カカの天下349「初恋デートは実るのか? 後編」
暗い館内でただ一つ輝くライトの光は、今やわたしとトメさんだけを優しく照らしている。
とても、静か。
胸の音だけがうるさい。
鼓動が速い、心のブレーキが壊れたみたいにどんどん加速していく。
トメさんの顔を見る。
好きな人の顔を。
「――トメさん」
声の震えを必死で押し隠す。
「わたしは」
言うんだ、カカすけが調べてくれたあの言葉を。
トメさんが一番反応したという、心にグッときたらしいこの言葉をっ!
「あなたを、お慕い申し上げております」
少し古めかしい告白。
和風びいきなトメさんらしい、と思う。
好き。
大好き。
届いて。
この気持ち。
わたしはあなたが、誰よりも大好きなんですっ!
ありったけの想いをこめてトメさんの瞳を見つめるっ
……やがて。
トメさんが、頷いた。
「うん」
その「うん」はどういう意味?
気になる、でも声を出せない。
実際には数秒、でもわたしには永遠にも思える時間、わたしはトメさんの言葉の続きを待った。
そして――
「僕も、サユカちゃんのことが好きだよ」
――どうも、トメ兄とサユカンくっつけ隊員のカカです。
今日はトメ兄とサユカンの映画デートを見守りにきました。そして現在ついに! サユカンがトメ兄に告白しようとしている、のですが……
「なんだかサユカちゃん、固まってますのー」
隣で座っている魔法使いローブを着たサエちゃんが、老人ボイスのままで心配そうに呟く。それにしてもすごい声マネだ。いくらサエちゃんと仲がいい人だったとしても、絶対に聞き分けることはできないだろう。私は愛で大体わかるけど。さっきなんかサエちゃん、私のためにわざわざ飲み物買ってきてくれたんだよっ、粒々入りのおしるこっていうチョイスがまた――
「サユカン、ほんと動かないね」
そう、そんなことよりこっちのほうが大事だ。
お母さんにも手伝ってもらって用意した、この告白の舞台。スポットライトがあたり、二人で立ち上がったはいいものの……サユカンは一向に動かない。
「緊張して動けないとか?」
「でも目はイっちゃってるようなー」
「ぶつぶつ何か言ってる気もするね」
「あ、もしかして頭の中で予行練習でもしてるんじゃないかなー?」
実は私たち、トメ兄とサユカンのすぐ後ろの席に潜んでいたりする。お母さんに頼んで席を用意してもらったのだ。だから耳を澄ませばサユカンの独り言も……あ、聞こえた。
「……ねぇ。『はい、わたしも好きです』って言ったね」
「うん、どうやらサユカちゃんの妄想の中では成功したらしいねー」
や、こんな風に衆人環視にさらされたら現実逃避する気持ちもわからなくはないけどさ……そろそろ戻ってこないと、やばくない?
トメ兄だって心配そうに――
「……サユカちゃん?」
「はっ」
あ、トメ兄の呼びかけで戻ってきた。
「よかった、予行練習もバッチリみたいだし、いよいよ言うんだね!」
「うん、そだねー」
「そっかそっか、サユカンがついにトメ兄と」
「これで二人が付き合うことになったらー……二人でお出かけすること多くなるのかなー」
「そうそう、二人だけで遊んだり」
「二人だけでご飯食べたりー」
「二人だけで……ずっと一緒にいたり」
「よかった、ねー?」
「うん……よかった、よかった……」
「カカちゃん? なんだか顔がひきつってるよ?」
「う……さ、サエちゃんこそ口の端がひくひくしてるよ」
「え、と。なんかさー、これだけお膳立てしといてなんだけど……このままうまくいくのも面白くなくない?」
「そんな気がしてきた」
そう、面白くないから言ってるんだからね。
別にトメ兄を取られるのが土壇場になって嫌になったとか、そういうわけじゃないんだからね。
「サユカちゃん?」
「は、はいっ、えっと……」
ここはどこ? わたしは誰? なんて言ってる場合じゃない! わたしはどこに行ってたのよっ、なんか幸せな世界だったけど!
……えぇ、わかってるわよ、ちょっとアッチの世界にお邪魔してたわよっ、悪い!? 怖いのよっ、勇気がいるのよっ、妄想の中で練習くらいしないとやってられないわよっ!
「と、と、ト、メ、さん!」
妄想の中みたいに震える声を抑えられない!
