カカの天下231「探しものと見つけたモノ、中編」
「……もういい! 探したいなら勝手にすれば!」
そう言って、サエちゃんは行ってしまった。
私は……その背中を見送ったあと、見つけた棒で再び湖をかき回し始める。
「あ、あのさ」
湖は濁っていて、帽子の姿なんかこれっぽちも見えやしない。
「ね、カカすけ」
濁ってドロドロ。
なんにも見えない、聞こえない。
まるで私の心みたい。
「カカすけっ、サエすけ追いかけなくていいの?」
ああもう、サユカンうるさいな。
「勝手にしろって言ったもん。勝手に帽子探すの」
「でもさ、そんなので見つかるかわかんないじゃない。それよりサエすけを――」
「こっちが先」
「でも、なんか天気悪くなってきたし」
サユカンの言葉に答えるかのように、青かった空はだんだんと雲で覆いつくされて、暗い色になっていく。
湖といい空といい、そんなに私の心を映したいのか。
「カカすけ――」
「サユカンうるさい!」
「…………!」
「……ごめん。でもさ、雨が降ったら、ここにもし帽子が沈んでても流されちゃうかもしれないでしょ?」
「でも、雨が降ってるときに湖は危ないわよっ」
「でも探すの」
「……どうしても?」
「どうしても」
「じゃあ、力づくでっ!」
私を湖から離そうと掴みかかってくるサユカン。
姉から無駄に手ほどきを受けている私は――つい、その手をとって投げ飛ばしてしまった。
地面が柔らかい土手で助かった。サユカンは怪我をしなくて済んだし、痛みもたいしたことないだろう。
でもサユカンの顔は……泣き顔だった。
思ったより痛かったのか、それとも――私に投げ飛ばされたのが、拒絶されたのがショックだったのか。
「…………!」
サユカンは私の手を振りほどいて、きびすを返した。
こちらを振り向くこともなく、去っていく。
ああ、サエちゃんと同じだ。
ぼんやりと、麻痺した頭で考えながら。
私は、湖をかき回す作業を開始した。
ぽつり、と頬になにか当たる。
雨、だ。
何分そうしていたんだろう。
何十分かな。何時間かな。
時間の感覚がまったくない。それでも私は、ひたすら湖をかき回していた。
身体を叩く雨がひどい。服がびしゃびしゃ。湖は茶色と黒色が混ざったイヤな色。
いろんなことがキモチワルイ。
はやく、見つけないと。
見つけて、サエちゃんに謝らないと。
サユカンにも謝らないと。
……私、なにやってるんだろう。
「なにやってるんだ、そこの妹」
「……トメ兄」
久々に聞いたような気がする声に、思わず振り返る。
トメ兄が傘をさして立っていた。その隣にはサユカン……そっか、サユカンが呼んできたのか。
「事情はサユカちゃんから聞いたけどさ……これ以上は無茶だ。帰るぞ」
「や」
「探すなら晴れた日にすればいい。今探すのは危なすぎる」
「や! 今見つけるの!」
「そんなぐちゃぐちゃな湖で見つかるわけないだろ!」
「見つけるんだもん!」
「この――!」
トメ兄が私の肩を掴んだ。
力づく? トメ兄相手なら力で勝てない。でも探すのをやめるわけには――
「……あれ」
はがいじめ?
違う。
私の身体はトメ兄の腕の中におさまっていた。
トメ兄は私についた泥で汚れるのも構わず、ぎゅっと抱きしめてきた。
「バカ……身体冷え切ってるだろうが」
「……はなして」
「このまま連れて帰る」
「や!!」
乾いた音が響いた。
身体が冷えていたせいか、痛みは感じなかった。
でも、頬がじんじんと熱くなってくる。
私は頬を叩いたトメ兄を睨む。
すごく近くに見慣れた顔。
見慣れた顔に……あまり見たことがない、真剣な目。
「……ぼう、し。見つけないと、サエちゃんと、仲直りできないの」
その目を見たら……勝手に口が動いていた。
「早く見つけないと……どっか、いっちゃぅ」
そう、どこかへ行ってしまう。
私の、ともだちが。
だれよりもたいせつな、ともだちが。
「なぁ、カカ」
「どうしよぅ、トメ兄。サエちゃんが、サエちゃ、が……どっか、いっちゃ……ぅ、うう」
「カカ、聞きな」
「ぼう、し……見つからないよぉ……」
私のぐちゃぐちゃな顔を……雨と泥と、認めたくないけど涙でぐちゃぐちゃな顔を、トメ兄はまっすぐ見つめてきた。
「あのな、カカ。失くしたものは戻らないこともある。壊れたものは直せないものもある。でもな、人の想いだけは、探し続けてれば絶対に見つかるんだぞ?」
人の、おもい……?
「帽子なんか見つからなくたって、おまえなら見つけられる。サエちゃんの『仲直りしたい』っていう想いを、絶対に見つけられるから」
「……ほん、と?」
「ああ」
「……な、仲直り、できる、かな」
「大丈夫。親友っていうのはそういうもんだ」
「しん、ゆ……ぅ」
緊張が緩んだせいか、唐突に意識が落ちる。膝の力が抜けた、けど。
「カカすけ!?」
「大丈夫。多分疲れて気絶したんだろ。ずっと雨に濡れて動いてれば当然だ……やれやれ」
トメ兄が受け止めてくれたのかな。落ちかけた身体がふわりと持ち上がった気がする。
「本当に大丈夫なんですかっ?」
「うん、こういう無茶は姉もよくしててね。こいつもアレの妹だし、これくらいなら身体を拭いて温めてやればすぐに回復するだろ」
かすかに聞こえていた声が遠ざかっていく。
完全に意識が落ちる寸前に、想った。
ねぇ、サエちゃん。
私、まだ、サエちゃんの親友かな?
答えはまだ聞けない。
でも探そう。
トメ兄がああいう顔したときは、絶対に嘘つかないもん。
だから、きっと大丈夫。
私が探しているものは、きっと見つかる。
後編へ、続きます。