の冒頭には、でかでかと『バレンタインゲーム』と書かれてあった。
「あー……そいや今日はバレンタインデーか」
寝起きということもあってぼんやりと呟く。
「なになに……『今日一日、あなたはバレンタインのチョコを受け取ってはいけません』……はぁ」
なんでだろー。まだまだ目が覚めてないのでそんな感想しか出てこない。
「受け取ってはいけない、はぁ。受け取ったらどうなんだろう」
紙を読み進める。
『いいですか? 絶対に受け取ってはなりません』
はぁ。
『相手のチョコに触れた瞬間、おまえを殺す』
はぁ。
……はぁ。
はぁ!?
殺す? キル!? ユーがキルでミーがデッド!?
一気に起きた頭でもう一度その紙を読み直す。
「な、なんなんだこりゃ」
『繰り返す。今日はチョコをもらうな。さもなくば殺す』
「んな非現実的な……馬鹿馬鹿しい、会社行こ。どうせカカか姉あたりの――ん? もう一枚あったか」
『――ちなみに会社にはすでに有休届けを出してある』
「……うぁ、いきなり現実的になった」
『今日はおとなしく逃げまわれ。さもなくば殺す』
殺す殺すとオウムみたいに連呼しやがって……でもあいつが言うと冗談に聞こえないから怖くなってきた。
うん? ああ、これを書いた犯人はもうわかったよ。ここまで手の込んだことができる人間は一人しかいない。
「おい、どういうつもりだクソオヤジ」
呟いた途端にどこからともなく矢が飛んできた。風切りながら壁に刺さった矢の先には、達筆な文字が書かれた一枚の紙が。
紙、曰く。
『モテるやつは死ねばいい』
「あいつは父親の自覚があるのか?」
さすがはカカと姉の元祖だ。
矢が飛んできたところを見ると、どうやら近くに潜んでいるらしい。しかし相手は忍者、そう簡単には尻尾は出すまい。捕まえて説得するのは今までの経験上無理。ということは……はぁ、ヤツが飽きるまで待つしかないか。
僕は「なんでうちの家族はいつもいつも……」とため息をつきながら着替え、部屋を出た。顔でも洗おう……
「トメ兄!」
「ん、カカ。おは……よ」
カカが立ってる。
プレゼントっぽい包みを持って。
「トメ兄! 今日ってバレンタインだよね!」
「お、おお。そう、らしいな」
「そんなわけで、その……いつもお世話になってるし、はい」
……どうしましょうか大佐。
ええい! 先ほどの指令を忘れたか! ならん! 受け取ってはならん!
で、でも妹が珍しくしおらしく、照れながらも可愛らしい包みを差し出しているのですよ!?
ならんと言っておる! 指令優先だ! 無視だ無視!
「……トメにぃ」
大佐ぁ!? なんか悲しそうですよ!?
……かわいい。
大佐?
ぬぁ!? な、何も言ってないぞ私は! こ、こほん!! ……仕方あるまい。指令ではああ言っても実の父親、まさか本当に殺しはしないだろう。
で、では大佐!!
受け取るがよい!!
自分は大佐を上司に持てたことを誇りに思います!!
「……トメにぃ?」
「はっ! あ、ああすまない」
ちょっと心の中の大佐と喋ってたんだ。
「ありがとな、カカ。じゃあ、ありがたく……」
僕の手がカカのチョコに触れようとした、その刹那。
うなる風の音を耳に捉えた僕の身体は、弾けるように後方へ跳んだ。
一瞬前まで僕の胸があった部分を手裏剣が通り過ぎていく――ってあぶっ!! 本気!? 本気と書いてマジ!? マジメに殺す気か!?
『モテるやつは死ねばいい』
「どっから聞こえてくるんだこの声!?」
「お兄ちゃん……どうしたの?」
「か、カカ」
「私のチョコ、受け取ってくれないの? お兄ちゃん!」
涙ぐみながら悲しむ妹の姿、兄としては揺らぐところ……だがしかし!
「カカ、おまえ何企んでる?」
「……え?」
「おまえが僕のことを素面で『お兄ちゃん』って呼ぶのは裏で何か企んでるときだ」
「ちっ」
お、普段のカカに戻った。
「いいから受けとってよ!」
言いながら真っ直ぐ踏み込み、チョコらしき包みを突き出してくるカカ!
