カカの天下271「その手を握って」
「……つかれた」
休みの日の朝、僕ことトメは居間でテーブルに突っ伏してグッタリとしていました。
たった今まで何かしていたから疲れた、というわけじゃない。昨日の疲れが抜けていないのだ。
昨日は姉たちに付き合わされてひどいめにあった、というのもあるが……実はテンに呼び出される前にもちょっと疲れていたのだ。
カカの、世話で。
夕飯の準備はいつものこと。でもカカが最近テレビの影響で始めたトランプ占いがうざかった。
夕飯の準備をしているときも、夕飯の最中も、夕飯のあとも……ずっとその占い相手として付き合わされていたのだ。
別にこんなのお安い御用だ。伊達に十年も兄をやってるわけじゃない。
でも……
「ちょっと、疲れたな……」
さすがに疲労がたまるとイライラしやすくなるし、面倒なことが煩わしくもなる。
朝食の用意をしないと……
でも、なんか、だるい……
目を開けたままボーッとテレビを見つめていると、後ろで物音が聞こえた。
振り向いてみると、そこにはカカが立っていた。
目をつむったまま。
「おはよ。起きたのか」
「ぐー」
「寝てるのか」
「ぐ?」
「どっちだよ」
壁に寄りかかって立ちながら、カカは器用に寝ていた。
……さては夜遅くまでトランプ占いしてて寝不足だな、こいつ。
「んむー」
目をしょぼしょぼ擦りながら周囲を見回す。今度こそ起きたかと思うがそれは甘い。こうなったカカは一時間は寝ぼけたままなはずだ。
「さむい」
「ああ、最近寒いな」
「手がさむい」
「ああ、そこに炊飯器があるから手突っ込んでろ」
わざわざ起こすのも面倒だし、投げやりに僕は言った。
でもカカは炊飯器じゃなく、僕の近くに寄ってきた。
座布団をずらして、ぽすん、と僕の隣に座る。
「なんだよ。僕は炊飯器じゃないぞ」
僕の中には白い米なんかないぞ。赤いもんばっかだぞ。
「手、さみー」
「ん、あ? 手?」
なんか握られた。
「あくしゅー」
「ん、ああ、はいはい。握手握手」
冷たい手してるな、こいつ。
「ぶんぶん」
無意味にぶんぶん上下に振られる僕の手。何がしたいんだ。
「お?」
なんか握手から握り方を変えてテーブルに肘をつかされた。
「のこったのこったー」
「腕相撲したいのか? 僕は今そんな気分じゃ――」
「ごー」
ズダン!!
「いてぇよ!!」
寝てるくせにフルパワーで勝つなよ!
「かちー」
あー手が痛い。まったくこいつは、いつもいつも……
「んー……」
好き勝手やり放題で、今もこんな満足そうにニヤけながら寝やがって。
「くー……」
こんな、満足そうに。
こんな、無防備に。
こんな――幸せそうに、笑いやがって。
「……はは」
あ?
僕、なんで笑ってんだ。
疲れてたんじゃなかったっけ。
イライラしてたんじゃなかったっけ?
それがなんで笑いながら、握られてないほうの手でカカの頭なんか撫でてるんだ?
「ったく、しょうがないやつ」
――そう、しょうがない。
相手は妹なんだから。
小憎らしいところは、ほんっとーにたくさんあるけど。
結局はやっぱり、可愛いと思ってしまう。
こいつが笑ってれば、僕も笑ってしまう。
多少疲れても、こいつと笑うためなら別に構わないと思えてしまう。
「損な役割だよな……」
やれやれ、と苦笑しながら。
僕は敵わない妹の手を、握り返したのだった。
ぎゅっ、と。
ズダン!!
「……再戦の合図のつもりはなかったんだが」
再びくらった腕相撲の衝撃による痛みをこらえながら、僕はひくひく笑う。
「さ、さて! 朝飯つくるかな」
「はよつくれー」
「……やっぱこいつムカつく」
和やかな時間は一瞬だけ。
でもそれですっかり元気になってしまってる僕がいた。
なんかズルいよな、カカって。
可愛い子はズルいです。
えぇズルいですとも。
でも何も悪いことなんてありません。
えぇありませんとも。
その手を握って笑えるのなら、きっとそれだけでいいのです。