カカの天下333「お餅は何味がお好き?」
ドスン! ドスン! ドスン!!
どうも。除夜の鐘よりも毎年聞き慣れている音を耳にしながら「今年も始まったんだなぁ」と改めて感じているトメです。
「こんにちはー、トメお兄……さん」
「お、おじゃましま……すっ」
「ああ、サエちゃんサユカちゃん。いらっしゃい」
我が家に遊びに来てくれた二人は、庭で展開されている光景を見て呆然としている。
それも仕方のないことだろう。ここまで見事に一人で餅つきをする人間なんかそうそういないだろうし。
「はっ! せやっ! うらぁ!」
ドスン! ドバン! ズバン!!
右手で持った杵で餅をつき、その間にぬるま湯でぬらした左手でこね、またつく。こねるのはもちろん、杵でつくのもかなりの力がいるだろう。そもそも杵は両手で使うもんだ。それを片手で、しかも普通の人が両手を使うよりも強くつけるのだから、姉もバケモノの面目躍如といったところだろう。
「毎年毎年よくやるよね、お姉も」
そう、カカの言う通り。これは毎年の行事なのだ。
お、ラストスパート。
「ぅおおおおおおおおおおおおおお!!!」
フォバババババババババババババ!!!
「とどめ!」
チュドォォン!!
とても餅つきとは思えない轟音。餅、大丈夫か?
高速餅つきを終えた姉は、一仕事やり終えた男の顔で汗をぬぐった。
「ふぅ、こんなもんか!」
「お疲れさま、お姉。去年よりずいぶんと速度あがったね」
「お、お姉さん、男らしかったですー! いえ、これぞ漢字の漢と書いてオトコでしょー!!」
「とても人間とは思えませんっ!」
「あっはっは! そんなに褒めるな!」
これを褒め言葉と受け取るあんたはホントにすげーよ。
「さて、じゃあ食べるよ! あたしは混ぜ餅やってから戻るから――」
「はいはい、こっちは居間で準備しとくよ。みたらしのタレとかはできてるから、あとは並べるだけだし」
「手伝うよー」
「あ、わ、わたしもっ」
「同じくー」
カカサエサユカを従えて台所へ移動。用意していた餅セットを持ち、居間のテーブルへ並べる。するとサエちゃんとサユカちゃんは、改めてフシギそうな顔をした。
「な、なんかいっぱいあるんですねっ」
「ああ、そうだな。しょうゆ、きなこはもちろん、あんこ、みたらし、酢みそもあるぞ」
「さらには、ほいっと。こんなんもあるよ」
臼を片手に庭から戻ってきた姉がポンと皿の上に置いたのは、丸く千切られた黒い餅と、黄色い餅。
「これ何の動物のフンですかー?」
「いきなり食欲失せるようなこと言わないのサエすけっ!」
「あははーだって――」
軽く流そうとしたサエちゃん。しかし、
「そおおおおおおおおおおおおおおおうだああぁぁっ!! 餅をバカにするとあたしが許さんぞぉぉぉぉぉ!!」
恐竜もビックリなでかい口に牙を生やして角も生やして悪魔っぽい翼を無意味にばっさばっささせながらギャオーンと轟く姉の咆哮。
「す、すすすす、すいませんー! 黄色いし黒いし丸いしてっきりー!!」
いつも余裕ニコニコのサエちゃんもさすがに縮こまっている。生存本能が警鐘を鳴らしているのだろう。なんか知らんが命の危機だ! と。
「いいか! これは黒糖餅とかぼちゃ餅だ! そんなこともわからんのか愚か者! 貴様などこのあたしが食ってくれる! くらえ、きなこボンバー!」
暴走した姉は皿にのっているきなこをつかむと、サエちゃんへ投げ放った!
「きゃー! 防いでサユカちゃんシールド!」
「ぅおいっ!?」
そしてきなこはサユカちゃんの顔に見事ヒット。
「そのモチモチしたほっぺたごと食ってくれるわー!」
「きゃああああっ!? ってぇ、なんでわたしを追いかけるんですか狙いはサエすけでしょおおおお!?」
「味のついてない餅なんかいらないからだあああああ!!」
「じゃあ味つければいいでしょおおおおっ!」
「今はきなこの気分なんだああああ!!」
逃げるサユカちゃん。追うバカ姉。つかまるのも時間の問題だな。
「ん、おいしいね黒糖餅」
「かぼちゃ餅もいけるよー」
そしてマイペースな妹と薄情なサエちゃん。やれやれ……僕も臼から千切って食べよ。
「きゃあああっ!」とか「なめないでーっ!」とか「かじらないでーっ」とか結構悲痛なBGMを聞きながら、僕らはいろんなお餅の味を堪能した。
え、僕ら全員が薄情だって? あはは、ナニ言ってるんだよ。君ら、虎のお食事中に石投げることできる? 無理でしょ? だって自分がお食事になっちゃうもん。くわばらくわばら。
「ふぅ! きなこ餅おいしかった!」
「お、食べ終わったか。他のもちゃんと姉のために残してあるぞ」
残しておかないと僕らが食べられるからね。
「よろしい! さー食べるぞ!」
意気揚々と餅に箸を伸ばす姉。
その後方には――顔についたきなこが綺麗になくなった代わりに顔が綺麗じゃなくなったサユカちゃんが、よろよろと立ち上がるところだった。さすがに見ていられなくて駆け寄るカカとサエちゃん。
「か、カカすけ……お、お風呂貸して」
「さ、災難だったねー」
「サエすけっ! 君ねぇ!」
「仕方ないよサユカン。お姉はね、餅が大好物なんだよ。餅を目の前にするとバカDXに変身するの。普段バカなのがバカDXになるの。どれくらいDXかと言うと『もちろん』って言葉を聞いただけで『モチロンって餅でできた怪獣の名前か!? 食ってくれるわ!』とか言って旅に出るくらいのDXなバカになるの」
「クチャクチャクチャクチャ!?(誰がDXバカだって!?)」
「「ひっ!?」」
餅を口に入れながら現れた姉に怯える三人。仕方ないなぁ、もう。
「ほれ姉。キムチチーズ餅作りに台所いくぞ。オーブントースターないとできないからな」
「クチャ!?」
「はいはい、もちピザもできるよ。用意してあるから」
「クチャ♪」
餅魔人の手なずけ成功。
「ほれ、おまえらはこの間にサユカちゃんを風呂に入れてこい」
「「はーい」」
しかし毎年毎年なんでこう暴走するかね。こんなだから『一年に一度しか姉は餅を食べてはいけない』なんて家訓ができるんだよ。
……あれ、もしかして抑制してるから爆発するんか?
「クチャクチャ!」
「はいはい、用意するよ。だからひと段落したら年末年始の事件を聞かせろよ」
「クチャ! クチャクチャ?」
「ああ、言わなきゃダメだ。警察の世話にもなったんだろうが」
「クチャ……」
「いいかげん餅飲み込めよ」
クチャクチャクチャクチャ!(次回から姉天酒の正月旅行のお話だよ!