カカの天下29「そこにそれがあるから」
なぜ人は山を登るのだろう。
そこに山があるからだと、ある人はいいます。
「うんしょ、うんしょ」
まぁ正直、理由になってないんじゃないか? なんて思うけど、格好いい答えであることはなんとなくわかります。
「うんしょっと。ふう」
じゃあ……我が妹は果たしてどんな壮大な理由であんなとこまで登っているんだろう。
「やっほー。トメ兄ー」
そう、僕はあんな妹を持った兄、トメです。元気よく手を振るカカは、途中の突起にうまく足をかけて一休みしています。
はて……と首を傾げながらも僕は手を振り返してみる。それを見て満足そうに頷くと、カカは再びそれをよじ登り始めた。
首をさらに傾げる。
なんでこんなことになったんだっけ。
僕は五分前のことを回想してみた。
僕とカカは夕飯の買い物を済ませて一緒に家への帰路についているところだった。
その道中、カカが唐突に足を止めた。
「どうした?」
「呼んでる……」
なんか危ない人みたいなことを言ってカカはそれに向かって近づいた。
何の変哲もない電信柱である。電気業者の人が登りやすいように突起のついたやつだ。
「よし!」
気合を入れたカカは……なぜかその電信柱を登り始めた。
そして今にいたる。
うわ回想短かっ。
しかも回想に今の状況に浮かんだ疑問に対するヒントが何一つないし。
「なー、カカー」
「なーにー」
結構上のほうで動きを止めたカカが聞き返す。
「おまえ、なんでそんなとこ登ってるんだ? 意味不明だぞ」
「だって私だもん」
なんてわかりやすい答えだろう。
「んなことしても危ないだけだろー!」
「危ないことをしないと人は成長できないんだよー!」
このお子様は相変わらず生意気にわかったようなことを言う。まったくもってその通りだとは思うけど……
「でもさ、落ちたらどうするんだよー!」
「落ちてもトメ兄をクッションにするから大丈夫ー!」
「おい、僕が受け止めてくれると信じてる、とか健気なことは言えないのかー?」
「トメ兄がおもしろく受け止めてくれると信じてるー!」
「絶対に落ちるなー! 自信ないからー!」
と、そんなこんなでカカは一番上のほうまで登ってしまった。
確かに危ないとは思うのだけど……こいつは昔から木登りとかが妙に得意なのだ。もっと高い木に登ったりもしていたから見ている側としても慣れていたので、そんなに慌てることはなかった。
「さて」
意味が無いと言っていたわりにやりたいこともあるのだろうか。
カカは遠くを見渡すように額に手を当ててぐるりと首を動かし、
「ちいせえちいせえ」
……ああ、石川五右衛門の真似?
それやりたかっただけか。
「……他に台詞あったっけー?」
「知らん」
このあと、カカは危なげもなくするすると降りてきた――かと思いきや、バランスを崩した!
「ぅおっと!!」
「……おお、トメ兄ないすきゃっちんぐ」
僕の素晴らしい反射神経のおかげで、カカをなんとか受け止めることができた……ほんと、危なかった。
僕は胸に抱いたカカを下ろす……と。
勢いがついたせいで少ししゃがんだカカの視線は、ちょうど僕の股間のぴったりの高さとなった。
カカはぽんぽん、と僕のそこを叩き、
「ちいせえちいせえ」
「おまえさ、恩人に対してもっとなんかないのか」
「だってトメ兄の受け止め方がおもしろくなかったから」
「どうやって受け止めればおもしろいんだよ」
「股間で受け止め――」
「死ぬから」
クイーン・オブ・マイペース・カカ。