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カカの天下  作者: ルシカ
311/917

カカの天下311「前は前、今日は今日」

「あー……づかれだ」


 ども、ぐったりしながら帰宅中のトメです。


 なぜこんなに疲れているというと、単純に仕事が忙しかったからです。明日は仕事納め。年末年始の休みに入る前に片付けないといけない仕事が山ほどあって、結局四時間も残業してしまいました……まぁクリスマスに有休とったんだからこれくらい仕方ないか。現代のサラリーマン世界ではサービス残業が十時間以上あっても珍しくないし、それに比べれば……でも慣れてないことすると疲れるのは確かだ。


 カカには遅れるってメールで連絡したけど……腹空かせてるだろうなー。


 たしかクリスマスにやった鍋の材料の余りが冷蔵庫にあったし、それでなんか作るかな。はぁ、面倒だ。でもご飯食べないと元気でないし、カカも成長期だし食べさせないと……母さんはもう仕事行っちゃって居ないし。


 クリスマスのときの鍋はおいしかった。あれ、また食べたいな……や、また食べたいのは鍋だけじゃない。おいしかったよりも楽しかった。だから、またクリスマスのときのような楽しい時間を過ごしたい。そうすればきっと元気になるのに。


「……はは、クリスマスから大して日も経ってないのに、こんなこと言ってたら世話ないよな」


 ――あれで元気になったんなら、こんな仕事くらい屁でもないんじゃないのか?


 あぁ、確かにクリスマスは楽しかったし元気になったさ。でも楽しいことは疲れも溜まるし、その後の仕事が、すごくつまらなく思えてしまうんだ。だからこんなにグチっぽくなる。


 僕はこんなことを思う自分の情けなさに辟易しながら帰宅した。


「ただいまー」


「ぅあう! お、おかえりトメ兄!」


 僕の声に驚いたような反応が家の奥から聞こえてきた。何をしてたのか知らないが、厄介ごとは勘弁してくれよ。僕は疲れてるんだから……


「待ってろよー、今夕飯作るから」


 疲れを見せないように気をつけながら声をかける。しかしドタバタと玄関まで出迎えてくれたカカは、はりきった顔でこんなことを言い放った。


「大丈夫! ご飯は私が作ったから!」


 ……ナンデスト。


「ケガはないか?」


「む?」


「どこが燃えた?」


「……私の心がちょっと燃えてる。なにその言い方。私が料理できないと思ってるの?」


「おまえが料理できるのはボケだけだろ」


 僕、うまいこと言ったよね。


「ふん、だ。そこまで言うなら居間に来てみなよ」


 言われるままに居間へついていくと――そこには確かに夕飯の用意がしてあった。


「おー、これは」


「どう、ちゃんと料理してあるでしょ」


 テーブルの上にあったのは、おそらく世界でも指折りの簡単料理だ。


 調理方法は極めて単純、お湯を沸かしてそそいで三分待つだけである。


「まぁ、これならたしかに、ちゃんとはしてるな」


 とりあえず食べれるし。


「でしょ。おいしいらしいよ、このカップアーメン」


 誰に祈り捧げてんだ。


「ちゃんとヤカンにガスをそそいで火にかけたんだよ」


「ちょいとお待ち、そこのチビ料理人!」


 それだとガス爆発するだろが! 本当にアーメンする気か!?


「ガスじゃなくて水だろ? 水だよな!? 水って言え!」


「あ、そうそう。水水」


 よ、よかった……やっぱり慣れないうちは一人で料理やらせるもんじゃないな。


「でさ、カップにお湯と一緒に鍋の余りもの入れたんだよ。いいアイデアでしょ!」


 へぇ。たしかにそれは栄養豊富になるし、いいかもしれない。だが何を入れたかにもよるな。


「なに入れたんだ?」


「タマちゃん」


「なぬ?」


「鍋の余りもの」


 たしかに鍋の話から余ってたけどさ!!


「アーメン」


「冥福を祈るな!」


「あとは9分〜17分置いとけば完成だよね」


「……長くないか?」


「え、でも9:00〜17:00って書いてあったよ」


「それは何かあったときにかける電話の受付時間だ!!」


 どれだけ長いこと置いてるんだ! それにタマちゃんって!? 僕は慌ててカップラーメンの蓋を開けた。


 すると、そこには――


「……あれ」


 伸びてもいない普通のカップラーメンが、タマゴ入りで出来上がっていた。もちろん姉娘のタマではなく、普通の生卵だ。


「へへー、トメ兄が帰ってきてすぐにお湯入れたんだよ。そして今のおしゃべりで三分ちょうど!」


 帰ってきたときドタバタしてたのはそのせいか……しかも待つ時間を感じさせないように変なことを言い出して――


「いい演出でしょ! どーよ?」


 どーよって……なんだよ。


「あれ? どーよー」


 疲れて帰ってきたら、いつも通りカカがバカで。


「どーよ、どーよー。ねー!」


 仕方なく相手してたら、結局いつものペースで。


「むー、トメ兄! どうよどうなのよ!」


「うるさいな。伸びないうちにさっさと食べるぞ」


「あ、ちょっとくらい褒めてくれてもいーじゃん」


 そう、こんなやりとりはいつものことなのに――『疲れて帰ってきたらちゃんとご飯ができていた』っていう、ただそれだけのことが妙に嬉しくて、それだけでさっきまでの疲れがいつの間にか消えていて、胸の熱さを隠すのに、少しだけ苦労しちゃったんだ。


「いただきます、アーメン」


「ね、その前にさ、私になんか言うこととかないわけ?」


 あるさ。


 カカ、気遣ってくれてありがとう。明日も仕事納め、頑張るよ。


 ……そう素直に言うのは癪だったので。


 僕は無言でカカの頭を乱暴に撫でるのだった。


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