お慕い申しております! お慕い申しております! そう言うのよっ、落ち着くのよサユカ!
ゆっくり、ゆっくり、確実に言うの!
「お」
そう、間違いは許されないわ。
「お」
一文字一文字確実に――さぁ!
言えっ。
言うのよっ!!
口を開く。
息を吸って。
声高らかに!!
「お」「しっこ」「したい」「と」「申しております!!」
…………………………………………ぁ?
ウシロカラ、トコロドコロ、ナニカ、キコエタヨウナ?
会場の音が消えた。
わたしの鼓動も死んだように消えた。
いまわたし何言った? いや、何を言ったように聞こえた?
おしっこしたいと申しております。
何を告白してんのわたし。
「サユカちゃん」
トメさんを見る。
「そっか、だから今日は様子がおかしかったのか」
納得、された?
「道理でそわそわしてると思った。ごめん、気づかなくて」
「い」
こんなところでこんなときに。
「い」
こんなこと言って納得されちゃった。
「い」
あは。
「い」
あははははっ!!
「いやああああああああああああああっ!!!」
あはははははははははははははははっ!!! 誰かわたしを殺してー!!
「あぁ! どこへ行くサユカちゃん! トイレはそっちじゃないぞ!!」
「ほっといてえええええええええ!!」
「さ、サエちゃん。今のはいくらなんでも」
「や、やりすぎちゃった、かなぁー」
泣きながら去っていったサユカンを呆然と見送りながら、私たちは嫌な汗をかいていた。会場の皆さんも気まずいのかざわざわと騒がしくなる――しかし。
「そこのデリカシーのないこと言った男の子♪」
「……ぇ、僕?」
ただ一人いつものペースを崩さないお母さんが、マイクを片手にトメ兄へ微笑んでいた。
「そうそう、突っ立ってるそこの君」
「え、と」
「早く追え♪」
「はいっ!!」
笑顔でも、とてつもなく怖かった。
「あと、そこの空気が読めなかったお二人さん♪」
え? もしかして私とサエちゃん?
「やりすぎ。あとで楽屋に来い♪」
「「はいっ」」
逆らえるはずがなかった。
ピン、ポン、パーン♪
『ご来場の皆様、彼女のトイレが終わるまで上映はいましばらくお待ちください』
『こら新入り! てめぇクビだって言っただろうが! 何勝手に放送してる!?』
『あぅ! そ、その、女の子があまりに可哀想だったのでフォローを』
『逆効果だバカモン! こっちへ来い、今日という今日は割ってやる!』
『あ、あぅー!』
パン、ポン、ピーン♪
そんな放送が聞こえて、もうこれは意地でも戻るわけにはいかないと確信したわっ。そんな、サユカです……はぁ。
もうダメよ、何もかもおしまいだわ……
何かに怒ったり、悲しんだりすればいいとは思うんだけど……そんな気力自体が湧いてこないわ。おしまいだもの。
だってそうでしょう? もしあなたが好きな人と二人きりになって、いい雰囲気になったときに、好きな人に必死な声で「おしっこしたい」なんて言われたらどうする? どうしようもないでしょう?
「サユカちゃん!!」
あ、トメさん。
追いつかれちゃった……ってそれも当然か。わたし、ロビーで真っ白になって突っ立ってただけだし。
「あのさ、サユカちゃん」
トメさんは言いにくそうに口をつぐんだ。そうよね、あんなこと言ったわたしにかける言葉なんか……
「さっきサユカちゃんが言ったこと……一応、その、わかったつもりだから」
「トイレはいきましたよ、ええいきましたともっ」
ヤケクソで行ったわよっ!
「えっと、そっちじゃなくて」
え?
「カカとかサエちゃんの声が混じらなかったほう」
ええ?
「ふざけてごめんな? どういう反応すればいいかわからなくてさ……でも、ちゃんと聞こえてたから」
えええ?
「それで、その、今日はもう戻りにくいだろうけど……来週にもう一回、一緒に映画を観にこないか? 今日のやり直し、と言っては何なんだけど」
これ、わたしの妄想?
いつもの妄想だよね?
え?
違うの?
じゃー……
わたしの気持ち、伝わっちゃった?
さて――なんかえらいとこでカカラジ突入です(爆
明日のカカラジは二人の微妙な関係について特集をする、かもしれません(ぇ
実は今回のお話、作者的にも意外な展開だったりして(ぉぃぉぃ