カカの天下35「カレーを食べよっ」
「こんばんわー」
僕と妹、カカが夕食を食べていると、そんなのんびりとした声と共にチャイムが鳴った。
ご近所のサカイさんの声だ。
「はいはい、なんですかー?」
「あ、トメさんー。実はカレー作りすぎちゃっておすそわけをー」
おお、これはよき田舎の伝統だ。最近の都会じゃまったく無くなったみたいだけど。
「救援物資でありますか、たいちょー」
後ろからカカが嬉しそうに言った。にしても子供が漢字ならべると妙に感心してしまうのは、いささか子供のことを侮りすぎなのだろうか?
「あらー、もう夕飯食べちゃいましたかー」
僕らの後ろの様子を見たのだろう。サカイさんが残念そうに言った。だが心配することなかれ。
「いえ、実は僕、給料日前でして」
「あらー」
「お金を下ろすなら明日、と思ってたら予想以上に残ってなくて」
「あらあらー」
「今日は納豆ごはんしかないのです」
悲しいかな、これが本当に今日の夕食のメニューなのである。
「そうです、ひもじいのです」
と、カカものってくる。
あんまりだと思うけど、ないものはないんだから仕方ない。下ろせる機械が近くにないし。
「てわけで、いま途方にくれてたわけでして」
「阿呆な顔してたわけでして」
「うるさいでして」
「そうでして」
なんだこの会話。
「だからこそ、カレーという栄養たっぷりかつカプサイシンで身体もホットになるスバラシアイテムがきてくださって感謝感激アメあられなのです」
「アメあられでも、ヒナあられはあんまりおいしくないのです」
「それは同感なのです」
「私は結構好きなのですー」
あ、サカイさんものってくれた。
しかしほんと、なんだこの会話。
「というわけで……涙流しながらも受け取りたいと思います……」
「あ、そうですー。たしかうちに卵も余ってたと思うんですけど、使います?」
「カレーに卵ですか、いいですね」
「ちょっとまったああああああああ!!」
突然おたけびをあげながら現れたのは、なんか最近ここらへんに住み着いた野良姉だった。不覚にも餌を与えたせいで僕らに懐いている。迷惑だ。
「カレーに卵かけるなんて邪道よ! カレーにはカツでしょう!!」
ずびし! と挑戦的にサカイさんに指を突きつけながら姉は言った。
いきなりあらわれた失礼なヤツ相手に、サカイさんはあくまでにこやかに応えた。
「あらあらー。カレーには卵ですよー。完全栄養食とも呼ばれる卵と、血行をよくしてくれる香辛料。すばらしい組み合わせだと思いませんかー?」
「いや、絶対カツだね。うま辛いルーと分厚い肉から染み出る肉汁が絡んだときのハーモニー……野生を感じる! これぞ身体を元気にする特効薬だわ!」
「カレーと卵の柔らかさが生み出すまろやかな食感……強弱を付け合いながらもせめぎ合う卵の甘みとカレーの辛み……」
「さくさくの衣とカレーの染み込んだ衣を味わいながら、肉とお米の熱さをかみ締める……」
「カレーと卵こそ、最高ですー」
「カレーとカツこそ、最強だね」
「むむー」
「むむむ」
なにやら熱く語ったあとに睨み合う二人……なんか、息があってるのか、もしかして。
よくよく見ればわざわざ姉はカツを買ってきたらしいスーパーの袋をさげている。今日の夕飯はカレーだなんて一言も言ってないのにまた嗅ぎつけたか。エスパーかこの人。
「ねえ、二人とも」
「なんですー?」
「なんだ妹」
睨み合う目を逸らさずに声だけで反応する二人。
大人の争いなど歯牙にもかけず、カカはあっさりと言った。
「両方入れて食べればいいじゃん」
すると、二人はなんとなく可哀想な感じの顔になった。
「や、でもー」
「これは、勝負で」
「つべこべ言わない。おいしけりゃいいでしょ」
「「あ、あの」」
「うっさい! お腹減ってるの。あんたら食うよ? 卵みたいに割るよ? カツみたいに揚げるよ? でも食べないで捨ててやるよ? そして腐れ」
「「え、えっと、とにかくごめんなさい」」
お腹減ってた妹さんの勝ち。
そのあと。
なんとなくサカイさんも姉もうちで食べました。
おいしゅうございましたとさ。めでたしめでたし。