カカの天下283「対決! 西の食堂vs東のファミレス」
「……遅い!」
「遅いね」
「遅いな」
まだかなー、もう! あ、こんばんトメです。
時刻は夕食時。たまには家族で外で食事を、とカカと姉と三人でセイジ食堂にきたのですが……料理がこないのです!
しかも料理が遅れているのは僕らのテーブルだけではないらしい。周囲を見渡すとびみょーにイラついている常連の方々が見える。
「料理がこない原因って……やっぱアレだよね」
「アレだろうな」
僕とカカは店の入り口に目をやった。
そこではライバル店のファミレス『東治』の看板を持った若者と、セイジ食堂の店長ゲンゾウさんが、バチバチと視線の火花を散らして睨み合っていた。
「皆さん、こんな食堂よりも東治へどうぞ! ここで食べたからって日本の政治がよくなるわけでもないですよ!」
「やかぁしい!!」
こんな風に無理やり宣伝しようとする東治の回し者のせいで、ゲンゾウさんが厨房に行けないのだ。
「今ならドリンクサービス券をお渡ししますよ!」
「そんな宣伝よそでやれってのが聞こえねぇのか!? ったくトウジの野郎、姑息な手ぇ使ってきやがって」
「おっと、勘違いしないでください。これは俺が勝手にやってることだ。口にはあまりしないがあんたに勝ちたがってるトウジ親分のためにな! サービス券もって外回りしてくるって言って出てきたのさ!」
はぁ、なるほど。親分ときたもんだ。随分と恩義があるんだろうな。
でも、そろそろ潮時だな。
なぜなら。
「腹、減った……!」
「もう、待てない……!」
腹減ったら極端に機嫌悪くなる類の人間が、ここに二人もいるんだからな。
ドドン!! と効果音の突きそうな勢いで立ち上がった二人は、のっしのっしとゲンゾウさん達の元へと歩いていった。
その異様な気配に気づいたのか、口論していた二人が姉とカカの方へ顔を向ける。
「ゲンゾウさん。ここはあたしらに任せて、あんたは厨房で仕事しな」
「はぁ!? あのな、ここは俺の店――」
「ならさっさと作れや」
「さもなくばあんたを食う」
「……ぅ、わ、わかった。任せたぞカツコちゃん」
おぉ、あの強面のゲンゾウさんがビビッてる。今どんな顔してんだろあの姉妹。
「にゃ?」
「おー総理大臣。引っ込んでたほうがいいぞ。食われるから」
「にゃ、にゃあ……」
足元に現れた猫の総理大臣はタッタカターっと引っ込んでいった。頭のいい総理大臣だ。日本も安泰だな。
「さて、そこの男」
「な、なんだアンタらは……そそそんな般若みたいな顔してたって、ここここ怖くないんだからな!」
般若。そらこえー。
ずーっと前はたしかゲンゾウさんが般若だったのに、それが逃げるってことは超般若だな。
超こえー。
「あのね、あんた考えてもみなよ。ここから東治までどんだけ距離があると思ってんの。ドリンクサービスするからそこまで行けって? ご冗談を。時は金なり労力も金なり。こっからそこまで行くにはね、それっぽっちじゃ割に合わないんだよ!」
姉の意見もたしかにごもっともだが、果たしてツッコむべきはそこなのだろうか。
「い、いや、でもドリンクが」
「たかがそれだけでそんな遠いとこまでいちいち行く人ばっかなら、コンビニなんか全部潰れてるんだよ!」
カカの意見もごもっとも。ちょっと高いけど便利だから使うよね、コンビニ。
「半額にしなさい」
「……え?」
ドスの効いた姉の声。まさしく般若だ。や、般若がどんなもんか詳しくは知らんが。
「今から全品、半額にしなさい。今日だけでもね。さもないと、もうその店に誰も来ないようにするよ!」
「ば、バカか!? そんなことできるわけ――」
「町内会長!」
「あいよ、姐さん」
いたの会長さん!? ていうか姐て! アンタどう見ても年上っ、ていうかおじいちゃんでしょうが!!
「今から町内連絡網で『誰も東治には入るな』って回しな!」
「あいよ」
「え、ちょ、ちょっと待て!! そんなのアリか!?」
「ただし! 半額にするなら入ってあげるよ! ねぇみんな!?」
「「「いぇーい!!!」」」
相変わらず人気あるなー、姉。
「そんなことできるわけ……そ、そうだ。できるわけないだろ! どうせ嘘っぱちだ、町内会長だかなんだか知らないが、そんな力あるわけ、ひぃ」
ぐい、とその男の胸ぐらを掴みあげたのは、カカ!?
「狭いご町内、なめんな」
「「「カカちゃんさいこー!!」」」
おまえも人気あるなーカカ。
『そ、そんなわけで、その……半額にしないと、もうお客さんがこなくなるって……』
「こんのぉ……馬鹿タレが!! 誰がそんなことをしろと言った!?」
『せ、セイジ食堂に負けたくなくて……』
「兄貴の店は実力でぶっ潰すから余計なことするな、このたわけが!! いいからさっさと帰って来い!!」
怒鳴った勢いのまま叩きつけるように電話を切った東治の店長トウジは、深々とため息をつき、頭を抱えた。
「ったく本当に余計なことをしてくれた……おぃバイト。なにしてんだ」
「え? だって半額にするんですよね。でしたら僕もお客様になったほうがオイシイと思いまして、着替えを」
「馬鹿ヤロウ! 何ふざけたこと言ってんだ!」
「ふざけてません。無駄に忙しそうな日は早退する。安く食べられるときにとことん食べる。これがフリーターの鉄則です!」
「いばるな!」
「フリーターの懐をなめるな!」
「だからいばるなっつうに! とにかく却下だ。人手がいる。半額にしたら……客は、来るだろうからな。赤字だろうが……」
「あ。やはり半額にはするんですね」
「あぁ、ご町内は敵に回しちゃいけねぇ」
「むぅ、仕方ありませんね。お客になれないのなら……打開策をお教えしましょう」
「そんなもんがあるなら早く言え! なんだ」
「量も半分にすればいいじゃないですか」
「……それ、アリか?」
「今回の半額にする理由自体『それ、アリか?』なことなんですから、大丈夫でしょう。詭弁には詭弁で対抗です。文句を言われたら僕がうまく言いくるめますよ」
「……結局、どうなったんだろうな。東治」
セイジ食堂にいたお客さんは注文した料理を食べた後、みんな揃って東治に向かった。半額セールを始めたという情報が入ったからである。みんな胃袋でっかいねー。
でも僕とカカと姉は行かず、食後のコーヒーをまったりと飲んでいた。
「東治? 知らないよ。興味なし」
「おい。あんだけやっといてそれか」
「私もどーでもいー。お腹いっぱいになったし」
「そうそ、あたしらの食事を邪魔した男を一泡吹かせられたし、あたしももうどうでもいーよ」
本当に勝手だな、こいつら……
その後、話に聞いたところによると東治は経営の危機をうまく回避したらしい。
どうやって回避したかは詳しく聞いていないけど、なにやら口のうまいバイトが活躍したようだった。
「あの人だね」
「あの人だな」
名前は知らないバイト君……君は只者じゃないと思っていたよ。
手負いのケモノと空腹のケモノは大変危険ですので、充分注意いたしましょう。
食われますよ。
総理大臣みたく生存本能に従って逃げましょう。