カカの天下247「憐れな子豚にえさをおくれ」
「うへへ……」
「カカ、そんな頬赤らめて何読んでんだ」
「サユカン写真集」
「見るのはかまわんが、その顔やめれ。まるで」
「イケナイ本を読んでるみたい?」
……どうも。最近のガキはほんとマセてるなぁとしみじみ思う今日この頃なトメです。
「イケナイっぽい写真もあるよ。見る? ほれほれ」
「見せるなっ」
「見たいくせに」
「見たくても見ないのが大人ってもんだ」
「……見たいんだ」
しまった、墓穴ほった。
「それはさておき、これから夕飯作るんだけど、手伝うか?」
「あ、うん、やるやる」
よし、話をそらせた。最近のカカはお駄賃あげると言えばなんでもやりたがるから使いやすい。
台所に二人で並ぶ。適当に材料を出して、と。
「まずはにんじんの」
僕が言い切る前に、カカはにんじんを鼻にあてた。
「ピノキオ」
「にんじんの皮をむいてくれ」
「ツッコミは?」
「はよやれ」
ちぇ、とむくれながらも皮むきを手に取るカカ。
料理自体は初めて手伝うわけじゃない。カカは若干危なっかしい手つきながらも皮をむいていく。
「にんじんが脱皮したらどうなるんだろう」
「たしかに皮を脱いでるから脱皮だけどさ、にんじんはにんじんだろうに」
「でも蝶もセミも脱皮したら飛べるようになるんだよ? にんじんも飛べばいいのに」
「野菜が飛んだって意味ないだろ」
「そんなことないよ。自分で飛んで畑から出てきてくれたら楽じゃん」
おぉ、それは便利だ!
「しかも脱皮済みなんだよ? 皮むく手間も省けるじゃん」
「でもにんじんからすれば食べられたくないだろうし、飛んで逃げるんじゃ」
「野菜は誰かに食べられるためにあるんだよ? よろこんで自分から袋に入るはずだよ」
お子様の脳みそってほんと都合よくできてるのな。
「よし、にんじん脱皮したよ。飛ぶかな」
「飛ばねーよ。次はにんじんのヘタを切り落としてくれ」
「このヘタレが!! そんなことだから切り落とされるんだよ!」
なんでにんじんに説教してんだ。
「そんなことってどんなことだよ」
「飛べないこと。空も飛べないんじゃへタレとしか言いようがないでしょ」
「……そか」
じゃこの世はへタレだらけだなーとか思ったけど黙っておいた。
ま、こいつが思いつきで妙なことを言い出すのはいつものことだ。
「このヘタとりにくいなぁ。あ、『へこたれない』と『ヘタとれない』って似てるよね」
ああ、ほんといつものことだ。
「む、『ロールキャベツ』を『ロープキャベツ』したらどんな料理になるのかな」
「キャベツもないのになんでそんな疑問が浮かぶの」
「食べたいなーって思って」
さいですか。
さて。カカがにんじんを用意する間に、こっちはじゃがいもと玉ねぎの用意は終わってる。
まずはそれらを鍋で炒めて、っと。
「ねぇトメ兄、いつも思うんだけどさ。玉ねぎってすぐにしおしおになるよね」
「ああ、炒めたら水分飛んで小さくなるな」
「すぐしおれるなんて根性ないよね、玉ねぎのくせに。男でしょ、ほんとに玉ついてんの?」
あー玉ねぎだけに、ね。
「野菜に性別なんてないだろ」
「あるじゃん、それ」
カカの指差す先にはじゃがいもが入っていた袋。
袋に書いてある名前は『メイクイーン』
「じゃがいも王女がいるんだから、玉ねぎ男もいるでしょ」
「んじゃそれでいいよ」
適当に頷いたのだけど、カカはそれに満足したのかにっこり笑い、改めて玉ねぎに向き直った。
「この玉無しが!!」
そこは改めて言わなくていいって。
「そういう下品なこと言うなよ」
「こないだ男子が私に言ってきたんだよ」
「……ついてんの?」
思わず目線が下にいく。
「ついてるわけないでしょが! なのになんか、『おまえ実は男だろ? 玉ついてるんだろ?』って言ってきて」
「……気持ちはわからんでもない」
男らしいからな、こいつ。可愛いけど。
と、そんなこんなで雑談しながらも作業は進み――以下省略。無事に肉じゃがを作ることができましたとさ。
「ご苦労さん」
「ご苦労した! だからこれ入れて」
カカが部屋から持ってきたのは今時珍しい豚の貯金箱だ。先日の誕生日に友達にもらったものらしい。
「ほい、ちゃりん、と」
僕が適当な小銭を入れてやると、カカは豚の貯金箱を愛おしそうに頬ずりする。
「ふっふっふーん、いい子ね。どんどん食べて、どんどん太ってね……重くなったら殺してあげるから」
たしかに貯金箱ってのは重くなったら割るもんだが、そのつぶらな瞳のぶーちゃんを殺すって言うのはやたら残酷に聞こえるぞ。
「おまえが死んだとき、ようやく私の願いは叶うのよ……くくく」
「どこの悪役だおまえは」
はてさて、一体何を買うつもりやら。
野菜が脱皮して畑の土からぽんぽんと出てきて、自分から袋詰めされる光景を想像してみてください。
すごい便利ですね。
でも不気味ですね。
農家の人の仕事もなくなりますね。
ダメですね。