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カカの天下  作者: ルシカ
348/917

カカの天下348「初恋デートは実るのか? 中編」

「うわ、やっぱり満席だな」


「そそ、そうですねっ」


 ですねっ、ですよねっ、サユカですっ!


 トメさんの言うとおり、ほとんど空席がない映画館。上映する『初恋は実らない』の作品人気が一目でわかる光景だわ。でも――正直、そんなことはどうでもよかった。


 今のわたしは映画の内容よりも、映画を一緒に見る人のことのほうが大事なのだ。あぁ、チケットを切るときに離れたトメさんの手がいまだに名残惜しい……


 ともあれ、チケットに指定された席にトメさんと一緒に座る。もちろん席は隣同士っ! すぐそばにトメさん……あぅ、並んで歩くのとはまた違った緊張がっ!


「見やすいとこ座れたね」


「そ、そうですねっ」


 真ん中のやや後ろ、という映画を見るには結構いい位置に座れたのは喜ぶべきところだけど、サエすけの助言を真に受けるとすれば微妙だった。


 曰く、「隅っこのほうが暗いし目立たないからイロイロできるよー」だそうだ。


 あ、もし真に受けたら、の話だからねっ、べつにわたしは暗がりでナニをドウするつもりも……ない、と思うわ、多分っ。


 とにかくっ! 席が真ん中なんだからそんなこと考えても仕方ないわ。作戦を進めなければっ。


 ええと、たしか……上映まで時間があるから、その間に会話するのよっ。最初はさりげない話題から……


「と、トメさん」


「ん? なんだサユカちゃん」


「前からちょっと気になってたんですけど、トメさんの血液型ってなんですか?」


 などと聞きつつ、実はカカすけからリサーチ済みだ。


「ああ、僕はA型だよ。それっぽいってよく言われる」


 細かいところに気がつく(主にボケに)トメさんにピッタリだと思うわっ、って言いそうになるけど、そんな素直に返さないのよっ。


「わ、わぁっ、わたしもA型なんですよっ、A型同士の男女って相性がいいんですってっ」



「お、そうなんだ!」


 よしっ、ここまではOK! 次は――ちらりとメモを見る。


 『例えば、二人が大きな問題に直面したとします。でも二人ともA型なら、慎重に、事は荒立てないように考えて問題に取り組んで、速やかに解決できるそうです』


 これを言えば、ってあれ、隅っこにもうちょっと何か書いてある。


『こう答えて、二人で結婚したらうまくいくわよっカモンベイベッ! とアピールするのだ』


 これ、カカすけの筆跡……応援してくれてるんだ!


 あれ、もう一つ。


『サユカちゃんのスケベ〜♪」


 なぜっ!?


 これは間違いなくサエすけね……楽しんでるわねっ。


「サユカちゃん? どした」


「えぇえ!? あ、いやっ、そのっ」


 メモに見入ってて答えるの忘れてた! ええと答えなきゃ、ええと、ええと――


「二人ともA型ならっ、身長を気にして、はとこを粗挽きにするそうですっ!」


「……はい?」


「すると問題が解決するんです!」


「すげーなA型」


 すごすぎるわよぉっ!! 


 はぁ……ため息をついて思わずうつむく。恥ずかしい、恥ずかしすぎてトメさんの方を向けない。そうよ、わたしなんかトメさんの顔はおろかスクリーンを見る資格すらないわ、ずっと下を向いてればいいんだわ……はぁ。


 そうやって、ため息を何度もついていたとき。


 座席の手すりに置いていたわたしの手に、ふわりと温かい感触が。


 え? これ、まさか、トメさんの手?


 もしかしてわたしを慰めようとして握ってくれてるの? やだ、嬉しい……え? あん、そ、そんな、耳がくすぐったい、息を吹きかけるなんてトメさんたら大胆っ、でもトメさんなら――


「うへへー、サユカンはここがええのんかー?」


「ってカカすけじゃないの!?」


 と、隣の席に座ってたトメさんが化けた!? 