「受け取ってって、おま」
身体を捻ってそれを避ける、が、間髪いれずにカカの腕が霞み、二度、三度と弧を描きながら僕へと襲いかかってくる。
「とと、っと! それどう見ても受け取ってほしいモノの扱い方じゃないだろが! 多少細長いからってそれはナイフじゃないんだぞ!」
闇雲に棒を振り回したりする子供と違い、いちいち間合いを詰めながら鋭く腕を振ってくるカカのチョコ(本当にチョコなのか怪しくなってきたが)を避けるのはなかなかにきつい、が――僕だって伊達に変な家族を持っているわけじゃない。目と反射神経にだけは自信があるのだ。
「よっ、とっ」
チョコに触れなきゃいいんだろ。というわけで――チョコを持っているカカの手首あたりを適当に手刀で叩きながら受け流し、攻撃のことごとくを捌ききる!
「えい」
「うああああ」
避けられ続けて焦るカカの隙をつき、手首を掴んで思いっきり引っ張る。それだけでカカはバランスを崩してすっ転んだ。
「痛ぁいっ! もう! なにすんのさトメ兄!」
「それはこっちのセリフだ! なんだか知らんが、僕は逃げるからな!」
「ぶーぶー! 結構ふつーに頑張って作ったチョコなんだぞ!」
「ならそんなもん振り回すなよ!」
言い捨てて玄関へと走る。着替えておいてよかった……とりあえず逃げて隠れて、母さんあたりに電話してなんとかしてもらおう。
急いで靴を履き、外へ出る。
道へ出て、さぁどこへ逃げる――!?
「トメさん!!」
「……げ、サユカ、ちゃん」
やばい。
うぬぼれるわけじゃないけど仮にも先日、告白された身だ、ここで待ち構えていたってことは、きっと……や、もらいたくないわけじゃない。むしろほしい! でも今もらうのがダメなんだ! このよーわからん騒動が終わった後なら!
「これ……チョコですっ! 受け取ってくださいっ!」
「あのさ、サユカちゃん。それなんだけど、よかったら後で――」
「今すぐもらってくれないと、わたし死にますっ!」
「ええええええ」
なんでそんな難しいこと言うのさ!?
そしてこれまたなんで本気っぽく彫刻刀握り締めてるのさ!?
「あ、あのさサユカちゃん! 危ないよ、そんなの喉に近づけちゃ!」
「今すぐトメさんがチョコを受け取ってくれるなら下ろしますっ」
「ええええあああああ」
「さもないと、わたしは喉を掘ります」
「えぐいっ!! 聞いてるだけでこわい!!」
「さぁっ!」
さぁって言われても!
「ふふふー、甘いよーサユカちゃん」
「今度はなんだ!?」
後ろを振り返ると、そこにはサエちゃんとカカが!
「意外とストレートな方法できたね、サユカン!」
「てっきりサユカちゃんのことだからエロエロパワーで勝負してくると思ったー」
「やかましいわよっ!」
……ああ、あの衣装とか?
「だから勝ち目ないと思ってカカちゃんと手を組んだんだけど……サユカちゃんがそういう方法でくるなら、やーめた」
「え? やめたってサエちゃん。それってもしかして私との組むのをやめるって意味――」
がし、とカカの首に腕を回すサエちゃん。そしてどこからともなく取り出した彫刻刀を――
「トメお兄さん、私のチョコを受け取りなさーい。さもなくばカカちゃんの目を彫るよー」
「きゃあああああああ!!」
うあ、久々に聞いたカカの本気の悲鳴!!
ここ、なんの変哲もない道路だよな?
なんで僕はこんな脅迫に挟まれて、
「さー、トメお兄さん。カカちゃんとサユカちゃん、どっちが大事なのー?」
「と、トメ兄」
「トメさん!!」
さらになんで修羅場っぽい事態に突入しているのでしょうか?
まったくもって世界はフシギです。
えーっと……どうしよう。
切り抜ける方法が思いつかないので、次回までに考えます。
続く。
というわけで、一足先にバレンタイン突入です。
この先どうなるのか、それは投票の結果次第^^
続きはまだ書いてないし考えてもいませんからね笑
……え? シュー君が今までどうしてたか、の話?
そんなもんあとあと。バレンタインのほうが大事。