カカの天下23「THE 男前」
こんちわ、トメと申します。いつも我がふざけた妹カカともども、お世話になっております。
さて、今日はちょっと遠出して釣りなんぞにきてみました。
場所は釣り桟橋といって、浜から沖にかけて数十メートル延びている釣り人専用の橋です。まぁ橋と言っても隣の国まで繋がってるというミラクルはなく、途中で途切れているのですが。船を出さなくても沖のほうで釣りができるという優れものです。
「おし、トメ兄、えさつけて」
「……はいはい」
張り切っているのは我が妹カカです。なんかテンション上がってます。それもそのはず、彼女は釣りをするのが初めてなのです。どうでもいいけど挨拶も状況説明も終わったのになんでいつまでも僕は敬語なのでしょうか? うん、めんどくさ。普通の口調に戻そう。
「まったく……つけられないならオキアミにすればいいのに」
オキアミというのは海釣りによく使われる小さなエビのこと。
ちなみに今僕が針につけている餌はイソメという……なんと説明すべきか、そうそうムカデの凶暴バージョンといえばわかりやすいかな。牙があって噛み付こうとする細長い虫だ。
「だってこっちのほうが格好いいじゃん」
「格好よければ釣れるってもんじゃないけどな」
「えー、だって格好いいは正義だよ? このジャケットも釣り人っぽくて格好いいし」
そう言ってカカは、買ったばかりのやたらごつくてポケットの多いジャケットを自慢げに見せつけた。
「じゃあカカ。もしもおまえが魚だったらこのイソメとオキアミ、どっち食べたい?」
「もしもの話は興味がないよ」
「冷めたガキだなー相変わらず」
まぁどっちが食べたいなんて聞かれたら答えは一つしかないだろう。まさかこんなものを食べたいなんていう物好きは人間にはいないはず、多分。あ、うちの姉なら思うかな?
「ほい、用意できたぞー」
道糸につけた市販の仕掛けに餌をつけて、準備万端。
カカは自分用の小さな釣竿をちょろちょろと動かして、僕が先ほど教えたように仕掛けを海へと落としていく。
さて、あとは自分の仕掛けだな。
イソメが餌なら狙いはキスだな。コチとかハゼならよく釣れるだろうけど食べにくいんだよなーあれ……などと考えていると、
「……と、トメ兄! なんか引いてる!」
「お、もうアタリきたのか」
「なんか、しびしびくる!」
若干興奮気味にカカが騒ぐ。
それはそうだろう。魚がかかったときに竿から伝わってくる痺れは未知の感触だ。なんとなしに釣りをしてみた人はこの引きの感触にやみつきになって釣りにハマり出したりするのだから。
「尿瓶!!」
「何を唐突に言うとるか」
「や、しびしび感じて思いついたから!!」
相当興奮してるな。
「落ち着けー、急に引っ張るなよ、糸切れるから。ゆっくり、リールまいてー」
そんなアドバイスをしながら、僕はカカに背を向けて自分の仕掛けの用意をしていたのだけど……
ポチャン、と小さな音が聞こえた。
なにか落としたかな? なんて考えてふと気づく。
……ここって、結構海面から高い位置にあるよな。
つまり水って遥か下にあるわけだ。
その状態でいまのポチャンって音……結構大きくなかったか?
嫌な予感とともに、おそるおそる振り返ってみる。
――カカの姿がなかった。
「…………!」
大慌てで海面に目をこらす。波の中にカカの靴があった。でも上がってこない。なんでだ、泳ぎは得意だろう。
そういえば……あいつあんなごついジャケット着てたから服が水吸って重くなって上がってこられないんじゃ!?
僕は慌てて服を脱ぎ、かなり怖かったけど思い切って飛び込んだ。
軽い浮遊感、後に衝撃と水圧の変化で意識を削られそうになるがなんとか堪えて、ひとまず海面に顔を出す。
周囲を見る……変化なし。
このまま潜って探すしかないのか……しかし海は薄ら濁っていて、海中で目を開けてもまともに探せそうにない。
でも、やるしかない……!
そう決意して潜ろうとしたとき、海面を跳ねる魚が見えた。その魚はやたらと激しく跳ねまくっている。まさか……と思いつつそちらに向かうと、身体に糸が引っかかった。
糸ということは――他人が橋からおろしている釣り糸という可能性もあるけど、僕は潜り、糸を辿ってみた――
さて、極めて信じがたい話になってしまった。
カカは見事、僕の手によって助けられ、いま目を覚ましたところだ。
そしてカカが握っていた竿から伸びる糸の先には……紛れもなく先ほど水面で跳ねまくっていた魚が釣れていた。見たことない魚だけど、なんかごつい顔立ちだ。
「――と、いうわけだ」
「この魚が命の恩人?」
「みたいだな、名前わかんないけど」
「じゃ……私がつけてあげる」
「ふむ」
「オットコマエって名前はどうかな?」
「……なんか似合ってる、かつありそうな名前だな」
「お礼においしく食べてあげるからね」
「あれ……お礼に逃がすとか、なし?」
美味しかった、とだけ記しておく。