「トメ兄ならトイレ行ったよ。声かけてたけど聞いてなかったみたいだね」


「う……そ、そうなの? ていうか、なんでこんなとこにいるのよっ」 


「おもしろそうだから」


「どうせそうだと思ったわよっ!!」


 あーもう、うまくいかないわ邪魔は入るは……はぁ。


「どうしたの、ため息なんかついて」


「どうもこうも、全然うまくいかないのよぅ……」


「大丈夫、遠くから見ててもおもしろかったよ」


「面白くなくていいのよっ!」


「なんて贅沢な」


「トメさんは完璧な紳士だったのに、わたしだけおもしろかったなんて、我慢ならないのよ……!」


「完璧、ねぇ。そりゃサユカンの目にはトメ兄なら何でも完璧に美化されてそうだけど」


「やかましい! ほらっ、トメさんが帰ってくるから消えてよっ」


「つれないねー。大丈夫だよ、もうちょい時間かかるから」


「……え?」


「うまくいってないんだよね、サユカン。じゃあ私たちが一肌脱いであげようじゃないの!」


 


 ――そのころのトメ。


 ふぅ、トイレ終了。さっさと戻らないとな。


「もし。そこの人?」


「え?」


 道行く僕に声をかけたのは怪しげな黒いローブ姿のおばあさん……って、魔法使いか? このご時世に? ああ、こういうご時世だからこそ、おばあさんもコスプレを。


「いいご趣味ですね」


「なんじゃーいきなり」


「楽しいならそれもいいと思いますよ。では」


「ちょ、ちょっと待たれい」


 なんだよ、僕はさっさと戻らないといけないのに。サユカちゃんが待ってるんだから……や、なんかいつもの混乱モードになってたから僕の声届いてたか怪しいもんだけど。


「占ってしんぜよー」


「僕、そういうの信じないから。じゃな」


「ふむふむー、占いによるとおぬしはロリコンじゃ」


「あんだとぉ!?」


 それ占いじゃねーだろ!


「あのな、ばーさん。あんまいい加減なこと言ってると」


「ほ、本当じゃー! この水晶に写っているのじゃー!」


「それビー玉だろうが!」


「たくさん食べておっきくなったら水晶になるのじゃー!」


「ほう? ビー玉が何を食べるんだ」


「占った者の心を食べるのじゃー」


「いますぐ壊せ、そんな呪いのアイテム」


 勝手に髪の毛が伸びる日本人形みたいで怖いわ。


「とにかく、連れを待たせてるから――」


「いいから聞くのじゃー! あ、聞いてー、ちょっと待っ! ……えーぃ、じゃあ他のこと占ってみんなにばらしちゃうぞー!」


「勝手にどうぞ」


「おぬしの名前はトメ! 初恋の相手は姉! というわけでカツコさん宛てに恋文を」


「待て待て待てーい!」


 な、何者だこのばーさん。フードからチラリと見えるしわくちゃな顔にも、しわがれた声にも、全然まったく覚えがない。だから知らない人……の、はず。


「本当に、占い師なのか?」


「その通り、今回はおぬしに助言するために参ったのじゃ」


「……へぇ、占いって無料でしてくれるのか?」


「もちろ――あ、ジュース奢って♪」


 あれ? なんか妙に可愛い声出さなかったか? 


 ……まぁ、いっか。ジュースの一本くらい。もう少し上映まで時間あるし。


 すぐそばにあった自販機でばーさんの希望した『ホットミルクチョコレート』を買って渡す。ついでに僕とサユカちゃんの分も買ってくかな。


「で、占いって?」


「おぬしと相性がいいのはA型じゃー」


 すげー普通の占いだ。


「あとのぅ、年下とならうまくいくぞぃ。すごく年下がいいのぅ」


「すごくって、どれくらいだよ」


「さてのー。でも今はそういう対象に見えない子にでも、将来美人になりそうな子がいたら仲良くしておくといいかものー」


「そういう打算的な付き合い方は嫌だ」


「ほっほっほー、しかし向こうはどうかのー? 歳の差なんて気にせずにおぬしのことを好いておる子が、そばにいるかもしれないぞぃ」


 歳の差を、気にせずに?


 ……僕は気にするけど、誰もがそうとは限らない……そういえば、そう、だよな。まったく考えてなかったけど。


「わしが言いたいのは二つだけじゃー。一つは、歳が離れておるからといって恋愛対象からはずすなということー」


「もう、一つは?」


「ジュースもう一本奢ってー♪」


「……おう」


 それくらいは価値ある説教だったかもしれない。


 向こうは歳の差を気にしない、もしそうだとしたら……まさか。




 ――再びサユカちゃんサイド。


「だから、なんだって君はそういつもいつも」


「お、そろそろトメ兄戻ってくるかな」


「って、え? あ、ほんとにっ!? じゃーさっさと」


「うん、消えるよ。サユカンの緊張も結構ほぐれたみたいだし」


「……え? まさか君、そのために?」


「や、今思いついたから格好つけて言ったの。本当はからかいにきただけ」


「帰れっ」


「はいはい。これからが本番だよ、がんばってねー♪」


 腕をぶんぶん振り回してサッと消えるカカすけ。まったく……悔しいけど感謝だわ。たしかに緊張はだいぶほぐれたから。


「……ただいま」


「おかえりなさいっ……あれっ、どうかしました?」


「へ? い、いや、なにも」


 おかしいな。今度はトメさんが緊張しているような……もしかしてサエすけが何かしたのかな。カカすけがここにいるということは、来てないはずないだろうし――と、そのとき。


