カカの天下21「かじる音がステキ」
「トメ兄……」
夕飯の買い物に行こうと準備をしていると、妹のカカがなにやら鬼気迫る表情で声をかけてきました。
「なんだよ、おもしろい顔して」
「思いつめた顔なの!」
「へぇへぇ、それでなんでございましょうかお嬢様」
「きゅうり買ってきて」
「は?」
「夕飯のお買い物行くんだよね。じゃあきゅうり買ってきて。なるべく大きいやつ」
「おまえきゅうり嫌いじゃなかったっけ」
「うん。やつは敵だ」
「じゃあなぜにその敵をわざわざ我が本拠地に招き入れるのだ」
聞くと、カカは居心地悪そうにそわそわして、
「おいしそうに、見えたから」
「へ? おいしそうにって……その敵が?」
「や、あのね、昨日さ、テレビで……その」
ああ、なるほど。
僕は納得した。昨日テレビでカカが食い入るように見ていたのは「となりのト○ロ」だ。僕も付き合いで見ていたのだが、畑できゅうりをおいしそうに食べるシーンは心に残っていた。たしかにあれだけいい音をたてて齧っているシーンを見れば、もしかしておいしいのかも? なんて思っても不思議じゃないだろう。
「いいけどさ……買ってきたからには食べろよ?」
「うん……うん……!」
先ほどのおもしろい顔とは違って今度は本当に沈痛な表情だ。嫌いな食べ物に挑戦するとなるとやはり意気込みが違うのだろう。
一時間後。
カカは僕が買ってきたきゅうりを手に持ち、睨んでいた。
でかい。
まさしくあの映画並みの大きさだ。
農家から直で仕入れた活きのいいのが一本だけ売れ残っていたので買ってきたのだ。大きさのわりに値段はそんなにしなかった。ビバ農家。
「うう……」
大きさ、色。そして昨日の映像を脳裏で反芻しているのだろう。それは端から見れば確かにおいしそうに見える。カカにもそう見えているだろう。
しかし果たして、ずっと嫌いだったきゅうりを克服することができるのか――
あ、齧った。
とてもとてもいい音をしてきゅうりが齧られました!
そして瑞々しい音をたてながら咀嚼されます。おお、噛んでます噛んでます。
カカ選手、ひたすら真剣な表情で噛み続けてます!
あの大きなきゅうりを!
これはもう、克服したと言っても過言ではないのではありませんか!?
おっと!
なにやらカカ選手の額からだばだばと汗が流れてきましたよ!?
これはもう、身体が拒否反応を起こしているとしか――
「……うぇ……やっぱまずい」
涙目で訴えるカカ。
やはり敵は強かったか……
「……無念」
がっくりと打ちひしがれるカカに僕は優しく語りかけた。
「まぁ、嫌いなものはそう簡単に克服できないさ」
「……うん、そうだね、高すぎる壁だった」
「でもね、約束だからね」
「ん?」
「残さず食べなさい」
「!?」
その瞬間。
カカは親に捨てられたような顔をしたけど、僕は見えないフリをした。
「食べなきゃ晩御飯抜き」
カカは親に『生命保険ありがとー』と言われながら千尋の谷に突き落とされたような顔をしたけど、僕は無視した。
その後。
「きゅぅぅぅぅ! きゅ! きゅ!!」
頭がオカシクなりながらも二十分くらいかけて、カカはきゅうりを完食した。
ただし、でかいきゅうりまるごと、しかも嫌いなものを食べた苦しさも相まって、結局夕飯はほとんど食べれなかったのでした。
「……きゅーちゃんもうダメ」
ああ、悲劇。