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カカの天下  作者: ルシカ
231/917

カカの天下231「探しものと見つけたモノ、中編」

「……もういい! 探したいなら勝手にすれば!」


 そう言って、サエちゃんは行ってしまった。


 私は……その背中を見送ったあと、見つけた棒で再び湖をかき回し始める。


「あ、あのさ」


 湖は濁っていて、帽子の姿なんかこれっぽちも見えやしない。


「ね、カカすけ」


 濁ってドロドロ。


 なんにも見えない、聞こえない。


 まるで私の心みたい。


「カカすけっ、サエすけ追いかけなくていいの?」


 ああもう、サユカンうるさいな。


「勝手にしろって言ったもん。勝手に帽子探すの」


「でもさ、そんなので見つかるかわかんないじゃない。それよりサエすけを――」


「こっちが先」


「でも、なんか天気悪くなってきたし」


 サユカンの言葉に答えるかのように、青かった空はだんだんと雲で覆いつくされて、暗い色になっていく。


 湖といい空といい、そんなに私の心を映したいのか。


「カカすけ――」


「サユカンうるさい!」


「…………!」


「……ごめん。でもさ、雨が降ったら、ここにもし帽子が沈んでても流されちゃうかもしれないでしょ?」


「でも、雨が降ってるときに湖は危ないわよっ」


「でも探すの」


「……どうしても?」


「どうしても」


「じゃあ、力づくでっ!」


 私を湖から離そうと掴みかかってくるサユカン。


 姉から無駄に手ほどきを受けている私は――つい、その手をとって投げ飛ばしてしまった。


 地面が柔らかい土手で助かった。サユカンは怪我をしなくて済んだし、痛みもたいしたことないだろう。


 でもサユカンの顔は……泣き顔だった。


 思ったより痛かったのか、それとも――私に投げ飛ばされたのが、拒絶されたのがショックだったのか。


「…………!」


 サユカンは私の手を振りほどいて、きびすを返した。


 こちらを振り向くこともなく、去っていく。


 ああ、サエちゃんと同じだ。


 ぼんやりと、麻痺した頭で考えながら。


 私は、湖をかき回す作業を開始した。


 ぽつり、と頬になにか当たる。


 雨、だ。




 何分そうしていたんだろう。


 何十分かな。何時間かな。


 時間の感覚がまったくない。それでも私は、ひたすら湖をかき回していた。


 身体を叩く雨がひどい。服がびしゃびしゃ。湖は茶色と黒色が混ざったイヤな色。


 いろんなことがキモチワルイ。


 はやく、見つけないと。


 見つけて、サエちゃんに謝らないと。


 サユカンにも謝らないと。


 ……私、なにやってるんだろう。


「なにやってるんだ、そこの妹」


「……トメ兄」


 久々に聞いたような気がする声に、思わず振り返る。


 トメ兄が傘をさして立っていた。その隣にはサユカン……そっか、サユカンが呼んできたのか。


「事情はサユカちゃんから聞いたけどさ……これ以上は無茶だ。帰るぞ」


「や」


「探すなら晴れた日にすればいい。今探すのは危なすぎる」


「や! 今見つけるの!」


「そんなぐちゃぐちゃな湖で見つかるわけないだろ!」


「見つけるんだもん!」


「この――!」


 トメ兄が私の肩を掴んだ。


 力づく? トメ兄相手なら力で勝てない。でも探すのをやめるわけには――


「……あれ」


 はがいじめ?


 違う。


 私の身体はトメ兄の腕の中におさまっていた。


 トメ兄は私についた泥で汚れるのも構わず、ぎゅっと抱きしめてきた。


「バカ……身体冷え切ってるだろうが」


「……はなして」


「このまま連れて帰る」


「や!!」


 乾いた音が響いた。


 身体が冷えていたせいか、痛みは感じなかった。


 でも、頬がじんじんと熱くなってくる。


 私は頬を叩いたトメ兄を睨む。


 すごく近くに見慣れた顔。


 見慣れた顔に……あまり見たことがない、真剣な目。


「……ぼう、し。見つけないと、サエちゃんと、仲直りできないの」


 その目を見たら……勝手に口が動いていた。


「早く見つけないと……どっか、いっちゃぅ」


 そう、どこかへ行ってしまう。


 私の、ともだちが。


 だれよりもたいせつな、ともだちが。


「なぁ、カカ」


「どうしよぅ、トメ兄。サエちゃんが、サエちゃ、が……どっか、いっちゃ……ぅ、うう」


「カカ、聞きな」


「ぼう、し……見つからないよぉ……」


 私のぐちゃぐちゃな顔を……雨と泥と、認めたくないけど涙でぐちゃぐちゃな顔を、トメ兄はまっすぐ見つめてきた。


「あのな、カカ。失くしたものは戻らないこともある。壊れたものは直せないものもある。でもな、人の想いだけは、探し続けてれば絶対に見つかるんだぞ?」


 人の、おもい……?


「帽子なんか見つからなくたって、おまえなら見つけられる。サエちゃんの『仲直りしたい』っていう想いを、絶対に見つけられるから」


「……ほん、と?」


「ああ」


「……な、仲直り、できる、かな」


「大丈夫。親友っていうのはそういうもんだ」


「しん、ゆ……ぅ」


 緊張が緩んだせいか、唐突に意識が落ちる。膝の力が抜けた、けど。


「カカすけ!?」


「大丈夫。多分疲れて気絶したんだろ。ずっと雨に濡れて動いてれば当然だ……やれやれ」


 トメ兄が受け止めてくれたのかな。落ちかけた身体がふわりと持ち上がった気がする。


「本当に大丈夫なんですかっ?」


「うん、こういう無茶は姉もよくしててね。こいつもアレの妹だし、これくらいなら身体を拭いて温めてやればすぐに回復するだろ」


 かすかに聞こえていた声が遠ざかっていく。


 完全に意識が落ちる寸前に、想った。


 ねぇ、サエちゃん。


 私、まだ、サエちゃんの親友かな?


 答えはまだ聞けない。


 でも探そう。


 トメ兄がああいう顔したときは、絶対に嘘つかないもん。


 だから、きっと大丈夫。


 私が探しているものは、きっと見つかる。


 後編へ、続きます。

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