『えー、こほんこほん。マイクてちゅっ……うぅ、噛みましたぁ』


 なんだか間抜けな放送が館内に響いた。


『す、すいませんもう一回っ。マイクてちゅと!』


『何をしてんだコラ! 館内放送で萌えなんかいらないんだぞ!』


『わ、私そんなつもりじゃ、ただ緊張して』


『アナウンサーやったことあるって言うから任せたのに……君クビっ!!』


『あぅ!?』


 ……はて、どこかで聞いたような声が。思わずトメさんと顔を見合わせる――けど、すぐ視線を逸らされた。え、なんで、どして?


『こほん、失礼しました。えー、それではいよいよ、『初恋は実らない 宴』上映イベントを始めたいと思います!』


「あ、そういえばイベントつきなんでしたよねっ」


「そ、そうだったな。忘れてたけど」


 なんだかギクシャクしてるような気がするわっ。でもなんかトメさん顔が赤いような……もしかして? と思ったのも束の間、わたしの思考は湧き上がる周囲の大歓声によってかき消された。


「どうもこんにちは♪ ヒロイン役の笠桐結乃です」


 人を惹きつけてやまないスイーツボイスに引き寄せられて見てみれば――スクリーンの前に映画の主役がドレスアップして登場っ!?


「あ、母さん」


「ユイナさん、きれーっ」


 館内全てが彼女のファンなのではと思うほどの大歓声。そっか、この上映のチケットがレアだって言われてたのは、このイベントのせいだったのねっ。


「そして今回のイベントの相方! 映画の中でわたしのダーリンをたぶらかす年増女役の――」


「ちょっと! その紹介やめてくださる結乃さん!?」


「でも今回の映画のキャッチフレーズにもこう書いてありますし」


 『初恋は実らない 宴』のキャッチフレーズ……たしか『幸せな生活を送っていた二人に三十路女の魔の手が伸びる!』だっけ。


「あたくしはそのフレーズをずーっと抗議し続けてるのに事務所が聞き入れないだけよっ!」


「そうですねー、年増とか言われててもヒロインのわたしより年下ですし、変えたほうがいいかもしれないですね♪」


「ぐはぁっ」


 ユイナさんの言葉が年増女さんの胸にクリティカルヒット! でもユイナさんの笑顔に邪気はない……あの人としては事実を言ってるだけなのよね、あと何度か実際に話してみてわかったけど、結構ほえほえ天然タイプだし。すべて受け入れてくれそうな包容力があるけど、その分悪意には鈍感なのかもしれない。


「さてさてー、それでは上映イベントを始めますよ♪ 最初の企画は――いきなりどっきり告白コーナー♪」


 本当にいきなりすぎて会場全体が『?』マークを浮かべる。


「知っての通り、これは恋のお話です。初恋に身を焦がす二人の波乱万丈のラブストーリー!

 なので、カップルで観にきてくださった方もたくさんいらっしゃるようですね。そこでおせっかいながら――初恋してるっぽいカップルに、今から告白しあってもらおうと思います♪」


 スポットライトがあたる。


 わたしと、トメさんに。


「なお本人の了承はもらっているので無理やりではありません。皆さん、温かく見守ってくださいね♪」


 了承なんかとってないしっ!! あぁ注目が! 注目が集まってるうううっ! あぅぅぅっ。


 ――でも。


 これってきっとカカすけの差し金よね。そしてこれは、紛れも無いチャンス。


 わたしは、立った。


 トメさんも立ってくれた。  


 ライトの眩しい光と、館内の大勢の人の視線にさらされながら、二人は向き合う。


 カカすけとサエすけ……二人とも、こんなわたしのためにここまでお膳立てしてくれて、ありがとう。


 うん。


 ここまで、きたら。


 告白、しよう。


 告白、するのでしょうか。

 トメは、どうするのでしょうか。

 

 ……次回をお楽しみに。


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