カカの天下31「帰ってきた姉トラマン」
「ただいまっ!!」
やたらと気合の入った声で我が家のドアを開け放ったのは、我が妹カカ……ではなかった。カカはいま隣で座って枝豆中だ。や、食べてるだけだが。
「いやぁ、ひっさしぶりだねっ」
どかどかと勝手に入ってきたのは、忘れもしない顔だった。
日焼けした野性味のある顔は、美人と称してもいい顔立ちを妙に暑苦しくさせている。なんというか、「気合」というオーラを周囲に発散させまくっているような感じ。
――何を隠そうこの女こそ、武者修行に出ると言って家を飛び出して以降、各地方の妙な高級品を送りつけてくるというわけのわからない行動をしていたパワフルな我が姉その人なのだから!
「どちらさまで?」
「おっす! カカっち。大きくなったねー」
「……むぅ」
あ、せっかくの冷たい言葉を無視されてカカがむくれた。
「でさ、我が弟よ。ひとつ頼みがあるのだが」
「帰ってきて早々なんですかぃ」
「うん。帰ってきた早々、ちょっと顔なじみの友達にケンカ売られてさぁ」
「それ友達じゃないだろ」
「これ、預かっておいてくれる?」
今度は僕の言葉を無視して、ひょいっと目の前に取り出したのは、
「こ、子供?」
「うん。ちょっと作ってきた」
「まてやコラ!?」
そんなあっさり作るんじゃねえ!!
「だからちょっと預かってて。家族の団欒はそのあとねー」
言うだけ言って、姉は去っていった。
まだ言葉も覚えていなさそうな赤ん坊を適当なソファーに残して。
「……あいかわらず嵐のような台風のようなやつだ」
「災害そのものだよね」
カカと二人で頷きあい……さて、どうするかと置いてかれた子供を見る。
見る……
あれ、いない。
どこいった? と二人できょろきょろと周囲を見渡していると――
ガシャン! とコップの倒れる音。
気がつけば赤ん坊はどうやって上ったのかテーブルの上に。
そして隣には倒したコップ。
そしてそして、中身のコーラを服に浴びたカカが。
「ヤロウ」
ゴゴゴゴゴ! となんか背後で黒いオーラが出てる!
やばい。さすがあの姉と血が繋がっているだけのことはある……!
「やめろカカ。いくらなんでもそんな小さな子に暴力は」
「口で言ってもわからない子には、身体で」
「口で言ってないだろ!?」
「喋れないのに言葉わかるはずないでしょ!?」
いや、まぁ、たしかにそうかもしれないが!
「だから、私が、身体と感情とこのオーラでわからせる!」
「ちょっと待てなんだその黒いオーラは!?」
そんな特殊能力いらんぞこんな日常のお話に。
僕の制止も虚しく、ゆらりとカカが赤ん坊に近づいたそのとき。
「だぁ?」
赤ん坊は微笑んだ。
「――だぁ?」
カカは微笑み返してしまった。
「だぁ……!」
あ、カカの眉だけが困ったようにハの字になった。
「……あれだな。思わず笑い返しちゃってこの怒りはどこへもっていけばいいんだろうって感じだな」
「……子供ってずるい」
「それはたしかに。僕はいつもおまえで実感してる」
さて。姉が帰ってくるまでに、この子が起こすであろう被害をどれだけ食い止められるか……勝負だ。
僕は気合を入れて、子供の相手に臨んだ。
十分後。すでに勝負はついていた。
子供のお世話って大変だ。姉、早く帰って来い。我が軍はすでに壊滅状態だっ。主に居間があんびりーばぶる!! あんなことやそんなことに! カカは大変なことに! いつもはただ変なだけなのに!
そんな祈りも虚しく、姉が帰ってきたのは二時間後のことだった。